AsiaX

[最終回]シンガポールの雇用法 ~従業員には酷すぎる?~

もし、あなたの会社のルールに、「会社が従業員を理由なく解雇できる」「残業代は一切支給しない」などと定められていたら、どう感じますか?あなたが経営者であれば都合が良いですが、従業員であれば抵抗を感じるでしょう。日本では、社会的・経済的に会社に対して弱い立場にある従業員を保護するため、こういったルールは法律上認められていませんが、シンガポールでは一定の例外はあるものの、法律上認められています。実際、シンガポール企業との雇用契約では、会社が従業員との契約を理由なくして終了できる旨(At-will条項と言われています)や、従業員に対して残業代を支給しない旨が定められていることが多く見受けられます。

 

このように、シンガポールの雇用法制は、日本に比べて格段に会社に有利な内容であり、これは、シンガポール国内にある会社であれば、ローカル企業であれ外資系企業であれ適用されるため、実はシンガポールで仕事をしている人ほとんどに適用されることになります。そこで今回は、日本とは異なるシンガポールの雇用法制についてご紹介します。

 

■雇用法の適用範囲が狭い
雇用法(Employment Act)が適用されるのは、会社との間で雇用契約を締結し、その雇用契約に従って働く人に限定されます。つまり、雇用契約ではない、例えば、個人が独立した取引主体として会社に対してサービスを提供する人には雇用法は適用されません。仮に雇用契約を締結した人であっても、船員、家事労働者、月収が4,500Sドルを超える管理職・上級職の人や、法定機関・政府で働く人には雇用法が適用されません。その場合、その人の地位や権利は、全て会社との契約の内容に委ねられ、雇用法によって保護されません。この点は日本と似ていますが、日本よりも雇用法の適用範囲、つまり保護される従業員の範囲が狭いといえます。

 

■残業代・休日労働手当が支給される人が少ない
雇用法上、労働時間の上限は、原則1日あたり8時間もしくは1週間あたり44時間と定められており、これを超えた場合には残業代の支給が必要です。この点は、日本とそれほど大きく変わりません。
しかし、実はこのルールが適用されるのは、①月収4,500Sドル以下の肉体労働者および②月収2,500Sドル以下のホワイトカラー労働者に限られます。上記①または②に該当しない人に対しては、会社に法律上の残業代の支払義務はなく、残業代を支給するかどうかは、雇用契約の内容次第となります。これは、休日労働の割増賃金についても同様です。この点は、「年収1000万円以上の人は残業代なし」という、いわゆるホワイトカラーエグゼンプション(ホワイトカラー適用外)の法制度の導入をめぐって議論をしている日本とは大きく異なります。

 

■解雇に理由は不要
雇用法上、会社は、雇用契約や就業規則などで別途合意・規定している場合を除いて、原則として、従業員に対して、その雇用期間に応じて1日から4週間前に事前通知をした上で、もしくは、事前通知期間分の賃金を支払うことによって、雇用契約を解消することができます。ここでも日本と大きく異なるのは、日本では解雇には客観的・合理的な理由(かなり厳格)が必要であるのに対して、シンガポールでは解雇に理由は不要という点で、実際に従業員を解雇する場面でも理由を示さないことが一般的です。

 

■産前産後休暇と育児休暇が短い
日本では、出産する女性が、産前数ヵ月前から産後1年間程度の休暇を取ることが一般的ですが、シンガポールでは、児童育成共同救済法
(Children Development Co-Savings Act)上、原則として、産前産後休暇は合計16週間、育児休暇は年間6日間と短く、その代わり休暇中の給料は国が負担します。実際にも、出産の直前(ときには前日!)まで仕事をし、産後4ヵ月程度で職場復帰するケースが多く見受けられる点が日本とは大きく異なります。

 

■最低賃金の制度がない
日本と異なり、シンガポールでは最低賃金の制度がなく、賃金は会社と従業員間の雇用契約で自由に決めることが可能です。

 

こうして両国を比較してみると、シンガポールの雇用法制は、会社による従業員の搾取を助長する制度だと感じる方も多いでしょう。ですが、そもそもシンガポールがこのような制度設計にした主な目的は、会社側に都合のよい制度にすることで、シンガポール経済の発展に貢献する外資系企業を誘致する点にあります。実際、世界中から外資系企業がシンガポールに進出して新たな雇用が作出され(国内にある会社の24%程度は100%外資の企業という調査結果もありました)、結果として、2015年における失業率はわずか1.9%(日本は3.4%)と労働市場は健全です。その上、シンガポールは転職社会であるため、従業員からすれば解雇のプレッシャーは日本と比べて少なく、より良い条件の会社を求めて転職を重ね、会社側としても優秀な人材を中途採用したい傾向が感じられます。こういった点に着目してみると、シンガポールの雇用法制もシンガポール社会においてはあながち従業員にとって酷なものではないのかもしれません。