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チャンギ国際空港の開発最前線

1981年に開港した、シンガポールの玄関口であるチャンギ国際空港。英国の航空サービスリサーチ会社であるSkytraxが発表した、2017年の世界空港ランキングでは5年連続で1位を獲得するなど、その利便性の高さや設備の充実ぶりは高く評価されている。同空港を運営するチャンギ・エアポート・グループ(CAG)によると、小売店や飲食店を含め同空港で働く人の数は2016年時点で約4万人と、雇用の面でもシンガポールの経済に大きく貢献している。また今年中には第4ターミナルが営業を開始する予定であるなど、そのキャパシティはさらに高まる見通し。同空港における、拡張プロジェクトの現状や、生産性向上のための取り組みなどに迫った。

 

1.2016年の利用客数と貨物取扱量は過去最多

チャンギ国際空港の建設が決まったのは1975年。当時はパヤレバに空港があったが、旅客数の増加に伴い、新たにチャンギ地区に空港を整備する計画が持ち上がった。第1ターミナルの施工は竹中工務店が受注するなど、日系企業も関わりがある。

 

CAGによると、2016年の利用客数(乗り継ぎ客含む)は前年比5.9%増の5,870万人で過去最多を更新しているほか、貨物取扱量も6.3%増の197万トンと過去最高で、いずれも増加を続けている。

 

充実した空港内施設

現在、第1~3ターミナルが稼働している同空港は、ショッピングや娯楽施設も豊富。空港内には店舗が360以上、飲食店が140以上あり、映画館やプールのほか、ひまわりが一面に咲く庭園や、チョウが舞う庭園などもある。さらに記念写真や動画を無料で撮影し、SNSに投稿できるソーシャルツリーといったユニークなサービスもあり、施設の充実ぶりは利用者を飽きさせない。フリーのWi-Fiスポットや仮眠スペースといった便利なサービスが揃っているほか、空港内のショップ利用客を対象に自動車などが当たる「チャンギ・ミリオネア」といったイベントも開催されている。

 

 

シンガポール政府観光局によると、2016年におけるシンガポールへの外国人入国者数は前年より7.7%多い1,640万人で過去最多を更新した。政府は観光客の呼び込みに力を入れており、CAGはシンガポール政府観光局(STB)、シンガポール航空(SIA)とともに、今後3年間で3,375万Sドル(約27億円)を投じ、今後もシンガポールを観光地として海外に向けてPRする方針だ。同空港でも乗り継ぎ客向けの無料観光ツアーをさらに充実させ、旅行者の好みに合わせたグルメ案内サービスなどを提供する考えで、さらなるサービス拡充が予定されている。

 

空港使用料の割引など航空会社へのインセンティブも

現在同空港では、100以上の航空会社が世界330以上の都市へ航空便を提供しており、便数は年々増加を続けている。またCAGは同空港の国際競争力の向上に向け、航空会社に対してさまざまなインセンティブも提供している。

 

2014年からはGAIN(Growth and Assistance Incentive)と呼ばれるプログラムを実施し、1億Sドル(約80億円)をかけて各航空会社のコスト削減やオペレーションの効率化を支援している。この取り組みの一環として、2014年から2015年にかけ、同空港を利用する航空会社を対象に駐機費用の50%、搭乗橋使用料の15%の割引を行ったほか、2014年から2016年にかけては直行便の着陸料を50%値引きしている。同空港はこうした取り組みを通じて、アジアのハブ空港としての存在感をより高めていきたい考えだ。

2.第4ターミナルは今年後半に営業開始

現在同空港では、施設の拡張に向けて複数のプロジェクトが進められている。主要プロジェクトのひとつである第4ターミナルは昨年12月に完工しており、今年後半にも営業を開始する予定だ。第4ターミナルは小型機用の駐機場を17ヵ所、大型機用を4ヵ所備え、キャセイパシフィック航空や格安航空のエアアジアらが入居する予定。取り扱い可能な旅客数は年間1,600万人にのぼり、第1~3ターミナルと合わせると8,200万人に達する見通し。既存ターミナルにおける混雑の緩和も期待されている。

 

今年5月には、第4ターミナルに入居する80あまりの小売店、飲食店などが全て決定した。同ターミナルのトランジットエリアには、プラナカン風のショップハウスを模した店舗も設けられるなど、観光客向けにも趣向を凝らした造りになる見通しで、営業開始に向けた準備は着々と進んでいる。

 

 

総合商業施設「ジュエル」には高さ40メートルの人口滝
2014年より、第1ターミナル隣でドーム型の総合商業施設「ジュエル」の建設が始まっており、2019年に開業する予定。施設は地上5階、地下5階建てで、300以上の小売・飲食店が入居するほか宿泊施設も整備される。第1~3ターミナルやMRTの駅とも接続される予定だ。

 

世界的に著名な建築家であるモシェ・サフディ氏が設計した特徴的なデザインのこの施設、内部には樹木が植えられ、高さ40メートルの滝も建設される予定。Jewel Changi Airport Devtのヒュン・ジーンさんによると、屋内に建設される人口の滝としては世界最大とのことで、乗り継ぎ客らが活用するショッピングスポットとして注目を集めることになりそうだ。

 

第5ターミナル稼働で、取り扱い旅客数は年間1億人以上に

さらに、既存施設の東側にあるチャンギ・イーストと呼ばれる埋立地には、第5ターミナルと新しい滑走路が建設される。第5ターミナルの完工は2026年の予定で、第1~4ターミナルと合わせた取り扱い旅客数は年間1億3,500万人と大幅に増加する見通しだ。第5ターミナルには、2019年から2024年にかけて営業を開始する予定のトムソン・イーストコースト線とクロス・アイランド線との接続が検討されている模様で、市街地へのアクセス向上も期待されている。

 

空港の拡張工事に伴い、周辺でも工事が進んでいる。海岸沿いでは、第3滑走路と第5ターミナルが建設される区画と、既存の滑走路とターミナルがある区画を分断する形で通っていたチャンギコースト・ロードが閉鎖され、代わりに第5ターミナルが建設されるチャンギイーストエリアを囲む形で、新しい道路が建設されている。新道にはサイクリングロードも併せて整備される。

3.オペレーション効率化へ革新的な技術も導入

シンガポール政府は、国内における生産年齢人口の減少などを背景にICT技術などの活用による生産性向上を図っている。チャンギ空港でも設備の拡張とともに、オペレーションの効率化や省力化に向けた革新的な技術が多数導入される見通しだ。

 

CAASは航空業界産業転換マップ発表、「スマート管制塔」など最新技術を多数導入

シンガポール民間航空局(CAAS)は今年4月、空運業界の産業転換マップを発表、運営の効率化や旅客の利便性向上に向け、チャンギ国際空港に最新技術を積極的に導入していく方針を示している。具体的には、搭乗橋の自動化や航空機のパーツ生産における3Dプリンターの活用、ドローンの導入などが含まれており、2025年までに40%の生産性向上を目指す方針だ。

 

これらの取り組みの一環として、チャンギに「スマート管制塔」を導入し航空管制を遠隔操作する計画が進められている。スマート管制塔は、目視ではなくディスプレイパネルに表示された画像を元に管制を行うというもので、遅延の削減や航空機燃料の節約などが期待できるという。

 

セルフチェックインシステムの導入で人員削減、第1ターミナルの増設工事は年内完工の予定

セルフチェックインサービスの拡張も同マップのテーマのひとつ。空港内における設備の拡張、複雑化が進む中、CAGはこれまでも第1~3ターミナルでFAST(Fast and Seamless Travel)と呼ばれるプログラムを展開、セルフチェックインシステムの導入を推進してきた。

 

第1ターミナルではセルフチェックインシステムの増設工事が行われ、5月に稼働を開始している。搭乗手続きの自動化を進めることで、利用客のカウンターでの待ち時間が短縮され混雑の緩和が見込めるうえ、省力化にも期待できる。また第4ターミナルでは営業開始時から館内の全てで、セルフチェックインシステムが利用できる見通しだ。

 

CAGの「生きた実験室」プロジェクト、オートメーション技術やIoT導入など推進

このほかCAASの産業転換マップには、CAGによる「生きた実験室」プロジェクトも含まれている。これはCAGが経済開発庁(EDB)と提携し、国内外の大学や研究機関、革新的な技術を持つ民間企業と協働、自動化やデータ分析のほか、警備技術、情報技術を活用したインフラ管理などに取り組むというもの。CAGは今年1月、5,000万Sドル(約40億円)を投じ技術開発のための5ヵ年計画に着手すると発表した。

 

研究対象はFASTを含めたオートメーション技術のほか、ロボット、データ分析、IoT(モノのインターネット)など。実際の取り組みのひとつに、タクシー乗り場での混雑状況を分析し待ち時間を算出、また他の適切な移動手段について旅客に情報提供するといったものがある。旅客のターミナル間の移動に、自動運転車両を利用することも検討するという。

 

村田機械は清掃用ロボット納入
CAGの取り組みには日系企業も関わっている。ロジスティクスシステムや工作機械などの製造・販売を手がける村田機械は、2016年に自律走行式のロボット床面洗浄機「Buddy(バディー)」を同空港に納入、現在は第3ターミナルで、乗客数が少ない深夜帯を中心に2台が稼働中だ。

 

Buddyには、清掃させたい場所を一度周回するだけで障害物を避けながら作業効率の良い走行経路を自動的に決められる機能があり、事前にオペレータが手動で走行させることで、熟練した作業員と同レベルの作業が可能になるという。同社によると今年7月頃には機体をアップグレードする予定があり、機動性を高めた改良版を乗客の多い昼間に、より広いエリアで稼働させることも検討中とのこと。

 

 

同社シンガポール拠点のセールスエンジニアであるリー氏はさらにこう話す。「現在チャンギ空港では当社だけでなく、スイスやカナダなど他国のメーカーも清掃ロボットを納入しており、各社が自社製品を改良しつつ、今後営業を開始するターミナル4や5にも採用されるよう努力しているのが現状です。また広大な施設を有し、多くの旅行客が行き交いイベントも多いチャンギ空港は、清掃ロボットを稼働させるうえで非常にハードな環境と言えます。ここで納入実績を伸ばすことができれば、シンガポール島内だけでなく、世界各国の空港などにも強くアピールできると考えています」。

 

空港運営のオートメーションに向けた取り組みは他国でも活発化の動きが見られ、羽田空港では2016年12月から今年2月まで、清掃・案内用のロボットに関する実証実験を実施、2020年の東京五輪開催に向けて順次導入を進める方針だ。韓国の仁川国際空港でも今年に入り、LG電子製のロボットのテスト運用が始まっている。チャンギで実績を積むことは、他国のプロジェクトでの競争優位性を確保するための試金石になると言えるのかもしれない。

STBによると、2016年にシンガポールを訪れた外国人旅行者は1,640万人と過去最高を記録した。シンガポールを訪れる観光客が増える中、チャンギ国際空港が観光産業に果たす役割もこれまで以上に大きくなっていると言えるだろう。同空港の拡張についての展望や、観光産業を発展させていくうえでの方針について、CAGのリン・ミン・クーン氏とSTBのジャクリーン・ニン氏に話を伺った。

 

空港は、もはや目的地に行くためだけの施設ではない

チャンギ・エアポート・グループ
Senior Vice President,
Terminal 1 Expansion Programme Management Office
リン・ミン・クーン氏

 

―チャンギ国際空港ではさまざまな拡張プロジェクトが進行中です。今後、旅行客の利便性はどのように高まっていくのでしょうか。

 

利用客の増加に対応するため、現在チャンギ国際空港では第4ターミナルやジュエルの建設のほか、第1ターミナルにおける到着ロビーや手荷物受取所の拡張など、さまざまなプロジェクトを計画しています。
ジュエルが完成し空港内の施設が充実することで、旅行客はアーリーチェックインも活用してより快適な乗り継ぎ時間を過ごすことができるようになります。ジュエルには旅行のためのサービスカウンターを設置し、近くのフェリーターミナルからクルーズ船などを利用できるようにする予定です。
空港に到着後、近くのフェリーターミナルから船ですぐ市街地に向かうことができるという点で、シンガポール旅行における交通の利便性はこれまで以上に高まるでしょう。

 

―空港間の競争は世界的に激しさを増しています。現在の状況をどのようにご覧になっていますか。

 

各国における空港設備がグレードアップする中、旅行客が空港に求める設備やサービスのレベルも高まっています。空港は、もはや目的地に行くためだけの施設ではありません。世界各国のハブ空港は、他国の空港とのネットワークを拡大するとともに、旅行客に対してこれまで以上にその利便性をアピールするようになっています。
空港間の競争が激しさを増す中、チャンギ国際空港では常に新しい技術を取り入れ、利用者に対して質の高いサービスを提供することで、優位性を発揮していきたいと考えています。

 

観光振興だけでなく、MICE誘致に向けてチャンギと連携

シンガポール政府観光局
Director, Marketing
Partnerships and Planning
ジャクリーン・ニン氏

 

―シンガポールの観光産業の発展に向け、STBではどのような取り組みを行っているのでしょうか。

 

シンガポールを魅力的な旅行先としてアピールするため、STBは継続的にさまざまな活動を展開しています。今年2月には日本からの観光客の誘致などに向けて、大手旅行会社であるJTBと協力することで覚書を締結しました。JTBが海外の公的な旅行機関との間で、こうした覚書を結ぶのは初めてのことです。
これ以外では、今年4月にウォルト・ディズニーの東南アジア部門との間で3年間のパートナーシップ契約を結びました。シンガポール島内でディズニーのキャラクターを活用したイベントなどを開催することで、旅行客にシンガポールの魅力を発信していきます。STBはシンガポールの地元企業とも協力し、観光振興を図る方針です。

 

―観光産業の振興を図るうえでチャンギ国際空港が果たす役割について、どのようにお考えでしょうか。

 

STBはシンガポールを魅力ある旅行先としてプロモートしていくため、世界380都市とつながる有力なハブ空港である同空港の強みを生かし、国内外から利用客を呼び込んでいきたいと考えています。シンガポールに来た旅行客に対し、魅力的な観光地を紹介し、快適な時間を提供するという点で、同空港の果たす役割は極めて大きいと言えます。STBは同空港やSIAとの連携を強化しています。
観光以外では、MICE(Meeting, Incentive Travel, Convention, Exhibition/Eventの頭文字を取ったもの。多くの集客を見込めるビジネスイベントなどの総称)の開催・誘致にも力を入れる方針で、同空港とも連携していきます。