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第3回 シンガポールの優遇税制

今回は、シンガポール政府の外資導入政策と優遇税制について見ていきたいと思います。シンガポールは、イギリス植民地時代にアジアの中継貿易の拠点として栄えましたが、第二次世界大戦後に周辺諸国が独立し直接貿易を行うようになると、シンガポールも中継貿易に依存したままではいられず、工業化による雇用創出を迫られるようなりました。そこで、輸出産業の育成を図るべく、ジュロンに工業団地を建設してインフラを整備し、海外からの投資を積極的に呼び込む政策を打ち出しました。

 

優遇税制は、これらの政策の中で重要な役割を担い、1959年にはパイオニア産業令および産業拡張令が制定され、1967年には経済拡大奨励法となって拡充されました。パイオニア産業というのは、シンガポールでまだ十分に商業化されておらず、シンガポールに経済的価値をもたらすと認定された製品を製造する会社に対して、最長15年にわたり法人税を免税にするという制度です。更に、パイオニア産業の適用期間が終了したりパイオニア産業に認定されなかった会社が、シンガポールに経済的価値をもたらすと認定された製品の生産や増産のために設備投資を行う場合には、開発・拡大制度(DEI)により最長40年にわたり最低で5%の法人税率が適用されます。その他にも様々な優遇措置が法制化され、シンガポールに多くの外資系企業を誘致し、この国の産業を発展させる呼び水となってきました。

 

では、実際に、シンガポールには海外からどの程度の投資がなされているのでしょうか。グラフは、シンガポールで登記された会社の資本(純資産)の合計額と海外からシンガポールへの対内直接投資およびシンガポールから海外への対外直接投資の金額を比較したものです。これを見ると、シンガポールの会社全体の資本のうち、海外からの直接投資は約4割もあることがわかります。しかも、その比率は、1994年の31%から2014年には42%へと約10%も増加しており、シンガポールが現在も海外諸国にとって魅力的な投資先であることが表われています。日本は、アメリカに次いで第2位のシンガポールへの投資国ですが、その比率は年々低下しています。

 

 

産業別に見ると、最も伸びているのは投資持株会社への出資ですが、その多くはシンガポールからの対外直接投資として海外に再投資されていると考えられます。ちなみに、2014年のシンガポールからの対外投資先は、金額順に中国、ケイマン諸島、香港、インドネシア、イギリス、マレーシアとなっています。製造業は、1998年のアジア経済危機の後、他国への移転や撤退が相次ぎましたが、一方で新たな設備投資も行われており、重要な産業であることに変わりはありません。卸売業は、製造業を追い抜く大きな割合を占め、これにサービス業、金融業、運輸・物流業などが続いており、これらがシンガポールの主力産業であると言えるでしょう。

 

製造業の中では、エレクトロニクス、医薬、化学などの分野が稼ぎ頭になっています。政府は、より先端技術をもった企業の進出や、知的財産権による収益に期待して、研究開発事業の誘致にも力を入れており、研究開発優遇制度(RISC)や生産性・技術革新制度(PIC)により100~300%の追加所得控除を認めると同時に、知的財産権の保護のための法的枠組みの整備も進めています。

 

金融業、保険業、海運業は、シンガポールが金融ハブ・貿易ハブとしての国際競争に勝ち抜くために特に力を入れている分野であり、金融庁(MAS)が管轄する金融業優遇制度(FSI)および保険事業開発制度(IBD)、海運港湾庁(MPA)が管轄する海運業優遇制度といった包括的な優遇措置を用意して、それぞれの業界を全面的にバックアップする体制を整えています。

 

多国籍企業の統括会社もシンガポールが誘致に力を入れている分野の一つであり、シンガポールに一定以上の規模で中枢機能を集約させて関連会社に様々なサービスを提供する統括会社には、3~5年間にわたり15%の法人税率が適用される地域統括本部制度(RHQ)、更にそれをはるかに上回る本部機能をシンガポールに有する会社には、5%または10%の法人税率が適用される国際統括本部制度(IHQ)があります。また、グループの財務部門として資金調達や運用などのサービスを関連会社に提供する会社には、金融・財務センター制度(FTC)により5年間にわたり(延長の適用あり)8%の法人税率が適用されます。

 

これらの優遇措置の多くは、管轄省庁に事前に申請して認可を得る必要があります。認可に際しては、シンガポール経済への貢献度が重視され、投資や取引の規模、技術の先進性や将来性、人材、認可後の増加所得などが審査の対象となります。また、優遇措置の内容や要件は、市場のニーズや時代の変化に合わせ、随時きめ細やかな修正や更新がなされています。