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新しいメディアへの挑戦、両極が存在する自分のありのままを作品に

日本の現代美術を代表するアーティストのひとりとして知られる大竹伸朗さんが、STPICreative Workshop & Gallery(STPI)にて個展「Paper + Sight」を開催している(11月3日まで)。STPIは紙から作る版画工房とギャラリーを併設しており、大竹さんはアーティスト・イン・レジデンスとして招待され、過去2年で数回滞在しながら展示されているすべての作品を制作した。今年開催されている3年に1度の瀬戸内国際芸術祭への出品やギャラリーでの個展など、国内外から引っ張りだこのアート活動のほか、音楽、ファッション、出版など幅広く活動する大竹さん。そのパワフルな横顔に迫った。

 

―今回の展覧会のテーマについて教えてください。
ペーパーパルプペインティング*¹に取り組むということ以外、特にテーマもなくSTPIに来て、色を見てから何を描くか決めました。STPIならではですし、やはり大きいサイズのものをと漠然と考えていました。蛍光色が使えるということで、とにかく想像の中にあるケミカルな色の風景をできるだけシンプルに描きたいと思いました。自分はコンセプトを元に作るタイプではなく、今まで自分が経験したことのない素材などに出会って反射的に興味が持てると、同時に創作意欲が湧くんです。そこからテーマは「自然」で森とか牧場になりました。

*¹紙を漉く途中の水をたっぷり含んだパルプの段階で染色し、それを平面に置きながら描く手法。ヴァキュームテーブルで水分を抜いてから乾燥させて仕上げる。

―そのペーパーパルプペインティングの巨大な作品「Yellow Path 1」と「Pasture」に目を奪われました。

作品「Yellow Path 1」の前に立つ大竹伸朗さん

テーマを決めると、これまでのことがいろいろ繋がって、記憶が重なるんですよね。この蛍光色は、「YellowCake (イエローケーキ)」とも呼ばれる放射性物質の六価ウランの色。2011年に福島第一原子力発電所で事故が起きた数日後、何が起こっているのか状況もよく分からないままドイツのカッセルへ、ドグメンタ(5年に1度開催される国際芸術祭)の出展作品の制作に行ったんです。それ以来、「放射能」が自分の中でずっと尾を引いていて。平和な時はもの作りとか芸術にいろいろ理屈を言ったりもするけど、いざあのような緊急事態が起きると、芸術なんかより、炊き出しや瓦礫を片付けに行くことの方がよっぽど大事なのではという疑問で一杯になった。そんな無力感に苛まれながら作品を作らなくちゃいけなくて。作品を展示するための場所を探して毎日カッセルの森の中を歩き回っては、とにかく家に帰って森で見てきた風景を描きました。目的なしに淡々と描いた森の絵、それが癒しというか平常心を取り戻すスイッチの役割を果たしてくれたんですね。「Yellow Path 1」はその森の風景がモチーフになっています。

 

もうひとつの「Pasture」、真っ黄色の牧場というのもすごいかなと思ったんです。北海道の東にある別海という、オホーツク海を見下ろしたところの情景がもとになっています。

 

Pasture 2015 (356 x 459 cm)

―STPIとのコラボレーションのきっかけと最初の印象を教えて下さい。

写真家の蜷川実花さんがSTPIのダイレクターであるエミ・ユーさんと知り合いで、2014年の横浜トリエンナーレで出会ったのがきっかけです。版画をやってみたかったし、リトグラフもシルクスクリーンも手掛けたことはあるけど、自分がスタジオで作るというのは学生以来。しかもこのサイズに取り組む、それだけでも気持ちが燃えた。工房は予想以上に立派だし、世界中探してもこの設備でこれだけのことができるところはないですね。

 

―蛍光色の作品の一方で、リトグラフの「Indigo Forest」シリーズのようにモノクロ―ムもありますね。

その辺りが自分は支離滅裂。モノクロームがありながら蛍光色も同居している。美術の世界では一貫性を持たせるために通常は作品の傾向を絞るものですが、両極を見せるのが自分流。好みとしては究極にシンプルなものが好き。茶室ですらちょっと要素が多いと思うくらい、なにもないのがいい。ぐちゃぐちゃなものを見て空っぽなものが浮かぶ、空っぽなものを見て混沌とした世界が浮かぶというか、それが理想。恐らく自分はその両極が別のものではなくて究極のところで輪になって繋がってるんですね。

 

若い頃、どっちかに絞り込めないから自分は才能がないと思っていました。30、40代になっても何も変わらないので、両極端なものが同時に存在するのが自分の個性じゃないかなと思いはじめた。両方が同時進行で存在している。理屈のために絵を描いているわけじゃないので、あるものは仕方ない。そう思いだしたら自由になりました、やってることは同じなんだけどね。

 

―「Book #1」もユニークで見応えがある作品です。

全ページがシルクスクリーンで刷られた本をつくる、STPIでしか絶対できない(笑)。本の厚みは30センチメートルくらいあって、特注の鉄枠で綴じています。混沌としたものだけど一応ストーリーはあって、STPIで作業してきた記憶の流れを汲みながら刷りあがったものを見開きで組み合わせました。

 

Book #1/Layered Memories (106 x 85.5 x 26.5 cm, 320ページ)

シンガポールでのこの作品を手始めに、興味があるものを本という形に落としこむシリーズを作っています。今世の中がどんどんデジタル化しているからこそ逆行したいし、アナログとデジタルをミックスさせて良いところを取るなんて発想は全くない。例えばシンプルに本、しかも本なのにこの世に1冊しかない。プリントにありがちなエディションとか考えるのではなくて、どうせやるならプリントなのに1点ものを作る。一体何考えてるのって思われるようなことをやるのが重要だと思うんですよ。毎年1冊でいいからこれをシリーズにして作りたいですね。もうSTPIのスタッフは自分とやるのに懲りているかもしれないけれど(笑)。

―普段大竹さんが心がけていることは?

行き着くところは、自分に嘘をつかないこと、つまり正直であること。例えば蛍光色、モノクロームが同時進行で出てきて、これを両方発表するとまた一貫性がない、と言われそうだけど、正直に出てきたものこそが大事な何かなんです。整合性のないものが出てきたからといって理屈で捻じ曲げたり、整合性を取ろうとしたりはせずに、自分にとってこちらが正直だと思う方にいくようにしています。

 

―シンガポールの印象を教えてください。

25年ぶりくらいのシンガポールですが、印象が全然違う。当時は鳥かごを持った人とすれ違いながら、随分と古い街並みをウロウロした思い出がある。すごく大きく変化しましたね。クリーンになりすぎかな、もう少し汚くてもいいくらい(笑)。
第二次世界大戦末期の昭和17年ごろ、軍部報道映画班として映画監督の小津安二郎がシンガポールに赴任していました。小津のもとで助監督を務めたこともある作家の高橋治が、その頃の小津の暮らしを描いた「幻のシンガポール」という面白い短編があって、STPIに来ることになってもう一度読み直しました。小津も体験していた気候、吸っていた空気、見ていた月だと思うと、シンガポールを見る目がまた変わって感慨深いです。

 

―海外で暮らすビジネスパーソンへのメッセージをお願いします。

「ストリートに飛び出せ」。日本人はつい日本人同士で集いがちだけど、なるべく現地の人と交わる機会をもって、その国のことや音、匂いなどを肌で感じるべきだと思います。

 

展覧会詳細情報

STPI Creative Workshop & Gallery
http://www.stpi.com.sg