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シンガポールの日系飲食店、成功のカギ!

数多くの日系飲食店が進出するシンガポール。日本貿易振興機構(JETRO)によると、2016年1月時点でシンガポールにおける外食店舗の総数は約2万6,600超にのぼり、うち1,400あまりが日本料理店という。日本へ旅行に行くシンガポール人も増える中、当地における日本食へのニーズはどう変化し、シンガポールに進出する飲食店にはどのような取り組みが求められているのか。シンガポールで事業展開する日系飲食業4社からエキスパートにお集まりいただいた。

 

 

AP COMPANY INTERNATIONAL SINGAPORE PTE. LTD.
ダイレクター
植村 稚子さん

 

サントリー系列企業の駐在員として2003年に来星し、飲食店のプロデュースに携わる。その後、当地で飲食業のコンサル会社を立ち上げ、2015年にクライアントだったAP COMPANY INTERNATIONAL SINGAPORE PTE. LTD.に参画、現在ダイレクターを務める。現在AP COMPANYは、シンガポールで居酒屋「塚田農場」や「四十八漁場」など8店舗を展開している。

 

TEPPEI PTE. LTD.
ダイレクター
山下 哲平さん

 

20歳で博多の寿司店に就職。その後天然フグ専門店や、東京赤坂の割烹料理屋で修行を積み、2006年に寿司店「天勺」のスタッフとして来星。その後2011年に、和食店「哲平」を開店したのを皮切りに、2014年には姉妹店「はなれ」「華花」「哲平食堂」、2016年にはうなぎ専門店の「鰻満」と、新しい業態で次々と店舗をオープン。今後もシンガポールで新たな挑戦を続ける。

 

KEISUKE SINGAPORE
ダイレクター
佐藤 信康さん

 

東京の「日本料理 鴨川」などで修行した後、フードチェーン店を手掛ける「ラムラ」に転職、そこで後の「らーめんけいすけ」創業者の竹田敬介氏と出会う。竹田氏の起業後、その会社に参画。2010年に「海老ラーメン Keisuke Tokyo」出店のためダイレクターとしてシンガポールへ。一時帰国を経て再び単身で来星。現在は「豚骨王」「Ramen Keisuke Lobster King」 「天丼いつき」など11業種12店舗を統括する。

 

TOMIZUSHI INTERNATIONAL PTE LTD
ジェネラルマネージャー
岩崎 貴之さん

 

寿司店「富寿し」の本社所在地である新潟県出身。大学卒業後、東京都内の企業に就職し、その後新潟へUターン。スキー場の営業職を経て富寿しに入社した。シンガポール1号店立ち上げのため、2010年に来星。現在はシンガポール地区統括として、ミレニアウォーク、ノビーナ、カトンにある「富寿し」3店舗と、その姉妹店でカッページにある「越後亭」の4店舗を任されている。

AsiaX:本日はお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます。今回の座談会では、皆さんがシンガポールで事業を展開される中で感じられていることや気付き、日系飲食店のあり方などについてお話をお聞きしたいと思います。まずは、シンガポール進出までの背景について教えてください。

 

佐藤:創業者の竹田(敬介)はもともと海外志向が強く、当初アメリカに進出する計画があったのですが、海外進出を考えていた2010年頃、アメリカ経済は停滞していました。ちょうどその頃、シンガポールで日本食の集合施設ができるので入居しないかという話が来たのがきっかけです。

 

岩崎:佐藤さんの所と同じ日本食の集合施設の話がきて、当社の社長、副社長が現地入りしてリサーチを行い、シンガポール進出に手応えを感じ、出店が決まりました。

 

山下:福岡にある不動産会社が経営する日本料理店の駐在員として来星し、約4年10ヵ月働きました。その後、日本に戻る選択肢もあったのですが、独立志向が強く、30歳を迎えるその頃に独立することを決意しました。当時は失うものもなく、できる限り働いて、ここでお世話になった方々に恩返しをしたいと思っていましたし、今でもその思いは変わりません。

 

植村:私個人は、15年前にサントリー子会社からシンガポールに出向し、東南アジア進出に向けて店舗の内装やメニューの構成、企画などを手掛けていました。東京やシンガポール、その他の国を行ったり来たりしながら10年間働いた後独立し、飲食業のコンサルティング会社を設立しました。AP Companyはそのときのクライアントで、1号店をシンガポールに出すときにコンセプトづくりを手伝ったことがあります。現在は、AP Companyの社外取締役として働いています。

 

AsiaX:シンガポールで事業を展開するにあたってのポイントについてお聞きしたいと思います。人種構成などが日本と大きく異なるシンガポールで、日本のやり方をそのまま持ち込んだのではうまくいかないことも多いのではないでしょうか。事業の進め方など、工夫している点についてお聞かせ下さい。

 

佐藤:進出当時、シンガポールにはプロウンミーがあるのだから、きっと海老そばも気に入ってもらえるだろうと、日本食の集合施設の担当者から言われていましたし、われわれが展開していた海老そばが日本でブームだったので、同じく看板商品として売り出せば問題ないだろうと考えていました。

 

しかし実際には、プロウンミーは安価なうえにホーカーで食べることができることもあり、なかなかリピーターが増えませんでした。一方で、現在展開しているとんこつラーメンは当時からシンガポール人の反応も良く、味に間違いはないと思いました。そんな経験もあり、今はもう日本での業態には固執していません。日系飲食店がシンガポールに進出するにあたり、ローカルの料理と似たものがあってはいけないと強く思いました。

 

味の部分では、日本人が満足するものでないと駄目だと思いますが、それだけではシンガポール人には響かないのではないでしょうか。シンガポール人にもしっかり評価されるものを提案していくことが必要であり、そのための取り組みを続けることで店の価値も上がっていくのだと考えています。本物感があり、シンガポール人にも評価される店づくりを目指していくことが大事です。

 

植村:当社も佐藤さんと同様の考え方です。1号店を出店した時も今も一貫して考えは変わっておらず、日本から既存のブランドを持ってくる気持ちはありません。自分たちが納得できるものというクオリティを確保しつつ、シンガポール人に喜んでもらえるメニュー作りを目指しています。

 

例えばシンガポール人は料理の見た目を重視する傾向にあり、価格が適正かどうかについてもシビアに見ています。また、見た目と価格から料理への期待値を高めることができれば、実際に食べたときに満足度も上乗せされるものだと思っており、そのバランスには常に気をつけています。

 

岩崎:富寿しでも地元の人達の好みに合わせて事業を広げていますが、最初から一気にシフトしたわけではなく、徐々にシンガポール人の嗜好に近づけていっている、といったところでしょうか。カッページ店以外では、客の9割はシンガポール人で、日本人は1割ほどです。シンガポール人にとって、それだけ日本食が当たり前の状況になってきているのはありがたいですね。

 

 

AsiaX:日本へ旅行に行くシンガポール人が増える中、日本食に関する知識も深まってきているという話もよく耳にしますが、当地での日本食に対するニーズは、どのように変わってきているのでしょうか。

 

山下:お客様から、「今度日本へ行くけれど、何を食べればいいか」といった質問を受けることが多くなりました。「築地だけでなく、日本にあるミシュラン星付きレストランを周りたい」とか「あなたが実際によく行く店はどこですか」といった感じです。

 

これまでシンガポール人がよく訪れる日本の都市といえば、東京、京都、大阪、北海道あたりが定番でしたが、次第に地方にも注目が集まるようになったのが変化のひとつだと思います。こうした中で、ニーズが多様化するとともに本物志向も高まっていると感じます。最近では味そのものだけでなく、見た目や香り、さらに後味まで気にするシンガポール人が増えました。例えば「生柚子のすりおろしと冷凍は違う」といった風に、日本食に関する理解が進んできているという感覚はあります。

 

シンガポールで日本料理を出す側としても、よりクオリティの高いものを追求する姿勢が重要になっています。今後は当社では、新しい業態で出店することも視野に入れながら商品化していきたいですね。

 

植村:確かにいろいろなものを食べる機会が増えたことで、美味しいかそうでないか、その人なりの基準ができてきていますよね。

 

AsiaX:シンガポールで日本食店が増える一方で、競争も激しくなっているのではないでしょうか。価格帯の設定についてはどのようにお考えでしょうか。

 

岩崎:利益を確保できるのならいいのですが、価格競争が加熱しすぎると撤退の増加にもつながり、最後はみんな共倒れになってしまうのではないかという危惧はあります。商売なので難しいところではありますが、価格と利益のバランスを考えることは欠かせません。

 

価格を抑えたとしても、あまりメニュー数を増やしすぎると埋もれてしまいますし。メニューの数についても、バランスを考えて決めていくことが大事なのではないでしょうか。

 

佐藤:値段については、ラーメンの場合、シンガポールでの価格帯は11~15ドルほどと大体同じです。そのレンジの中で値ごろ感を意識しつつ、クオリティにも満足してもらえるように努めています。

 

山下:当社でも、値段以上の満足度をいかに出せるか、徹底して取り組んでいます。私がスタッフに伝えているのは、コストは気にするなということ。ゲストが笑顔になれるように、そしてまた来店してくれるように、目の前の方を幸せにしていこうと常に考えています。

 

植村:価格設定においては、料理ごとのメリハリが大事だと思います。全てのメニューを安くすることはできません。店全体を見たとき、価格設定が適正なものとお得感があるものとで、メニューのバランスが取れているところはうまいと思いますね。安いメニューでお得感を出しながら、他のものでちゃんと利益を出せるような、こなれたメニュー構成を最近よく見かけるようになりました。その点については私も勉強していきたいです。

 


シンガポール人スタッフを
うまくマネジメントするには?

AsiaX:料理やサービスを提供するスタッフも大事ですが、教育について、どのように取り組んでいらっしゃるのでしょうか。またシンガポール人の場合、仕事への意識が日本人と異なり、転職も盛んなようです。うまくマネジメントするためにどのような工夫をされていますか。

 

植村:当社の場合、各店舗で取り組むべきことについて全スタッフに研修を施しますが、その内容は各店舗に合わせて決めるという、日本での社員教育方式を引き継いでいます。またシンガポールの飲食業界で役立つのがどのようなスキルなのか、面白おかしい事例などを交えながら、ゲーム形式で教えるようにすることで、効果を高められるよう工夫しています。

 

山下:当社の場合、各店舗にシンガポール人のマネージャーをつけ、基本的にその人に全てのスタッフを教育してもらっています。そのうえで、各店舗のマネージャーと、日本人のマネジメントクラスとの間で報連相を徹底、情報を共有しながら、それぞれの課題に対してどのような解決策があるのかを探るスタイルを取っています。目の前の問題をひとつひとつ確実にクリアしていくよう努めています。

 

佐藤:当社では、平日の毎朝ミーティングを行っており、日本人幹部社員とローカルマネージャーが集まり、仕事上のコミュニケーションに齟齬がないか情報を共有しています。また店舗が増えると、どうしても苦情も増えてきます。あるクレームについて、別の店でも同じことが起こる可能性がないとは言いきれません。直近でどんなクレームがあったのか、対処方法と合わせて全員に共有することで、業務を円滑に進められるよう、常に情報を発信しています。

 

岩崎:シンガポール人スタッフは、自分たちなりのやり方で売上を伸ばそうと努力してくれていますが、どうしても日本人との考え方の違いは出てきます。そこを理解しつつ、こちらの考えも分かってもらおうという態度が大事ですね。私は各店舗を回って、責任者にどうしてほしいか伝えるようにしています。やはり日本人が説明しないと分からない部分はあると思います。

 

寿司の場合、季節ごとに使う魚が変わるなど、飲食店の中でも少し特殊なので、仕事を覚えるには時間がかかります。巻物など比較的調理が簡単なメニューならまだしも、日本人と同じ「感覚」はなかなか教えられるものではありません。長期間働いているシンガポール人スタッフを見ても、まだちゃんと教えきれてないと思うことも多いのです。寿司屋の仕事をきちんと教えるためにも、日本人スタッフは欠かせません。

 

植村:シンガポール人が働きやすい環境をつくるという点では、どうやってスタッフにやりがいを与えるかということが大切ではないでしょうか。ただし、スタッフに好きなことをさせるだけでは店のスタイルから逸脱してしまうので、その加減が難しくなります。ある程度の裁量を与える一方で、間違った方向へ行ってしまいそうになったなら修正する必要があります。

 

シンガポール人が働きやすい環境づくりは重要ですよね。当社では、本社から日本人を派遣していますが、エンプロイメント・パス(EP)を取得するのはマネジメントレベルの役職だけなので、現場を支えるローカルスタッフの力は欠かせません。

 

当社が運営する店舗のひとつ「美人鍋」の場合、特に若いパートタイマーを大切にしており、勤続6年目を迎えるスタッフもいます。日本人らに各店舗のリーダー的な役割を担ってもらい、そこでシンガポール人の若いスタッフが楽しく働けるよう努めています。それでもスタッフが辞めることもありますが、比較的残ってくれる人は多いと思います。

 

同じ会社が、業態の違う店舗を設けることも効果的かもしれません。シンガポール人が仕事を辞める理由として多いのが、「同じ仕事を続けることに飽きた」というものです。そんな時、もし違う業態の店舗があれば、そこで働くつもりはないか提案することもでき、離職率を下げることにもつながるのではないでしょうか。当社では、環境を変えながら長く働いてもらえるよう、業態を増やす試みも行っています。

 


シンガポール人を惹きつける
マーケティングの工夫も大事

AsiaX:売上を伸ばしていくうえでは、適切なマーケティングやプロモーション活動も重要になってくると思います。これらへの取り組みについて教えてください。

 

佐藤:マーケティングや広告の出稿においては、当地の消費者が何を欲しているかを意識しています。近年ではソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が流行っており、シンガポールの人達も「この店でこういうものを食べた」という経験をシェアするようになってきています。グーグルマップにも店へのコメントが掲載されるようになり、いろいろなところで口コミが広がるようになったのが大きな変化ですね。

 

こうした中で強いのはFacebookやInstagram。これらのSNSに、ポジティブな投稿をしてもらえるような仕掛けづくりをしていきたいと思います。例えば今年タンジョンパガーにオープンした「鉄板焼きハンバーグ 日本橋 けいすけ別邸」では、店内に30種類以上の料理が並ぶ6メートルのサラダバーを設置するなどの工夫をしています。

 

AsiaX:最後に、シンガポールにおける飲食業界はこれからどう変化していくのか、ご意見をお聞かせ下さい。また、その中での御社の展開についても伺えますか。

 

山下:シンガポールの飲食業界にはもっと繁栄してほしいと願っています。望ましいのは、どの店でも楽しめるよう、全体のレベルが上がっていくことです。また「飲食業界で働くのはこんなに楽しいのか」と、シンガポールの人達に気づいてもらえるきっかけづくりができればいいなと思います。彼らを魅了するような新しい仕掛けに、できる限り取り組んでいきたいですね。

 

植村:そうですね、サービス業に対して憧れの気持ちを持ってもらえるよう、私たちも努力を続けなければいけません。シンガポールは狭い国で、マーケットがそれほど大きくありません。よって、今後同じようなコンセプトの店は徐々に少なくなっていくのではないかと思います。その中で残っていけるよう、一店舗ずつ丁寧に育てていきたいです。

 

岩崎:シンガポールの現状を理解せずに手を広げることはリスクが大きいと思います。実際、他店の中には、これまで事業規模を拡大していたのを縮小しているところもあります。店舗の賃料がいつ下がるか、経済状況がいつ好転するのかといったことに加え、シンガポールには少子高齢化の問題もあります。今後、飲食業界で働きたいという人は減ってくるのかもしれません。

 

富寿しの場合、お客様は店ではなく人についているところがあります。気に入ったスタッフのいる店舗に行く方が多いようです。よって、今の富寿しのスタイルを続けていくには、日本人スタッフが確保できるかどうかは重要です。その人材も1週間や1ヵ月で育つものではなく、昔の板前のように10~20年でようやく一人前になるような状況なので、人材育成に注力していかねばならないと感じます。

 

佐藤:冒頭でもお話ししましたが、日本食の魅力をローカルの人達に伝えたいと思うプレーヤーが増えることが一番だと思います。私は、日本がものづくり以外で世界に誇れるものは食文化なのではないかと思っています。シンガポールに根を下ろし、これからもしっかりいいものを提供していきたいです。店舗経営の立場から考えると、オペレーションしやすいのでラーメン店を増やしたいところですが、これまでお世話になったシンガポールに対して、何か新しいものを提案していきたいと考えています。

 

AsiaX:みなさん、さまざまな努力をなさっているのですね。日本食に魅力を感じてくれるシンガポール人が増え、さらに日本へ行きたいといったモチベーションにつながれば素晴らしいことだと思います。本日はありがとうございました。