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訪日需要を踏まえたシンガポール向け食品輸出戦略の再考

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新ジャンルに注目。第6回 日本食品総合見本市「Food Japan 2017」開催(2017年10月29日)
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10月後半にシンガポールで開催された日本食品総合見本市「Food Japan 2017」には38都道府県から283社が出展し、活発な商談も散見された。一方、連続で出展する参加者の間では前回以降から大きな進捗が見られないケースも目立った。また、日本産食材を輸入販売する日系小売業者が当地への進出から1年も経たずに撤退するなど、シンガポールで日本食関連の事業を軌道に乗せるのは容易でないことも事実である。本稿では、「なぜ海外か?」「なぜシンガポールか?」という基本的な問いが示唆する点にも目を向け、日本の食品事業者が成功する秘訣を考察していきたい。

 

海外市場の成長余地は明らか
海外展開の是非と時機は千差万別

「Food Japan 2017」の出展者に海外展開の背景を尋ねると、国内市場の低迷や価格競争の激化が挙がるケースが目立つ。実際に農林水産省は、国内市場は少子高齢化などにより縮小する見込みである一方、世界的な日本食ブームや経済発展に伴う富裕層の増加や人口の増加などにより、海外市場には伸びしろが存在するとしている。また、新たな販路拡大につながる輸出を行うことで、所得の向上、国内価格下落に対するリスク軽減が図られ、地域経済の活性化が期待されるとの見解を示している。

 

農林水産物や食品の輸出促進に関する上述の背景および意義は、日本の国内市場全体に対しては的を射ているが、千差万別の経営状況にある個々の食品事業者の海外展開の是非を合理的に説明するものではない点には留意する必要がある。すなわち、国内で打つべき手を打った上で満を持して海外に展開する食品事業者がある一方で、国内における成長潜在力の実現を一顧だにすることなく、必ずしも機が熟したとは言えない状況で海外展開に旗を振る事業者も少なからずいるのではないだろうか、ということである。以下では具体的な商品の事例を4つほど挙げて、今後海外展開を試みる食品事業者が一考に値する含意を汲み取っていきたい。

 

海外展開は訪日需要の取り込みから
競争力で劣る商品の海外展開は困難

チョコレート菓子「ブラックサンダー」を販売する有楽製菓。もともとはウエハースの製造からスタートした菓子メーカーは、1994年に現在の看板商品となる「ブラックサンダー」の販売を開始するものの、約10年は売れなかったという。しかし大学生協というニッチな販路を足掛かりに販売網を拡大。2008年の北京五輪で日本人メダリストが「大好物」と発言して話題となる後押しもあり、一気に販売量を増加させた。さらには訪日観光客の間で定番となった「白いブラックサンダー」を筆頭に、今年の夏には日本マクドナルドとコラボをして「マックフルーリー ブラックサンダー」を販売するなど、ユニークなマーケティングと商品開発の勢いは衰えを見せない。加えて、以前はコンビニへの個包装商品の販売が中心であったが、現在はスーパーマーケット向けに大袋商品を導入するなど販売チャネルの多角化にも成功。直近6年ほどで売上高は約3倍にも伸びており、2015年には100億円の大台に乗せている。海外展開については、訪日観光客への認知が高まったことを背景に数年前から開始しており、海外売上高を全体の1割まで高めることを目標に、現在では台湾、タイ、アメリカに輸出している。

 

「ブラックサンダー」のみならず、種類豊富なフレーバーやプレミアム商品といった日本独自の戦略を通じて、国内消費者はもとより、訪日観光客からも好評を得て韓国への輸出が開始された日本ネスレの「キットカット」や、国内でヒット商品に育ち、訪日観光客からのお土産需要を背景に越境ECによる中国への輸出が始まったカルビーの「フルグラ」、また海外展開の前に販売の中心であった地元の山口県から東京への進出でノウハウを獲得したことが海外展開の成功要因とされる旭酒造の「獺祭」にも、食品事業者が海外展開の時機を探る上で参考にすべきヒントが含まれている。

 

さて、図1にこれらの商品の位置づけを異なる消費者属性への販売多寡を軸にして例示的に示した。4つの商品はやや極端な事例ではあるが、知名度の高い加工食品に限らず、さまざまな品目や規模の食品事業者が海外展開に挑む前に、国内でさらなる販路の開拓や訪日観光客の需要を取り込む必要性を暗示している。

 

 

国内市場の縮小や競争激化を理由に、今すぐにでも海外に打って出たい食品事業者の心情は、理解できなくもない。しかし、その前にまずは、語学面でのハンディや商習慣の不一致もない国内で商品の競争力を強化して販売機会の最大化を目指すべきであり、それが結果的に海外進出の際の成功確率を高めることになるのではないだろうか。逆に国内で競争力に欠ける商品が海外で成功するのは、一般的には困難である。仮に海外進出したとしても、もくろんだ高価格帯での販売ではなく、低価格で訴求せざるを得ない収益性の低い事業になってしまうことが関の山ではないだろうか。

なぜシンガポールなのか?
盲目的な進出には機会費用が発生

さて、海外展開といっても、そもそもなぜシンガポールを輸出先として検討しているのか、その妥当性について納得感のある説明を担当者から聞くことは残念ながらまれである。

 

人口わずか5.5百万人と消費市場としては小粒のシンガポールへ輸出する狙いとして挙げられるのが、域内のショーケースとしての役割。すなわち6億人を超える人口を有する東南アジア全域からシンガポールへの訪問者が日本の食品に触れることで、その認知度や消費が高まることへの期待である。しかし、域内各国から日本への訪問は、富裕層のみならず中間層を中心に急速な勢いで伸びており、ショーケースとしての役割は過去の遺物になりつつある。実際に図2に示す通り、ベトナムやタイからの日本への訪問者数は過去10年間にわたり毎年20%以上の上昇率となっている。さらにマレーシア、インドネシア、フィリピンにおいても、シンガポールにおける上昇率を上回る形で日本への訪問者数は急増していることからも、これらの国々の消費者が、日本でより最新かつ本物の食品に直接触れる機会が拡大していることは、想像に難くない。

 

 

また、シンガポールの経済水準が他国に比べて高いことを輸出の理由に聞くことがある。確かにシンガポールの1人当たり国内総生産(GDP)は日本を上回り、東南アジアでも群を抜いて高いのだが、嗜好性が高い一部の高級アルコール飲料などを除き、所得や消費の水準が日本の食品の消費額の多寡に大きな影響を与えることはないと考える。その理由は、図2にある通り、ベトナムやタイからの訪日客の買物代はシンガポールからの訪日客のそれを上回っており、また旅行支出の総額に占める買物代の割合はシンガポールからの訪日客が最低となっているためである。これらの数値はあくまで訪日時の消費傾向を示すに過ぎないが、シンガポール以外の東南アジア諸国の消費者が、食品を含めた日本の製品に対して実際に高い購買力を有している事実を示している点で興味深い。

 

大企業なら話は別であるが、中小の食品事業者の海外展開においては経営資源に限りがある。そのため、高い効果が期待できる市場を優先順位付けした上で攻略していく姿勢が重要であり、仮に周囲に流されるままに近視眼的にシンガポールへの展開を検討しているのであれば、機会費用だけが高まることが懸念される。

 

現地のミクロ環境は輸出拡大に追い風
目標と手段を具体的に想い描く重要性

シンガポールへの進出が理にかなう食品事業者にとって、成熟段階にある現地の小売・外食市場のミクロ環境は追い風になるとみている。小売大手のコールド・ストレージやフェアプライスは、一部店舗で日本産食材に特化した売場を恒常的に設置し、品揃えの同質化を避けて競合企業との差別化を図っている。今後も日本の食品が、現地小売企業の品揃えを改善していく上で果たす役割は小さくない。また日系の日本食レストランに対して現地消費者の支持が集まる一方、例えば現地企業が展開する寿司チェーンが大幅な店舗閉鎖を決めるなど、本物志向を強める消費者の胃袋を日本の食品事業者がつかむ機会は今後も拡大していくとみる。

 

目標とする売上高はどの程度か?どの消費者像を狙って売上目標を達成するのか?彼らはどこで何を買っているのか?彼らはなぜ自社の商品を購入すべきか?核心を突いたシンプルな問いに対して回答ができない状況では、輸入業者との交渉やその後の意思決定も場当たり的となってしまうことは自明である。本来であれば社運をかけて推進すべき海外展開の成否を運任せにしないためにも、まずは明確な事業目標を掲げた上で、それを如何にして達成できるかについて具体的なイメージが持てるまで、市場を分析する重要性に言及して本稿を締めたい。