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2017年シンガポールの流通・消費トレンドを大予想!

2017年のシンガポールの経済成長率の見通しは、1%から3%と、2016年の1%から1.5%(11月時点の予測)に比べて上限が引き上げられている。本稿ではその背景の一部として知っておきたい流通および消費の分野における注目トピックを紹介したい。

 

ネット小売は黒船襲来で本格的な拡大へ
施策の成果が試される「コンビニの日本化」

小売業界における2017年最大の注目トピックは、何といっても世界最大のネット小売企業である米アマゾンのシンガポール本格進出であろう。新年早々の開業を目指して約1万平方メートルの物流拠点をジュロンイーストに確保し、100名ほどの新社員を募集していることが2016年の11月に報道されている。アマゾンが2000年に日本に進出した際は「日本最大のネット書店」との触れ込みで書籍類を中心とする品揃えだったが、既にファッションから生鮮食品までネット専業の小売企業が待ち構えるシンガポールへは、他国での成功事例や国内消費者の購買行動を分析したうえで満を持しての進出が予想され、開業当初から「カテゴリーキラー(※)」を意識した豊富な品揃えで小売市場に相当のインパクトを及ぼすことになるとみている。

(※)特定分野(カテゴリー)の幅広い商品を低価格で提供する小売業態のこと

 

黒船アマゾンの進出を見越していたかは不明だが、2016年は中国最大手のアリババが「東南アジア版アマゾン」とも称されるラザダの経営権を取得し、アリババ傘下となったラザダがネットスーパー大手のレッドマートを買収するなど、シンガポールのネット小売業界は持続的成長に向けて足場を固める動きが目立つ1年となった。一方のリアル小売業界は、ショッピングモールの空室率が8.4%と記録を始めた2011年以降で最高値を記録、また1842年創業でシンガポール最古の百貨店であるジョンリトルが最後の1店舗の閉店を決めるなど、業界の衰退を象徴するニュースが散見される1年だった。この対照的な流れは2017年以降も続くと想定しているが、逆境に立たされたリアル小売業界においては、消費者への提供価値を抜本的に見直すことが求められる1年になると考えている。

 

逆風下にあるリアル小売業界にあって、自らを「ディスラプション(破壊的創造)」と形容してまで店舗価値の創出に取り組んでいる企業がセブン-イレブンである。当地に約430店舗を構えるコンビニ最大手は、店舗立地ごとの客層に応じた品揃えの提供、店内調理と飲食スペースの新設、サンドイッチや弁当など即食商品の強化など、日本のコンビニでは既に標準的となっている商品政策やサービスを展開していく方針を打ち出しており、2016年7月に輸入販売が開始された日本のセブン&アイ・ホールディングスのプライベートブランド商品の売れ行きと共に、2017年は各施策の成果が問われる1年になるとみている。

外食はミシュランガイドで多角化が加速
フードデリバリーは優勝劣敗が鮮明に

ともすると「国民総美食評論家」のシンガポールにおいて、東南アジア初のミシュランガイドが登場したのは意外にも2016年のことであったが、例に漏れず物議を醸す結果になった「格付け」のブランド力と影響力は、シンガポールでは独特の形で作用していくとみている。その背景には島内に100ヵ所以上も存在するシンガポールの台所「ホーカー(屋台街)」の存在が大きいのだが、2016年はこのホーカーに店を構える2店が1つ星を獲得し話題となった。その1店である「香港油鶏飯麺」は、1つ星を獲得してからわずか3ヵ月後には80席の着席型レストランを出店する計画のみならず、将来的には海外にも出店していく意向を発表している。

 

注目したいのは、インキュベーターとしてこのホーカーの事業拡大を支援する外食企業のHersing Culinary(HC)の存在である。HCは同じくミシュランガイドの香港版で1つ星を獲得したTim Ho WanやKam’s Roastに加え、日本版でラーメン店として世界初の1つ星に輝いた蔦をシンガポールで展開するなど、ミシュラン1つ星の縦横の事業拡大を積極的に支援しており、シンガポール版の発刊を背景にこの多角化の流れは加速していくとみている。

 

外食以外にも飲食業界で注目したいのがフードデリバリー、すなわちレストランやホーカーなどの飲食店からの出前サービスである。サービス自体は新しくないものの、近年のスマートフォンやシェアリングエコノミー(遊休資産を活用したビジネス)の普及を背景に、外資系のDeliveroo、foodpanda、UberEATSに加えて少なくとも8社の地場企業が市場のパイを奪い合っている。しかし消費者の胃袋と財布から継続的に支持されるためには、提携する飲食店の多寡に加えて配送料金、配送可能エリアや配送時間といった物流能力の優劣が重要であることは言わずもがなであり、持続可能な優位性を構築できない企業は価格競争にさらされ、体力の弱い事業者は早晩撤退するか合従連衡の渦に巻き込まれる1年になるとみている。

 

統合型リゾート(IR)とF1は節目の1年に
ホテルは新設と改装で競争が一段と加熱

2016年上半期に日本を訪問した外国人が1,171万人だったのに対し、東京23区とほぼ同じ面積のシンガポールを同期間に訪問した外国人は、同国の人口560万人をも上回る820万人に及んでいる。国を挙げて観光振興施策に取り組んでいる賜物であるが、2017年はそのホスピタリティ産業を象徴する2大アトラクションにとって節目の年となる。

 

1つ目は開発がスタートした2007年に政府から付与された10年間の複占(2社による独占)許可の有効期限が2017年中に満期を迎えるマリーナベイサンズ(MBS)とリゾートワールドセントーサ(RWS)の統合型リゾート(IR)の両施設である。満期後も新たなIRが開発される計画を耳にすることはないが、国境を越え加速する集客競争に勝ち残るためには施設への継続的投資が必要となる。

 

2つ目は2008年に初開催されてから10年目を迎えるF1シンガポールGPである。シンガポールでの開催契約は2017年までとなっており、2018年以降の開催についてはまだ確定していない状況の中、2017年9月のレース開催時期に向けてF1オーナー企業との駆け引きが加速することが予想される。

 

また2005年から2015年までの10年間に、室料収入の合計が12億Sドル(約970億円)から32億Sドル(約2,590億円)と約2.7倍もの成長を記録したホテル業界であるが、客室数の増加と客室単価の上昇は2017年も継続すると予測される。国を代表するラッフルズホテルは2017年から2018年にかけて約25年振りに、MBSは2016年から2017年にかけて2010年の開業以来初となる大規模な改修を実施することに加えて、2016年末から2017年にかけてはJWマリオット、ソフィテル、アンダーズなどの高級ホテルの新規開業が予定されており、国内外からの宿泊客の争奪戦は激化の一途をたどることが予想される。

長距離路線の格安航空化の幕開け
北米路線開設ラッシュの影響は如何に

世界有数のハブ空港を有するシンガポールに相応しく、航空業界も注目のニュースが目白押しである。

 

まずシンガポール航空子会社の格安航空会社(LCC)で主に短距離路線を展開するタイガーエアは、2017年下半期を目途に中距離路線が中心のスクートに統合されることになっているが、そのスクートは2017年6月にシンガポールからアテネに、初の欧州路線かつ最長の路線となる直行便を就航させる予定である。将来的には北米への就航可能性にも言及されるスクートに加えて、2017年中にクアラルンプールから関空経由でホノルル線を就航することが期待される、隣国マレーシアのLCCエアアジアを筆頭に、2017年は長距離路線のLCC化の幕開けになるとみている。

 

またエアアジアや香港のキャセイパシフィックが移転先として表明しているターミナル4(T4)が2017年の下半期に開業することにより、チャンギ空港発着の「ドル箱路線」かつ世界の国際路線トップ10(2015年、旅客数ベース)にも入るジャカルタ線、バンコク線、クアラルンプール線、および香港線の旅客数は増加の傾向が続くとみているが、東南アジア最大のハブ空港としての地位を維持したいチャンギ空港に懸念材料が全くないわけではない。

 

2017年は「ドル箱路線」の就航地の航空会社が相次いで北米路線を開設する計画を持っており、前述のエアアジアのホノルル路線に加えて、ガルーダ・インドネシア航空とタイ国際航空の2社は米国西海岸への就航再開を準備しているとされ、実現すれば限定的ではあるものの一定のインパクトをチャンギ空港の旅客数に及ぼすことになるとみている。2016年10月にはシンガポール航空が3年振りの米国西海岸への直行便となるサンフランシスコ線を開設し、2018年にはロサンゼルスとニューヨークへの直行便の再開を予定、近い将来にはボストン、シカゴ、マイアミへの路線も検討しているとされるなかで、2017年の東南アジア域内の航空会社の動向は、チャンギ空港とシンガポール航空の今後を占ううえで重要な示唆を与えることになると考えている。