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アジアで活発化する高速鉄道計画の現状

今年7月、シンガポールとクアラルンプールを結ぶ高速鉄道の建設計画について両国が覚書を締結するなど、アジアの国々では複数の高速鉄道プロジェクトが進展を見せている。また日本政府が掲げる成長戦略には、インフラ輸出の拡大が盛り込まれており、安倍首相自らが海外でトップセールスを行うなど日本の新幹線システムの売り込みに力を入れている。こうした中、各国企業の動向や日本企業が海外で受注を増やしていくための課題は何なのか、各プロジェクトの展望とともに考察してみたい。

 

1.アジアでは国をまたぐプロジェクトも

国際鉄道連合(UIC)の資料によると、アジアで計画中の時速250キロメートル以上の鉄道プロジェクトは2014年時点で6,258キロメートルと、すでに世界の過半を占める。運行中、計画中のものを合わせると、2025年には3万キロメートル超に達する見通しだ。

 

現在はタイやインドネシア、インド、ベトナムで計画が持ち上がっている。国をまたぐプロジェクトも活発化が予想され、シンガポール~クアラルンプール間以外では、2015年12月に中国の昆明とラオスのビエンチャンを結ぶ高速鉄道の定礎式が行われたほか、今年9月にはマレーシアとタイを結ぶ高速鉄道計画の建設について、両国政府が調査することで合意している。

 

アジアにおける今後の高速鉄道のニーズについて、三菱総合研究所の林保順氏はこう指摘する。「経済成長による中間層の増加に伴い、今後も長距離移動に関するさまざまなニーズが出てくると思われます。高速鉄道は早くて安全性、快適性に優れており、今後も導入に対するニーズが増えるでしょう」。

 

一方で、みずほ総合研究所コンサルティング部主席コンサルタントの宮澤元氏の見方は慎重だ。「アジアの各国が高速鉄道を計画する背景には、自国がこれだけ発展しているのだということを示す目的もあると思います。ただし、実際には採算が合う案件は少なく、着工が実現しないプロジェクトも出てくるのではないでしょうか。また日本のように、人口が一定以上ある大都市間の200~300キロメートルを鉄道で効率的に結ぶことができれば良いですが、実際にはアジアにそのような国はあまりありません。タイを見ても、バンコク以外で人口が数百万人規模の都市は少ないのです」。本当にプロジェクトが動くのか、現地政府などの動きにも注視する必要がありそうだ。

 

台頭する中国企業
これまでの日本勢の実績を見ると、新幹線が初めて海外で採用されたのは、2007年に開業した台湾高速鉄道。これは北部にある首都の台北と、南部の高雄を結ぶ約350キロメートルの高速鉄道で、日本の700系新幹線をカスタマイズした700T型車両が使われている。このほか、タイのバンコク〜チェンマイ間と、インドのムンバイ〜アーメダバード間では、すでに日本の新幹線方式の採用が決まっている。

 

日本企業はシンガポール~クアラルンプール間のプロジェクトにも強い関心を示しており、今年7月にシンガポールで開催された「The 2nd High Speed Rail Symposium in Singapore(第2回新幹線シンポジウム・イン・シンガポール)」では、石井啓一国土交通相がジョセフィーヌ・テオ上級国務相と会談、新幹線技術の利点を紹介した。

 

一方で、今後は海外勢との厳しい競争も予想される。中でも勢いを伸ばしているのが低価格を売りにする中国企業で、シンガポール~クアラルンプール間のプロジェクトにも強い関心を寄せているという。中国企業の動向について宮澤氏はこう話す。「鉄道車両だけ見ると、中国企業である中国中車のシェアはすでに世界トップです。また日本やドイツ企業の技術を取り入れており、技術的に全く日本企業に太刀打ちできないわけではありません。もはや技術面で、日本企業が圧倒的に有利とは言えない状況だと思います」。海外鉄道技術協力協会の資料を見ても、2014年の中国国内外における中国メーカーの売上高は3兆円超。海外向けは7%にとどまっているものの、全体の売上高はカナダのボンバルディア、ドイツのシーメンス、フランスのアルストムの「ビッグ3」や日本勢を上回っている。

 

このほか、ボンバルディアはシーメンスと共同で、次世代車両「ICE4」の開発を進めており、日本勢の強力なライバルになる可能性もありそうだ。この車両の速度は時速250キロメートルほどで、軽量で消費電力が低いのが特徴という。さらに宮澤氏はこう指摘する。「アジアのプロジェクト実施国でも、鉄道の速さは250キロメートルくらいで十分で、300キロメートルの新幹線はオーバースペックという考え方もあります」。

 

 

また中国企業が海外に積極展開する背景にあるのが、中国政府の意向だという。中国政府は海外での受注活動を支援しており、インドネシアの高速鉄道プロジェクトでは、事業費の全額を融資し、インドネシア政府の債務保証を求めないという破格の条件を提示し、工事を受注した。「中国は、すでに国内で10年に渡って高速鉄道を走らせており、自国の技術の影響力を他国に示したい狙いがあります。日本の場合、海外プロジェクトの受注活動は民間企業に任せられており、日本と中国では政府の姿勢に大きな違いがあります。こうした中で、日本の民間企業が無理をしてまで海外の案件を受注しに行く必要があるのかは、考慮が必要でしょう」(宮澤氏)。海外プロジェクトのリスクとリターンについては、冷静な判断が求められるといえるだろう。

 

日本企業、受注に向けた課題は?

 

東北新幹線「はやぶさ」。シンガポールで今年7月に開催された新幹線シンポジウムでも運転台のシミュレーターが展示された。

 

 

 

 

このほか、今後日本企業が海外で成約を伸ばしていくにはどういった取り組みが必要なのか。林氏は次のような見方を示す。「新幹線をアピールしていくにあたり、日本から車両などを輸出するだけでなく、地場のパートナーとジョイントベンチャーを組成し、現地で関連産業の育成が期待できるといったことも強調すべきでしょう」。
宮澤氏も、早い段階からプロジェクトに関わっていくことが重要と指摘する。「工事を始める以前の、都市計画や国家計画などの段階で積極的にプロジェクトに関わっていく必要があります。そうした計画に新幹線方式がいかに合致するかを示すことが必要です」。今後アジアで競争力を発揮していくには、ただ車両を輸出するだけではなく、現地の産業振興や雇用、都市開発などにも貢献できるような、より多面的なアプローチが必要といえそうだ。

2.アジア各国における高速鉄道プロジェクトの現状

 

① シンガポール~クアラルンプール
シンガポール~クアラルンプール間では、最高時速300キロで両都市を90分で結ぶ高速鉄道(HSR)の建設が計画されている。全長は350キロメートルにおよび、このうちシンガポール部分は15キロメートルで地下に建設される予定となっている。駅舎は8ヵ所で、シンガポール内に建設されるのは終点のジュロン・イーストのみ。

プロジェクトの詳細や施行業者の決定は2017年、工期は5年で、2022年に開通する見通し。建設工事には日本、中国のほか、韓国、フランス、ドイツ、スペイン企業が関心を示しているという。

今後の見通しについて「中国は、クアラルンプール郊外のバンダル・マレーシア再開発計画や、ジョホールなどの高速鉄道沿線で大型投資を行っています。コスト面からも中国が有利との論調がマレーシアでは支配的です」(林氏)との指摘もある。

 

② タイ
タイでは、首都バンコクとチェンマイを結ぶ長さ約700キロメートルの高速鉄道が計画されており、今年8月に日本の新幹線方式の導入が決まった。着工は2018年の予定。このほか、中国と共同でバンコクと東北部のナコンラチャシマとノンカイなどを経由し、中国の昆明を結ぶ計画などもある。バンコク~ノンカイ間は、建設費用をめぐり両国で合意に至らず遅延する見通しとなっている。バンコクとラヨンを結ぶ計画もある。

 

③ インドネシア
インドネシア政府は2015年7月、ジャカルタと西ジャワ州の150キロメートルを結ぶ高速鉄道を建設する計画を発表。工事の受注をめぐり日本と中国企業が争っていたが、インドネシアの政権交代に伴い9月に一旦計画が中止となり、その後2015年10月に中国企業が工事を受注することが決まった。現在のところ開業は2019年の予定。東部スラバヤに延伸する計画もある。

 

④ インド
インド政府は今年、ムンバイからアーメダバードの約500キロメートルを結ぶ高速鉄道計画に日本の新幹線を導入することを決定。高速鉄道計画は同国にとって初となり、着工は2017年、開業は2023年を予定している。このほかインドでは、中南部のハイデラバードから東部のチェンナイを結ぶ路線や、デリーから東西を結ぶ路線など、複数の計画がある。

 

その他
ベトナムでは、首都ハノイとホーチミンを結ぶ全長1,600キロメートルの高速鉄道計画が2006年に持ち上がったものの、建設コストの問題から2013年に一度中止となった。その後2015年に、15年におよぶ開発計画が政府によって策定されている。
このほかマレーシアとタイの両国政府は2016年9月9日、クアラルンプールとバンコクを繋ぐ高速鉄道の建設について調査することで合意。さらにクアラルンプール〜シンガポールを結ぶ高速鉄道との接続も検討されている。

注目を集めるシンガポール~クアラルンプールの高速鉄道計画について、シンガポールの識者はどう見ているのだろうか。南洋工科大学S・ラジャラトナム国際問題研究大学院のアラン・チョン准教授と、リサーチフェローのフー・シャン・スー氏にプロジェクトの経済効果や展望について聞いた。

 

―シンガポール~クアラルンプール間の高速鉄道の重要性や経済効果について、ご意見をお聞かせ下さい。

 

 アラン・チョン氏

チョン氏:このプロジェクトでは、建設工事やメンテナンスだけでなく、沿線でのショッピングセンターや駐車場、物流施設、さらには映画館といった娯楽施設などの建設も見込まれます。それらの施設向けに雇用も生まれるため、経済的な波及効果が大きなプロジェクトといえるでしょう。またシンガポールからクアラルンプール間での通勤もしやすくなるため、シンガポール企業がマレーシア人を雇用する、またその逆もより容易になります。
フー氏:シンガポールとクアラルンプール間では航空便も多いですが、空港が中心部から少し離れています。空港から市街地まで移動する時間などを考えると、高速鉄道を利用することでより短時間での移動が可能になります。

 

―高速鉄道の料金設定のあり方についてどのようにお考えでしょうか。

フー・シャン・スー氏

フー氏:シンガポールからクアラルンプール間の場合、飛行機より少し低めに設定することで、価格競争力を発揮できるようになると思います。
またこのプロジェクトの主な収入源は、シンガポール~ジョホール間の通勤客によるものになるでしょう。現在のマレー鉄道(KTM:Keretapi Tanah Melayu)の運賃は、シンガポールからジョホール間で5Sドルほどになりますが、高速鉄道の場合、採算性を考えると10Sドル以上になるのではないでしょうか。

 

―建設工事の入札の見通しについてどうご覧になっていますか。

チョン氏:地政学の面で言うと、中国とアセアンの間では南シナ海の領有権をめぐる問題を抱えており、プロジェクトの受注にも影響する可能性があります。その点日本は、アセアンとの間で大きな政治的問題を抱えておらず、シンガポールやマレーシアとの経済的な結びつきも強いことも利点になりえます。

 

―バンコク~クアラルンプール間でも高速鉄道の計画が持ち上がっています。シンガポール~クアラルンプール間の高速鉄道と接続するプランもあるようですが、実現可能性についてどうお考えでしょうか。

 

フー氏:シンガポールとバンコクを結ぶ計画には現実性があると思います。どちらも東南アジアの大都市であり、移動も盛んだからです。バンコクも市街地から空港まで離れており、移動に時間がかかるのが現状です。飛行機よりも短時間で移動できるよう、入出国の手続きについて3国で協力しながらプロジェクトを進めていくことが必要です。
また各国の産業はアセアン経済との結びつきも強く、貨物の運搬に活用できるという意味でもこの路線の建設には意義があるでしょう。