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市場拡大が期待されるシンガポールの緑茶市場

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5月2日は立春(2月3日)から数えて88日目となる「八十八夜」。気候が安定し始めるこの時期に摘採されたお茶は味も香りも良く、健康にも良いとされている。生産盛期に入ったお茶であるが、日本国内では生産者の高齢化や消費者の嗜好の変化により生産量は減少傾向にある。一方、緑茶の輸出は増加を続けており、シンガポールはアメリカ、ドイツに続いて3番目に大きい輸出市場となっている。本稿では、シンガポールの緑茶市場の概況を俯瞰しながら、日本からの輸出を拡大していくための方策を考察していきたい。

 

シンガポールはアジア最大の輸出市場
高額の緑茶商品が市場拡大を牽引

 

図1で緑茶の国別の輸出金額および数量を比較した。2016年の緑茶の輸出額は115億円で、世界的な和食ブームや健康志向の高まりを追い風に、2010年からの7年間で2.7倍の規模に成長している。国別では、米国が全体の41%を占めており、以下、ドイツ(11%)、シンガポール(9%)、台湾(7%)と続く。米国では世界最大手のコーヒーチェーンのスターバックスが、1999年に「TAZO」、2012年には「Teavana」という2社の茶製造販売会社を買収しており、北米を中心に約350店舗を展開する「Teavana」では煎茶や玉露などを提供している。

 

また日本最大手の緑茶メーカーである伊藤園も、「TEA’s TEA」や「Oi Ocha」などのブランドに加えて、数年前には無糖抹茶商品のブランド「matcha LOVE」を新たに導入しており、同名の茶専門店を2020年までに全米で約20店舗まで拡大する計画である。その他にも、2015年には官民ファンドのクールジャパン機構が、米国で「日本茶カフェ」事業に取り組む日本の中小企業に出資を決めるなど、米国の緑茶市場の大きさとポテンシャルを示す事例は枚挙にいとまがない。

 

シンガポールは、台湾とともにアジアにおける緑茶の2大輸出市場を構成しているが、成長推移を比較すると両国の市場の特徴に気づく。2010年には数量、金額ベースともにシンガポールが台湾を上回っていたのに対し、2016年には数量ベースでは台湾がシンガポールの2倍以上に拡大するものの、金額ベースでは台湾は引き続きシンガポールを下回っている。1トン当たりの輸出価格でみると、2010年から2016年までシンガポール向けは年間平均で毎年8%上昇しているのに対し、台湾向けは毎年8%下降しており、2016年はシンガポール向けが1トン当たり310万円、台湾向けが同110万円と約3倍もの差がついている。このことから、日本からシンガポールに輸出される緑茶は、比較的高額の商品が牽引していることが読み取れる。

 

緑茶飲料に占める無糖の割合は17%
日本産以外の緑茶も幅広く流通

多民族国家であることを背景に、緑茶以外にも多様で個性的な茶系飲料が存在するシンガポールであるが、ここでは大きく小売店(オフトレード)と飲食店(オントレード)に分けて緑茶の市場を見ていく。図2でシンガポールの小売店で販売されているペットボトルや缶などの容器に入った茶系飲料の市場シェアを比較した。緑茶は全体の42.6%を占め、茶系飲料では最大の市場シェアを持っているが、その内訳は4分の3以上がジャスミンのフレーバーであり、緑茶飲料に占める無糖商品の市場シェアはわずか17.4%に過ぎない。

 

また容器に入った飲料以外にも、小売店ではティーバッグや粉末状の緑茶が販売されている。伊勢丹や明治屋などの日系スーパーで販売されている商品は、大手日本メーカーの日本産が多数を占めているものの、現地スーパーにおける日本産の品揃えは、中小メーカーが数アイテムを展開するにとどまっており、商品の多くは、日本を上回る茶生産国である中国、スリランカ、インドネシアなどから輸入されているのが実態である。

 

次に飲食店における緑茶についてだが、シンガポールのレストランやカフェでは、抹茶などを含む緑茶を使用した飲料以外にも、パンやケーキ、アイスクリームのフレーバーという形で緑茶が使用されており、実に多くの店舗で関連商品を目にする。しかし原材料である緑茶の調達先でみると、これらの飲食店は、日本産を使用する店舗とそれ以外の店舗の2つに分けられる。例えば、海外発の「MACCHA HOUSE 抹茶館」は、抹茶文化の輸出を目指してシンガポールでは2店舗を運営しており、店頭では京都の老舗ブランド「森半」の抹茶を使用している点を訴求している。一方、シンガポールで約60店舗を展開する最大手のコーヒーチェーン「The Coffee Bean & Tea Leaf」においても茶系飲料は提供されているが、緑茶のティーバッグはスリランカ産、またアイス飲料に使用される抹茶パウダーは米国産である。前者の店舗では日本の高品質の緑茶や茶文化を意識したメニューが提供されている一方で、後者の店舗では既に市場に浸透している「グリーンティー」や「マッチャ」の提供がなされており、当地における多数の飲食店と同様に、日本産にこだわった調達は行っていない模様である。

緑茶の新たな消費シーンの創造が必要
TWG Teaのブランド構築は一考に値

シンガポールで普及している数多くの緑茶商品は、日本産以外の原材料が使用されているのは既述の通りである。日本から緑茶の輸出を一層拡大していくためには、ターゲットとする現地消費者の嗜好や消費スタイルのみならず、流通経路における特色を理解したうえで事業展開を図っていくことが重要になる。ここでは今後の展開に向けたヒントとなり得るアイデアを、具体的な事例も交えて3点ほど紹介したい。

 

1点目は和食レストランにおける緑茶の無料提供である。日本では標準と言えるこのサービスも、シンガポールでは有料としているレストランが多数であり、現地の消費者に緑茶をアピールする機会が活かされていない。店内で緑茶を無料提供するコストは、工夫次第で吸収できるはずである。伊藤園はシンガポールの吉野家と提携して昨年から商品の提供を開始しているが、店頭のメニューには湯呑に入った緑茶がセットで牛丼の横に並んでおり、以前は炭酸飲料などを選択していた吉野家の来店客に対して、新たな緑茶の消費体験を提供している。

 

2点目は「日本化」を推進するコンビニの積極活用である。島内に約430店舗を構えるシンガポールのセブン-イレブンは、日本のコンビニも参考にして商品政策を改革しており、今年4月からは2ヵ月間の予定で、販路拡大を目指す日本の食品事業者に対してテスト販売の機会を提供している。静岡県の大井川茶園は、ドリップ式のリーフ茶商品で参加しており、継続的な販売に向けて現地消費者の反応を伺っている。

 

3点目はインバウンド客を狙ったブランド構築活動である。日本への旅行者の間で爆発的に人気が高まった結果、シンガポールでも常時購入が可能となった商品には、ラーメン、デザート、お菓子などのカテゴリーで様々な例が存在しており、緑茶に関してもやり方次第では効果的と考えている。伊藤園は、2014年に羽田空港国際線の商業施設に和カフェ「茶寮 伊藤園」をオープンして以降、昨年には全日空(ANA)の国際線ファーストクラスで抹茶を初めて提供し、直近でも国際線機内誌に自社の広告を掲載している。インバウンド客に日本の伝統的な茶文化を体験してもらい、帰国後も自社商品のファンになってもらうことを願って旅行者の動線上に商品との接点を増やす仕掛けづくりは示唆に富んでいる。また、2008年の創業からわずか9年で、今ではシンガポールを訪れる日本人にも定番のお土産として強烈な人気を誇るお茶ブランド「TWG Tea」の隆盛も、ブランド構築の重要性に関して一考に値する。

 

健康意識の向上は市場拡大に追い風
新規メニューと消費習慣の提案がカギ

シンガポール政府は、肥満人口が増加していることなどを背景に、健康をより意識した食生活を推奨しており、緑茶の主成分であるカテキンにコレステロールの低下やがん予防などの効用がある点は、高まる健康意識に応えて緑茶の消費を拡大していくうえで追い風になる。実際に、シンガポールの小売店における容器入りの緑茶飲料に占める無糖商品の市場シェアは拡大しており、日本の食品事業者が「トクホ飲料」などで培った経験を活かせる機会は増えるとみている。

 

これまで考察してきた通り、シンガポールにおける緑茶の消費、また日本からの輸出には今後も伸びしろがあると考えているが、具体的な商機につなげていくためには、単に日本で製造した商品を持ち込むだけではなく、現地のメーカーや飲食店に対して緑茶を使用した新規メニューや緑茶の具体的な消費習慣を提案していくことが重要である点を強調して本稿の結びとしたい。