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シンガポール ラストワンマイル最前線

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オンラインショッピングの受け取り場所が多様に 受け取り代行も(2017年7月11日)
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シンガポールで年間を通じて最大のセールであるGSS(グレート・シンガポール・セール)が6月9日から8月13日まで開催されている。売上が低迷した昨年の実績を背景に、今年はスマホ向けの専用アプリを導入して期間中の売上拡大を目指しているが、その狙いは日常的にインターネットで買い物をするようになった消費者への訴求にある。拡大するシンガポールのインターネット小売市場、本稿ではその一因として重要な役割を果たすラストワンマイル、すなわち消費者が荷物を受け取る工程における利便性の進化に焦点を当て、今後のトレンドと課題を考察していきたい。

 

小売市場の10%はインターネット経由に
各社は差別化の源泉となる物流に投資

シンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングスと米グーグルが昨年の8月に共同で発表したレポート「e-conomy SEA(東南アジアのe-経済)」によると、シンガポールのインターネット小売(以下、ネット小売)市場は2015年の10億米ドル(約1,138億円)から2025年までに54億米ドル(約6,150億円)の規模に、その結果として小売業売上高に占めるネット小売の割合は2015年の2.1%から2025年までに6.7%に成長すると予測されている。また、政府機関のスプリング・シンガポール(規格生産性革新庁)は、小売業界における産業変革マップで、2020年までにネット小売の割合を現在の3%から10%に拡大させる目標を掲げており、ネット小売市場は今後も確実な成長が続くと見込まれている。

 

その目標達成に向けて中心的な役割を担うネット小売業界の各企業は、サービスの普及と競合他社との差別化を図るべく、物流インフラに積極的な投資を行っている。昨年に中国アリババ集団の傘下に入り、今年の6月には追加出資でアリババの持ち株比率が約83%になったシンガポールの大手ネット小売企業のラザダは、同じくアリババと資本・業務提携をするシングポスト(シンガポール郵便局)が1億8,200万Sドル(約136億円)をかけて開設した最新の物流施設に今年の5月に倉庫業務を移管させている。以前は別々の拠点で行われていた在庫管理と出荷業務を同じ庫内で行うことで、効率的な物流オペレーションの構築を目指している。ラザダ以外にも、高級ブランド品のネット販売を手掛けるリーボンズは、同じく今年の5月に新物流施設を稼働させており、RFIDやロボティクスなどの最新技術を活用して庫内業務の生産性を上げていく方針を発表している。

 

宅配には荷物を「待つストレス」が発生
インフラとして整備が進む受け取りロッカー

ラザダやリーボンズが物流施設に投資する理由は、保管可能な商品数の拡大や受注から出荷までのリードタイムの短縮など、品揃えや物流におけるサービスレベルの向上が念頭にあることは言うまでもない。しかしながら、荷物が物流拠点を出荷してから顧客の手元に到着するまでのラストワンマイルにおいて、日本では一般的なサービスである配送日および配送時間枠の指定や不在時の迅速な再配達は、ネットスーパーのレッドマートなどを除いてシンガポールでは普及しておらず、最適な顧客体験が提供されていない。例えば、ラザダがラストワンマイルを委託する1社であるシングポストでは、配送時に不在の場合は顧客が自ら郵便局に出向いて受け取るか、再配達を依頼する必要があり、受け取りに関してストレスが発生していることは否めない。

 

このような背景の中、自宅とは別の場所で好きな時間帯に荷物を受け取ることができるサービスとして普及が進むのがロッカーである。図1にシンガポールで受け取りロッカーサービスを展開している主要企業をまとめた。最大手のシングポスト以外にも、新興企業のニンジャ・バンやブルー、日本の宅配最大手のヤマト運輸が同様のサービスを提供している。

 

各社が競い合ってロッカーの設置場所を増やすことにより、顧客の利便性が高まることに疑いはない。一方で、各社が個別にサービス網の構築を目指して投資およびロッカーの運営を行うことは非効率であることから、シンガポール政府は今年末までに島内をカバーするロッカーシステムを官民共同で整備する計画を持っており、既に複数の物流事業者と協議を進めている。

 

 

ご近所さんが代理で受け取るサービスが登場
勃興するシェアリングエコノミー時代の申し子

一方で、全ての利用者にとって理想的な受け取り場所(例えば自宅の玄関付近など)にロッカーを設置することは現実的には困難であり、またロッカーでの受け取りには荷物のサイズや温度管理の面で制約が存在することも事実である。

 

そこで登場したのが、自宅の近隣宅や近隣店舗に代理で荷物を受け取ってもらうサービスである。パーク・アンド・パーセル(以下、PNP)社は、発注者の代わりに荷物を受け取る代理人をWeb上で紹介するサービスを提供しており、日中は自宅を不在にしがちな利用客はWebサイトに登録してある代理人の中から便利な場所に位置する配達先を選択し、都合に合わせて荷物を受け取りに行くことができる。利用客は配送料金に加えて2.5Sドル(約200円)をPNP社に支払うことで、自宅で待つストレスやロッカーに足を運ぶ不便さから解放される一方、専業主婦や店舗スタッフなど指定された受け取り場所に常にいることが可能な代理人は、荷物を受け取って顧客に引き渡すことで1Sドル(約80円)の副収入を得ることができる。今年の1月に約100人の受け取り代理人を抱えて開始したこのサービスは、現在では代理人は1,000人を超えており、月間の取扱い荷物数もPNP社全体で数百個の規模にまで成長している。

 

さて、PNP社が自宅などに滞在している人の遊休時間を活用して「代理の受け取りサービス」を提供しているのに対し、道行く一般市民の遊休時間を活用して「代理の配送サービス」を提供しているのがクーリエ社である。クーリエ社は5,000人を超える配送人が登録するアプリを2015年から提供しており、受け取り代理人の拡大を目指すPNP社と並んで、ラストワンマイルにおけるシェアリングエコノミー(共有型経済)時代の申し子と言える。

 

消費者が荷物を「取りに行く」形が主流に
シェアリングエコノミー化は更なる加速へ

さて、本稿に登場したラストワンマイルで事業展開する企業を図2にまとめた。最後にこのマトリックスを用いて、筆者がシンガポールのラストワンマイルで予測する今後の2大トレンドおよび課題を考察して本稿の結びとしたい。

 

 

1つ目は、消費者が荷物を「取りに行く」流れの普及である。シンガポールでは全世帯の75%が共働きとされ、日中は自宅を不在にしていることが一般的であることから、消費者に「届ける」オペレーションの難易度は必然的に高くなり、また再配達に伴うコストも無視できない。受け取りロッカーについては、商業スペースとして大きなポテンシャルを持つ「駅ナカ」や、ガソリンスタンドに併設されたコンビニなどを中心に、「新社会インフラ」として政府が設置・運営を主導していけば、島内にネットワークを張り巡らせることは容易にできるとみている。また実際にサービスを普及させていくうえでは、運営する企業間での相互利用の仕組みを構築し、冷蔵・冷凍荷物への対応も含めて物流品質を向上させると同時に、ロッカーの利便性を消費者に分かりやすく訴求していく必要があると考える。

 

2つ目は、シェアリングエコノミー化の加速である。受け取りや配送において遊休資産を活用するビジネスモデルは、人件費や賃料が高いシンガポールの事業環境とも親和性が高く、例えば幼稚園や小学校の送迎車両など、特定の時間帯しか稼働していない資産を更に活用していくポテンシャルは存在すると考える。荷物の取り扱いや安全性に懸念はあるものの、シェアリングエコノミーで同様のサービスである配車アプリが急速に普及した背景を踏まえると、ラストワンマイルにおけるシェアリングエコノミー化も時間の問題だとみている。

 

これら2つのトレンドに合致する形で事業展開をしているのが前述のPNP社であり、彼らのビジネスモデルは、今年の6月にアマゾンジャパンが発表して話題となった個人の運送事業者1万人を囲い込んで独自の配送網を構築する方向性とは真逆であることが分かる。ネット小売業界の覇者アマゾンの進出が間近とされるシンガポールにおいて、独自のモデルで消費者の利便性を追求するPNP社がどこまで消費者の潜在的な需要を顕在化させてラストワンマイルの新標準を構築していくのか、今後の動向に注目していきたい。