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現実味を帯びる「2028年シンガポール五輪」

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シンガポール初の金メダルはスクーリング
100メートルバタフライで五輪新(2016年8月15日)
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8月22日に閉幕したリオ五輪は、日本勢の活躍もさることながらシンガポール代表選手の動向も注目された大会となった。シンガポールは1965年の独立以降、2008年北京五輪に並んで過去最多となる25名の選手団を送り込み、21歳のスクーリング選手が競泳男子100メートルバタフライにおいて4連覇を目指す米国のフェルプス選手を2位に退け、五輪新記録でシンガポールに史上初の金メダルをもたらす大活躍を見せた。
筆者はこの金メダリストの誕生を機に、シンガポールでスポーツを取り巻く環境やスポーツ産業が急速に発展し、東南アジア初の五輪開催を目指し、2028年夏季以降の大会を同国が招致する可能性が高まったと見ている。本稿では、東南アジアのスポーツ人口の増加やスポーツへの人気が日系企業にもたらす恩恵、五輪開催の潜在力も踏まえながら、シンガポール五輪の現実性を考察していきたい。

 

東南アジアのスポーツ人口は増加傾向
背景には勢いを増す経済成長

図1に過去アジアにおいて夏季五輪を開催した日本、韓国、中国に加えて東南アジアの主要6ヵ国の名目GDPとリオ五輪に参加をした各国の五輪選手数との相関を示した。経済規模が大きい中国、日本、韓国、東南アジア諸国の順に多くの選手を送り込んでいることからも、国民の生活水準の向上がスポーツ人口の増加に繋がり、それが五輪選手の数に影響していると考えられる。

 

 

また筆者は中国がアジアで最大の選手団を派遣しているのは、13億人を超える人口規模に拠る部分が大きいと思っていたが、図中の円サイズで示された人口100万人当たりで比較してみると、興味深いことにシンガポールが4.4人と最多の選手を五輪に派遣している。スクーリング選手は金メダルを取得した際のインタビューで「シンガポールのような小さい国の選手でもすごいことができる。これをきっかけに、シンガポールのスポーツが強くなればいい」という旨の発言をしているが、実際には人口と五輪選手数との間には大きな相関がないことが理解できる。
次に図2を見て頂きたい。1990年から2015年の過去25年にわたり、東南アジアの経済は中国に次ぐ勢いで成長してきているが、この時期を含め開催された8つの夏季五輪に派遣された選手数を比較してみると、東南アジアの選手数は中国を上回る最大のペースで増加している。これから2030年にかけて東南アジアの経済が最も成長すると見込まれることから、それに伴って域内のスポーツ人口は増加を続け、域内各国が派遣する五輪選手数も増加の一途を辿るであろうことは容易に予測される。

 

スポーツ人口の増加は日系企業に恩恵も

さて、これまで見てきた東南アジアにおけるスポーツ人口や五輪選手数の増加は、スポーツメーカー、食品、小売、スポーツ施設、メディアなど幅広い関連産業の拡大に寄与していくことが期待される。具体的に日系企業を例にとって売上拡大の機会を見ていきたい。

 

日の丸スポーツブランドのアシックスが今年2月に発表した新中期経営計画では、地域別戦略として東南アジアを含む地域で2015年から2020年にわたって年間平均成長率17%と、全世界で最も高い成長目標を掲げている。アシックスは2012年に東南アジアの統括会社をシンガポールに、2016年にはタイに現地法人を設立して域内の事業強化を図っており、売上拡大に向けたブランド価値向上の施策として、シンガポールの卓球協会などに用具を提供し、シンガポールやマレーシアでは複数のマラソン大会のタイトルスポンサーを務めている。これらの競技団体やイベントへの支援活動に加え、今後は2020年東京五輪に向けて活躍が期待される東南アジアの個々のトップアスリートへのスポンサーシップや、各国選手団が開会式などで着用する公式ユニフォームの提供を通じたブランディング活動を一層積極的に展開していくべきと考えている。

 

また、東南アジアのスポーツ人口や人気の拡大が日系企業にもたらす恩恵は、企業が進出する先の東南アジアだけではなく、日本にまで及んでいる。2013年に北海道のJリーグチームのコンサドーレ札幌がベトナム出身の人気選手を獲得した際は、チームのスポンサーであるサッポロビールが強化を進めていたベトナム事業にプラスに働いたとされているが、それに加えてべトナム・札幌間のチャーター便の就航によるベトナム人観光客の来日を通じて、北海道の地域経済にも好影響をもたらした。

 

今後は2020年東京五輪の開催に向け、これまでの食事、観光、買い物の3大訪日動機に続く「新たな軸」として、スポーツを起点に東南アジアから日本への関心が一層高まると筆者は予想している。今年は外国人の参加者が約18%を占めた東京マラソンなどの参加型スポーツだけではなく、日本はプロ野球やJリーグなど観戦型スポーツにおいてもアジア随一のコンテンツを有しており、これらのスポーツ資源を活用したインバウンド拡大につながる振興施策を官民一体で推進していくことが、国内のスポーツ関連産業を一層拡大するうえで重要になると考えている。

マレーシアとの「共同開催」での招致が本命

さて本稿のテーマにつき、いくつか興味深い要素を紹介しながら2028年シンガポール五輪開催の可能性を占ってみたい。まず次期五輪が2020年に東京で開催された後は、2024年夏季五輪の招致を目指してローマ、パリ、ブダペスト、ロサンゼルスの4都市が2015年9月の締め切りまでに立候補しており、シンガポールへの五輪招致が可能となるのは2028年夏季五輪以降となる。なお、国際オリンピック委員会(IOC)は、2014年12月に「五輪アジェンダ2020」という改革指針を発表しており、2028年夏季五輪以降は他国との「共同開催」や開催都市以外の都市との「分散開催」を認めている。

 

筆者はこの流れに乗じてシンガポールが隣国マレーシアとの「共同開催」や、更に将来的にはシンガポールを中心にASEAN(東南アジア諸国連合)での「分散開催」という形で五輪招致を本格的に検討する時代がすぐにやってくると予測している。実際にシンガポールとマレーシア両国のIOC委員は、2ヵ国共催での五輪招致に前向きなコメントを表明しており、リオ五輪における両国選手団の活躍を背景に、招致に向けた活動は国民を巻き込んで勢いを増していくと見ている。

 

1964年東京五輪や2008年北京五輪が開催された当時は、それぞれ東海道新幹線や中国初の近代高速鉄道が開業しており、五輪開催はスポーツの普及だけではなく開催国のインフラ整備や産業発展にもつながることが期待されている。奇しくも2026年にはシンガポールとマレーシアを結ぶ高速鉄道の開業が計画されており、両国が共同で招致することが期待される2028年夏季五輪が開催される頃には、人々の往来や経済活動の結びつきは1965年にシンガポールがマレーシアから独立して以降最も密接になっていることが予想され、共同での五輪開催は一層現実味を増してくる。

 

シンガポールは毎年世界各国から十数万人の観客を集めるF1シンガポールGPを2008年以降開催し、2010年にはユース世代向けの五輪であるユースオリンピックの第1回大会、2015年には東南アジア版の五輪とも言える東南アジア競技大会を開催するなど国を挙げてスポーツイベントを開催できる高い能力を実証済みである。また「シンガポールスポーツハブ」と呼ばれるアジア最大級のスポーツ複合施設も整備しており、東南アジア初の五輪開催に向けてシンガポール政府がいかに舵取りをしていくのか、今後の動向に注目したい。