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スマホが変える、シンガポールの恋愛・結婚・家族・社会

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食事中の携帯は「お預け」、家族の絆重視でシンガポールのマックが新機軸(2017年10月17日)
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米アップルがスマートフォン(以下、スマホ)の「iPhone(アイフォーン)」を販売開始してから今年で10年。11月3日には10周年記念モデルの「iPhone X(アイフォーン テン)」が発売される予定である。スマホは日常生活を便利にする道具として欠かせない存在となった一方、過度な利用や依存が社会や家庭に負の影響を与えていることも無視できない状況にある。本稿では、少子高齢化の問題を抱えるシンガポールで進行する晩婚化や離婚の増加に対して、スマホの普及が与え得る影響を具体例を示しながら考察し、スマホとどのように付き合っていくべきかを思案していきたい。

 

キャリアと貯蓄優先から晩婚化へ
異人種間を中心に離婚件数は増加

図1にシンガポールにおける平均婚姻年齢をまとめた。1980年から2016年までの推移を初婚および再婚の組合せ別にみると、全ての組合せにおいて夫、妻とも婚姻年齢は年々上昇傾向となっており、2016年では、初婚の場合、夫は30.3歳、妻は28.3歳、再婚の場合、夫は43.3歳、妻は37.1歳となっている。夫婦間における上昇の差異をみると、初婚の場合は妻の方が上昇傾向が強く、1980年から2016年の間に4.7歳(夫は3.6歳)上昇しているのに対し、再婚の場合は夫の方が上昇傾向が強く、同期間に5.5歳(妻は4.7歳)上昇する結果となっている。また、図2にある通り、婚姻と離婚件数の推移をみると、離婚件数は婚姻件数に比べて明らかな増加傾向にあり、1980年から2016年にかけて約5倍近くも増加している。

 


 

晩婚化の背景としては、男女共にキャリア志向の強まりや、家庭を持つ前に貯蓄を優先する考えから結婚を先延ばしにする傾向が他の先進諸国と同様にシンガポールでも一般的に挙げられる。実際に2017年の世帯調査では、20代半ばから後半のシンガポール人の約70%は結婚よりもキャリア形成を優先して独身でいることを望んでおり、この数値は15年前の50%から増加している。また、多民族国家である特有の事情を背景に、シンガポールでは異人種間の結婚(中華系の夫とその他人種の妻、白人の夫と中華系の妻、など)がほぼ単一民族国家の日本などに比べて珍しいことではなく、婚姻全体に占める異人種間の割合は、1990年の7.6%から2016年の21.5%へ年々増加している。文化的背景や価値観の違いから夫婦間の摩擦が生じやすいと想定される異人種間の婚姻の増加は、離婚件数の増加に少なからず寄与していると考えられ、実際に離婚件数の全体に占める異人種間の割合は年々増加傾向にある。

 

出会いは「リアル」から「ネット」へ
デートアプリの利用が急速に拡大

キャリア志向の強まりと貯蓄優先の考えが晩婚化を後押ししている状況は前述の通りであるが、それ以外にも潜在的に結婚の障壁となり、結果的に晩婚化の要因となっていると考えられるのが、男女が出会う環境の変化である。

 

図3に2016年にシンガポール政府が実施した「結婚・家族形成に関する意識調査」の一部結果を示した。この調査によると、過去に真剣な交際をしたことがある独身者の73%が、友達の紹介、学校または職場で交際相手に巡り合ったと回答している。2012年の調査時の83%からは減少傾向にあるものの、交際に至る過程においては、生活の大部分の時間を共有する学校や職場での「リアル」な出会いが最も重要であることが読み取れる。特筆すべきはデートアプリを筆頭に、「ネット」を介した出会いが急速に拡大している点である。具体的には、交際相手に出会う手段としてデートサイト・デートアプリを利用することが心地良いと考えている独身者が、2012年には19%であったのが、2016年には43%にまで増加している。また、過去に真剣な交際をしたことのある独身者の中で、デートアプリなどオンラインを介して交際相手に出会ったと回答した割合は、2012年の7%から2016年の13%に約2倍も拡大している。

 

 

このデートアプリを提供する先駆的かつ代表的サービスが、2012年からサービスを提供している米国発のTinder(ティンダー)である。スマホのGPS機能による位置情報を利用して設定した範囲内にいる相手のプロフィール写真を、気に入ればスマホ画面の右にスワイプ(指を移動)、気に入らなければ左にスワイプする。たったそれだけで、お互いに興味がある相手とコミュニケーションができるとあって、何事にも「早く、簡単で、便利な」サービスを求めるシンガポールのミレニアル世代を中心に利用が拡大している。

デートアプリは晩婚化に諸刃の剣
コモディティ化する交際相手

シンガポールでも人気が高いTinder以外にも、2013年にサービスが開始されたシンガポール発のPaktor(パクトル)やその他の複数のデートアプリは、学校や職場などでの出会いに限りがある独身者が交際相手を探す際には一定の利用価値があるとみている。一方で、日常生活で異性との出会いに溢れる独身者にとっては、デートアプリは使い方次第では心ならずも交際をする上での障壁となり、結果的に晩婚化の要因となっている可能性がある。

 

つまり恋愛や結婚の相手を探す過程において、本来であれば時間をかけてお互いを理解し、相手にコミットメントを示したうえで深い関係を醸成していくべきところを、スマホの画面上で指先一本で相手とコミュニケーションを取ることができ、なおかつネット上に無限に近い数の代替の相手が存在するが故に、利用者は相手のうわべの理解さえままならないうちに身勝手な都合で関係性をリセットしてしまうことが危惧されている。このように仮想のゲームに近い感覚で恋愛や結婚の相手を安易に探せるアプリの登場によって、潜在的な交際相手がコモディティ(繰り返し消費できる商品)と化してしまい、結婚どころか交際さえも長続きしないことが懸念される。

 

諸刃の剣と成り得るデートアプリの普及を反映してか、前述の2016年の意識調査では、シンガポールの独身者の59%は結婚を前提とした真剣な交際をしておらず、またそのうちの69%はこれまでに一度も真剣な交際をしたことがないという結果が出ており、その割合は2012年の62%から増加している。

 

このような状況に対してはシンガポール政府も問題意識を持っており、デートできる環境の整備、家族に優しい職場づくり、および就学前のサポートの改善に取り組んでいく考えを表明している。

 

スマホが理由で別れるカップルも
スマホと「スマート」に付き合う重要性

さて、シンガポールで異人種間を中心に離婚件数が増加している点は前述の通りであるが、スマホの存在が離婚の理由にも影響を与えていることを示唆する興味深いデータがある。2016年に大手生命保険会社の英プルデンシャルが実施した調査によると、シンガポールの夫婦の間で口論をする理由として、子供(46%)、お金(41%)、家事(29%)に関する内容に続けてスマホ・パソコンの使い過ぎ(28%)が挙げられているのだ。さらに同調査では、シンガポール人の約3分の1は、パートナーは時には自分よりスマホと一緒にいることを望んでいると回答しており、スマホが男女間の関係性において無視できない影響力を持っている実態が理解できる。

 

スマホの登場でコミュニケーションをはじめとして人々の生活が格段に便利になったことは言うまでもない。一方でこれまで述べてきた通り、スマホは晩婚化や離婚を潜在的に助長するだけではなく、例えばレストランで一家4人がそれぞれ個別のスマホを眺めながら食事をしている気の毒な場面に日常的に遭遇するなど、スマホの普及率が世界最高の水準にあるシンガポールでは、スマホへの依存や過度な利用が社会や家庭に及ぼす負の影響がなおざりにできない水準にまで達しているとみている。

 

子供に対しては利用時間やアクセスを制限するなどしてスマホとの適切な付き合い方を啓蒙する動きが一般的となっているが、大人においても、スマホと「スマート」に付き合っていくことが求められる時代になってきている点を強調して本稿の結びとしたい。