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[第5回]シンガポールの弁護士 ~急増する背景とその将来~

1.新ロースクールの開校
2016年2月16日、シンガポールの法務省は、2017年にSIM大学において新たにロースクールを開校すると発表しました。これは、シンガポール国立大学(NUS)、シンガポール経営大学(SMU)に続く、国内3校目のロースクールとなります。シンガポールではロースクールを卒業することが司法試験の受験資格とされていますが、近年、SMUのロースクールの定員を増加したり、また、一定の条件のもとイギリス、アメリカ、オーストラリアなど海外ロースクール出身者にも司法試験の受験資格を認めたりするなど、弁護士を増員するための改革が進められています。

 

2.急激に増加するシンガポール弁護士
シンガポールの弁護士数は、この数年で大幅に増加しています。2011年は3,800人だったのに対し、2015年は4,834人と、わずか4年で1,000人以上も増加しています(増加率約30%)。司法改革により弁護士数が急増していると言われている日本の場合でも、同期間の弁護士数の増加率は約20%(2011年:3万485人、2015年:3万6,415人)なので、その増加率は急激といえるでしょう。

 

3.なぜ弁護士を増やす必要があるのか?
シンガポール法務省は、弁護士を増員する理由として、国内の企業法務や国際取引などを取り扱う弁護士が不足していることを挙げています。例えば、アジアにおけるビジネスの中心地の1つである香港では、2015年の弁護士数は9,859人(法廷弁護士1,275人、事務弁護士8,584人)となっています。人口は、香港(約730万人)がシンガポール(約547万人)の約1.3倍に過ぎないものの、弁護士数は2倍以上と大きく差が開いています。さらに、香港では事務弁護士の割合が極めて高いこともわかります。シンガポールと同じくコモン・ロー(判例法)の法制度を採用するイギリス、アメリカ、オーストラリアなどと比較しても、シンガポールの人口に対する弁護士数や、企業法務や国際取引などを取り扱う弁護士数は、必ずしも多くありません。
また、法務省が弁護士を増員するもう1つの理由として、近年の人口増加に伴い、国内の家事事件(離婚や相続など)や刑事事件が増加しているにもかかわらず、こうした事件を取り扱う弁護士が不足していることを挙げています。これまでNUSやSMUのロースクール卒業生は、訴訟業務や企業法務に関心を持つことが多く、家事事件や刑事事件を専門的に取り扱う弁護士の数が伸び悩んでいました。そこで、今回の3校目のロースクールでは、家事事件および刑事事件を専門とする弁護士を集中的に養成することが目的とされています。

4.弁護士急増による就職問題
このように弁護士の需要が増加しているのであれば、シンガポールの弁護士の将来は順風満帆とも思われますが、必ずしもそうとは言えません。最近では、シンガポール経済が下降していることから、企業法務や国際取引における弁護士の需要が期待していたほど高まらず、弁護士の供給過多が既に生じているとも指摘されています。また、シンガポールでは、弁護士として就業する前に法律事務所において6ヵ月間の研修を積まなければなりません。この研修は、研修生が弁護士実務を学ぶ機会であるとともに、法律事務所による採用テストとしての側面を兼ねています。しかしながら、各法律事務所が採用できる研修生の数には限界があるため、近年、研修先を確保できない者が増えており、その数は、約650名の研修希望者のうち約150名にもおよぶと言われています(2014年度)。日本でも弁護士の急増に伴い、法律事務所への就職活動に悩む弁護士が増えていると言われますが、シンガポールでも同様の問題が生じているようです。

 

5.国際競争の波
国内の弁護士が急増する一方で、外国人弁護士も増えています。シンガポールに進出している海外の法律事務所は100を超え、外国人弁護士数は約1,200人と言われており、近年、こうした外国人弁護士の活躍の場が増えてきています。紛争解決分野においては、昨今、注目を浴びているシンガポール国際仲裁センター(SIAC)、シンガポール国際商事裁判所(SICC)、シンガポール国際調停センター(SIMC)といった紛争解決機関においては外国人弁護士も代理人となることが可能です。また、2011年に創設されたForeign Practitioner Examinations(FPE)という試験に合格すれば、外国人弁護士であっても、シンガポール法業務の一部(訴訟や一定の国内法領域を除く)を行うことが可能となりました。こうした規制緩和により、世界各国の弁護士が活躍する機会が、今後ますます増えていくかもしれません。
シンガポールの弁護士は、外国人弁護士と競合する機会も増えるなど、国際競争の波に晒されることが予想されますが、他方、こうした環境が弁護士全体の質の向上やサービスの多様化などを進め、シンガポールの弁護士業界の発展に寄与するのではないかと期待されます。