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飛躍的拡大が期待されるシンガポールの日本食品市場

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伊勢丹シンガポールが越境ECサイトを新設
日本産新鮮食材のお取り寄せが可能に(2016年1月11日)
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シンガポールへの輸出額はアジアで7位
日本の食は伸びしろが見込まれる成長市場

シンガポールにおける「日本の食」が拡大に向けた転機を迎えている。6月23日に投開票された欧州連合(EU)離脱の賛否を問う英国の国民投票は、離脱支持が過半数を上回り勝利した。筆者の周りでは、やれポンド安でロンドンに買い物旅行に行くやらポンドへの両替に行列するやら、離脱のニュースを好都合と捉えているケースが目立っている。一方の日本では、円高方向への動きが進むにつれて、足下では輸出企業の業績に対する影響が懸念されている。安倍政権が「攻めの農業」の柱とする農林水産物・食品の輸出も例外ではなく、これまで右肩上がりで拡大を続け、2015年には7,451億円と過去最高値を記録した輸出額の一層の拡大にとって逆風となりかねない。
日本の農林水産物・食品の輸出額を地域別でみると、日本からの物理的距離の近さや日本食・日本文化への人気度を背景にアジアが74%を占めている。その中でも香港への輸出額は2015年で年1,794億円と世界で1位の規模を誇っており、輸出額が223億円とアジア内ですら7位の規模に留まるシンガポールとは大きな差がある。香港とシンガポールは人口がそれぞれ700万人、600万人と同等規模であり、ともに食糧自給率が1割程度であることに加え、輸入の制約が比較的小さく、日本食材の浸透度が高く定着した市場であるにも関わらず、である。
本稿では、日本からシンガポールへの食品の輸出の現状と市場拡大に向けた課題および方策を、シンガポールとマクロ環境が似通った香港との比較も踏まえる形で考察していきたい。

 

「輸出の拡大」は物流事業者主導で推進
「輸入の拡大」には購買体験の改善が必須

まずは日本の農林水産物・食品の海外への輸出拡大に向けた官民の取り組みを見てみたい。2015年に過去最高値を記録した輸出額につき、政府は2020年までとしていた農林水産物や食品の輸出額を年1兆円とする目標を1年前倒しして達成する考えを表明している。それに伴い農林水産省と経済産業省は局長級の人事交流を発表するなど、省間の垣根を越えた連携で輸出の促進を後押ししている。
ここシンガポールにおいて日本の各地方自治体は、農林水産物・食品のプロモーションを盛んに実施している。具体的には、地域の食品事業者とともに来星し、日本大使館やレストランでのレセプション、日系のデパートや食品スーパーでの販売促進活動、現地の輸入業者や小売企業のバイヤーとの商談会などを行っている。
一方の企業サイドにおける代表的な取り組みとしては、ヤマト運輸とANA Cargoが沖縄に設置した物流ハブを基点に日本各地の農水産品をアジア圏に配送する物流ネットワークの構築が挙げられる。香港、台湾に続きシンガポール向けに2015年8月に開始されたこのサービスを利用すれば、日本全国各地の地方県産品などを集荷当日に沖縄まで輸送したうえで翌日深夜に通関を済ませ、同早朝にはシンガポールに配送することが可能になる。両社は愛媛県、宮崎県、三重県と協定を締結し、各県内の生産者や事業者の輸出拡大を物流面から支援している。
これらは日本を起点に「輸出」の拡大に焦点を当てた取り組みであるが、シンガポールで日本の農林水産物や食品の「輸入」の拡大に取り組む事例として、伊勢丹シンガポールが提供する産地直送の「お取り寄せ」サービスが挙げられる。シンガポールの消費者は、伊勢丹シンガポールのネット店舗上で日本産の生鮮品を注文し、ヤマト運輸とANA Cargoが提供する「国際クール宅急便」などを通じて、6~14日以内には自宅で受け取ることが可能になっている。
2016年1月のサービス開始時には日本から森山裕農林水産大臣が来星しトップセールスを行ったのだが、開始から半年が経過した7月4日時点においてネット店舗を見る限りでは、サービスの利用が順調に進んでいないのではないかとの印象が拭えない。というのも、現在取り扱っている食材は、年内の計画目標である30品目に対して、4種類計9品目と、「商品を選ぶ楽しみ」が欠如した限定的な品揃えに留まっていると言わざるを得ないからである。

市場拡大のヒントは香港にあり
小売企業の品揃え戦略が需要を創出

次に香港との比較をしてみたい。図1で2015年における日本から香港とシンガポールに向けた主な食品の輸出金額を比較した。

 

 

興味深い点として、輸出全体で見ると香港はシンガポールの8倍の規模となっているのだが、コメ(香港はシンガポールの1.4倍)、アルコール飲料(同2.0倍)、牛肉(同3.0倍)といった日本食レストランでの消費が中心と想定される食材については両国間の差が比較的小さい。香港には日本食レストランが約1,400店舗あると言われており、約1,100店舗と言われるシンガポールの日本食レストラン数の1.3倍の規模に留まっていることが背景として考えられる。
一方、牛乳・乳製品(同7.3倍)、菓子(同7.6倍)、果物(同17.7倍)といった主に家庭での消費が中心、すなわち百貨店、食品スーパーやコンビニが主な販路と想定される食材については両国間で大きな開きが存在している。図2にある通り、香港はシンガポールに比べて多数の日系小売企業が進出していることが大きな要因として挙げられるのだが、筆者はこの日系小売企業に対する販路の多寡に加えて、現地小売企業によるマーチャンダイジング(品揃え戦略)の違いが、両国間におけるこれらの食材の販売量、すなわち日本からの輸出額の差異に影響していると考えている。

 

 

具体的に、日本から両国に向けた輸出品目の中で上位を占める菓子を例にとって考えてみる。セブンイレブンなど香港のコンビニでは棚に陳列されたお菓子の相当数が日本製であり、日本のコンビニにいると錯覚すると言っても過言ではないほど日本製の商品の品揃えが充実している。香港の消費者にとって日本製のお菓子はもはや「特別な輸入品」ではなく、「普段使いの日常品」としての存在感を持つに至っている。一方のシンガポールにおいては、日系小売企業を除き、日本のお菓子はタイやマレーシアで生産・輸入されたものが一部ある場合がほとんどであり、日本からの輸入品はごく僅かか皆無に等しい状況であったが、奇しくも本稿を最終校正中の7月18日には、シンガポールのセブンイレブン(日本の7&iが経営に関わらないフランチャイズ方式で展開)が、日本から7&iのPB商品を輸入し全店で販売することを発表しており、筆者はこの「画期的なニュース」を今後の市場拡大の成否を占う試金石とみている。

 

「輸出の拡大」から「輸入の拡大」に
向けた力点のシフトが必要

シンガポールで日本製の農林水産物や食品の販売を拡大していくためには、日本から「輸出の拡大」を図るという発想から、シンガポールを拠点にしていかに「輸入の拡大」に繋がる施策を実行できるか、という発想へと力点をシフトさせていくことが肝要だと考えている。伊勢丹シンガポールのネット店舗における利用客数はいかにして増やすことができるのか、またシンガポールの現地小売企業に対しいかにして日本製品の品揃えを拡充させていけるかといった着想は、「輸入の拡大」に向けて具現化が求められる一例と言える。

 

施策の具体的な立案および実行には、現地の消費者や商習慣を熟知したディストリビューターの活用が考えられる。一過性のイベントになりがちな日本発のトップセールスやプロモーションに終始することなく、自らに代わって継続的にシンガポールの小売企業に対して営業活動をはじめ販促、マーケティング、配送までを担うディストリビューターを採用し、商品がシンガポールに輸入されて以降、一切の活動の委託を検討されることを提案して本稿を締めくくりたい。