日本で2013年から開催されている、国内外の女性監督によるホラー映画を上映するイベント「東京スクリーム・クイーン映画祭」が、今年初めてシンガポールのゴールデンマイルタワーにある名画座、ザ・プロジェクターで10月28日から30日まで開催された。映画祭の企画から運営、作品のセレクト、翻訳、字幕制作までを一人で手がけたのが中西舞さんだ。映画祭開催のきっかけやシンガポールを代表する映像ディレクター、エリック・クー監督との作品づくり、映画業界の今後の展望などについて伺った。
―今年初めてシンガポールで開催された「東京スクリーム・クイーン映画祭」とはどんなイベントなのでしょうか。
今回上映したのは長編と短編20作品なのですが、たとえばオープニングで上映した『ラブ・ウィッチ』(米国、2016年)は、米国のアナ・ビラー監督自身が衣装も美術もすべて手がけ、1960年代に撮られたような雰囲気があり、全編が彼女の美的センスで溢れています。王道のホラーというより、女性の深層心理が垣間見える長編ブラックコメディで、若い方から往年のホラーファンの方にまでとても好評でした。このほか、各国から自分で選んだ短編をラインナップしており、シンガポール初上映のものばかりです。この映画祭でしか観られない作品を紹介できたと思っています。
―以前バンクーバーで開催された、女性ホラー監督による短編作品を集めた「Viscera映画祭」にインスパイアされてこの映画祭を企画したと聞きました。今回のイベントを企画したきっかけについて詳しく教えてください。
カナダ人の友人が声をかけてくれて、Viscera映画祭(現在は中止)に参加したことが直接のきっかけです。「女性監督が作ったホラー短編がこんなにあるんだ」「実験的な作品だけどこのクオリティなら長編も作れるはず」といった発見がたくさんありました。ただ上映されたのはすべて北米や北欧の作品だったので、アジアの女性監督の作品も紹介するイベントを立ち上げたいと思いました。そこで「東京スクリーム・クイーン映画祭」でも、日本を始めアジア全体の女性ホラー監督の開拓に力を入れています。
私はもともと映画の配給や買い付けの仕事に携わってきたのですが、映画界で活躍する女性はまだまだ少なく、ホラーを中心としたジャンル映画で活躍する女性監督はさらにマイノリティな存在なのが実情です。具体的には、宣伝やマーケティングの分野では多くの女性が活躍していますが、製作現場となると極端に少ないのです。朝から深夜まで撮影が続くため家に帰る時間もないケースが多く、体力の問題や出産後まで続けられない人が出てきてしまう。また海外には政府が女性監督に助成金を出す国がありますが、日本ではそういうシステムがないためアルバイトをしながら作品作りをしている人もいて、資金繰りも大きな問題です。今年の「東京スクリーム・クイーン映画祭」で長編映画を増やしたのも、短編から苦労して長編映画へステップアップした女性監督を少しでも後押ししたいという気持ちからでした。
―ホラー映画に興味を持ち始めたきっかけは何だったのでしょうか。
ホラー映画に関して、殺人鬼や血みどろのステレオタイプなイメージだけで毛嫌いしている人もいるかもしれませんが、実は人間の業や罪深さを表現している作品がたくさんあります。私自身、小学2年生の時にアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』を初めて見た時、衝撃を受けました。幽霊やモンスターが出てくるのかと思ったら、あの映画で描かれていたのは人間の狂気や社会の闇だった。「映画ってこんなにもたくさんのことを表現できるんだ」と驚きました。すぐに同級生を数人招いて自宅で上映会を開いたんですが、作品を観てもらい終わった後はみんなで感想を言い合う、その一連のプロセスがとても面白かった。ホラー映画の奥深さを少しでも多くの人に知ってもらいたい――これが私の中の原風景ですね。
―シンガポールを代表する映像クリエイター、エリック・クー監督の製作現場に参加するなど旧知の仲と伺っています。中西さんから見てエリック氏はどんなアーティストなのでしょうか。
初めてお会いしたのは、韓国の富川(プチョン)・国際ファンタスティック映画祭というジャンルものに特化した映画祭でした。自分の企画が選ばれて参加したのですが、そこにエリックもいて、こちらから「シンガポールで同じ中学、高校だったんですよ」と話しかけたのが始まりです。すぐに打ちとけて連絡を取り合うようになりました。
去年初めて彼の製作現場に参加したのですが、クリエイターとしてのエリックから本当に多くの刺激を受けています。彼はとにかく怖いもの知らずの自由人で、「シンガポールで上映できなくても海外で観てくれる人がいればいい」とセンサーシップをまったく気にしていないんです(笑)。お客さんを楽しませる商業作品の中で、独自の世界観を200%以上表現できる稀有なアーティストの一人だと思います。
―エリック監督の「7 Letters(セブンレターズ)」という短編映画の製作に参加したそうですね。現場の雰囲気はいかがでしたか。
その前に長編ドラマでご一緒して、映画では昨年初めて「7 Letters」の助監督を務めました。これはシンガポール建国50周年を記念して制作された短編オムニバス作品で、エリックを含めたシンガポールを代表する7人の監督による、民族、文化などそれぞれのバックグラウンドが違うシンガポーリアンの物語を描いたショートムービーです。
現場でまず驚いたのが、シンガポール人スタッフの優秀さでした。エリックは座っているだけなのに、彼が何を求めているかみんな事前に察して動くんです。スムーズだけど緊張感があり、若くて有能なスタッフのエネルギーに溢れる現場でしたね。正直、その中でエリックの手足となる助監督を務めるのはかなりのプレッシャーでした。私の持っている考え、知識、先入観はすべて捨てて、「何でも学ぶので教えてください」というスタンスで現場に入りました。日本人は私一人だけで、日本人だからだめだと思われたくないという重圧もありましたね。構想と準備に半年以上、撮影そのものは実質3日間でしたが、撮影が終わるのが明け方で、家に着替えに帰り、朝7時からまた撮影が始まるような毎日でした。
―今後、映画業界でどんな役割を担っていきたいとお考えでしょうか。抱負と展望を教えてください。
私自身、プロデューサーとして女性監督の後押しや応援を続けることで彼女たちが活躍できるようになったら、映画業界全体がもっと活性化するはずです。観客の皆さんにもホラー映画の新しい楽しみ方を提案していけたらいいですね。