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巨大「空ナカ」として飛躍を続けるチャンギ国際空港の成長秘策

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チャンギ国際空港小売店の販売額過去最高を更新 (2016年1月25日)
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小売・飲食の売上高が2年連続で過去最高を記録

 

シンガポールのチャンギ国際空港における2015年の小売と飲食の売上高が、前年比で8.8%増の22億Sドル(約1,826億円)を記録し、2年連続で過去最高となった。成田国際空港の小売と飲食の売上高が1,166億円(2015年度予想)、またシンガポールを代表する百貨店の1つであるシンガポール髙島屋の2015年2月期の売上高が550億円であることからも、いかにチャンギ国際空港の物販力が大きいかが分かるだろう。

 

本稿では、旅客と貨物向けのハブ空港としてのみならず、巨大「空ナカ」として新たな進化を遂げるチャンギ国際空港におけるこれまでの成長の背景と、更なる売上拡大に向けた秘策を、旅客者、空港運営会社、出店企業の観点から考察していきたい。

 

チャンギ国際空港自体の「観光地」化が売上拡大を後押し

 

空港内の物販の売上高が増加した要因としてまず考えられるのが潜在的な購買客数、すなわち空港を利用する旅客数の増加であるが、チャンギ国際空港は2015年実績で旅客数5,540万人とこちらも過去最高を記録している。また全体の旅客数の内、中国人が3分の1を占めており、免税店内で「相比中国国内节省高达20%(中国国内より20%安)」というポップアップ表示を目にすることも多い。「爆買い」という言葉から連想される旺盛な購買力を持つ中国人を筆頭に、増え続ける旅客数が物販売上の拡大を支えていることが読み取れる。

 

空港運営会社のチャンギ・エアポート・グループ(CAG)においては「イノベーション(革新性)」や「シンガポール初出店」、「チャンギ国際空港限定」をキーワードに、積極的に世界的有名ブランドの出店を誘致すると同時に、ラッフルズホテルのロングバーやファストファッションのチャールズ&キース、ベーカリーのブンガワンソロなど、シンガポールを代表する地場ブランドもバランスよく出店させている。またCAGは消費者の購買体験と利便性の向上を通じた売上拡大の施策導入にも余念がなく、それらは空港運営企業のみならず、一般的な小売企業に対しても参考になる点が多岐におよぶと思われる。

 

その代表例が空港内で買い物をした際に発行されるレシートで宝くじに参加できる「チャンギ・ミリオネア」であり、実際に2014年は日本人ビジネスマンが、2015年は英国人観光客がチャンギ国際空港内で買い物をした結果、100万Sドル(約8,300万円)を獲得している。その他にも空港に到着する前にインターネット上で注文した免税品を空港利用時に受取れる、いわゆる「クリック・アンド・コレクト」のサービスでは、化粧品、家電製品、アルコール類を中心に6,000品目以上を販売しており、ウェブサイトへの訪問者数と売上高が共に前年を上回る勢いで成長を遂げている。

 

出店企業は1日当たり約14万人にも上る空港利用者への販売や、ブランド認知拡大を狙っている。最近の店舗デザインの特徴として大型化、フラッグシップ化が挙げられ、シンガポール市街地に立地する店舗と同等か、それ以上に立派な店構えで世界各地からの旅客者の購買意欲を刺激している。代表例がスペイン発のファッションブランド、ZARAの2階建て総面積850㎡におよぶ店舗や、世界各地のユニクロの旗艦店などを手掛けた著名デザイナーの片山正通氏がデザインを担当した2階建ての免税店DFSの店舗であり、こちらは空港内では世界最大規模のリカー(酒類)とタバコの品揃えを謳っている。

 

現在チャンギ国際空港はT1からT3までの3ターミナル体制で運営されているが、2017年にはT4、また2020年代半ばにはT5の供用開始で年間旅客数がそれぞれ8,200万人、1億3,500万人に増加すると予測されている。また2018年にはシンガポールの大手不動産開発企業のキャピタランドとCAGが共同で開発を進める「Jewel(ジュエル)」と呼ばれる新ショッピング・エンターテインメント施設がT1、T2、T3の中央部分にオープンする予定であり、国内外ブランドから構成される300を超える新店舗へは、旅客者のみならず一般の買い物客の訪問も期待されている。このように今後も増加の一途が見込まれる旅客数と小売・飲食スペースにより、物販の売上高も中長期的に拡大傾向が続くと思われる。

ハブ空港ならではの強みと巧みな動線設計

 

さて、ここまで旅客者、空港運営会社、出店企業の観点からチャンギ国際空港の物販売上増加の背景を述べてきたが、これらに加えて2点ほどチャンギ国際空港の特有の事情を紹介したい。

 

1点目は全体の旅客数の約3割を占めると言われるトランジット(乗り継ぎ)客の存在である。すなわちチャンギ国際空港は東南アジアのハブ空港として、欧州などからシンガポールを経由してその他の東南アジア各国へ移動する旅客者、またその逆に東南アジア各国からシンガポールを経由して欧州などへ移動する旅客者が飛行機を乗り換える要衝(ハブ)となっており、それに伴い必然的に一定の時間を空港内で過ごすトランジット客の存在が物販売上に貢献していると考えられる。

 

 

チャンギ国際空港の売上に大きく寄与するトランジット客の存在

 

2点目は到着客に対する販売である。成田国際空港や羽田空港を例にとると分かりやすいと思うが、多くの空港では到着客は出発客とは隔離された専用の通路を通って空港外に出ることになる。しかし、チャンギ国際空港では到着客も出発客と同じ空間を経て入国手続きに向かう動線設計になっており、到着客が出発エリア内の店舗で買い物することが可能になっているのだ。また、入国手続きを終えてから手荷物を受け取るまでの移動空間にはアルコール類などを販売する免税店が配置されており、到着客が規定の範囲内であれば免税で購入できるようになっている。酒税の高いシンガポールらしく、これらの店舗はシンガポールに在住していると思われる人々で常時賑わいを見せている。

 

 

免税の範囲を例示することで、到着客への訴求力が視覚的に向上

 

「空ナカ」を志向するチャンギ国際空港は、日本の「駅ナカ」から学ぶべし

 

前述の通り、チャンギ国際空港の小売と飲食の売上高は中長期的に増加が続くと考えているが、東南アジア域内の出張でほぼ毎週利用している筆者の視点から、チャンギ国際空港が新たな次元で利用者の購買体験と利便性を高めつつ、更なる売上の拡大に向けて検討すべきアイデアを2点ほど述べて本稿の結びとしたい。

 

1点目は「隙間時間の消費サービス」の創出である。チャンギ国際空港で搭乗時刻まで時間をつぶそうとなると、大多数の人は飲食店に入るか搭乗ゲート付近の座席に座って待つか、空港内の店舗をブラブラ散策するくらいしか選択肢がないのが現状である。マッサージやスパなどのリラクゼーションサービスは計3店舗あるものの、店舗ロケーションの視認性は低く、隙間時間を利用して気軽に入店できる環境ではない。特にチャンギ国際空港の出発トランジットラウンジから各搭乗ゲートまでの移動空間は、物販も含めて店舗がほとんど存在しない「売上機会空白地帯」となっており、ここで短時間型のマッサージやネイルサービス、また散髪や靴磨きなど、日本であれば「駅ナカ」に標準的に揃っているサービスを展開すれば、旅客者の潜在需要に応えるかたちで新たな収益機会が生まれると考えている。

 

2点目はビジネス客に特化した小売店舗の展開である。羽田空港には伊勢丹がプロデュースするメンズとレディス向けのイセタン羽田ストアが、ビジネス衣料をはじめトラベルバッグやコスメまで販売しており業績は好調とのことだが、チャンギ国際空港においても百貨店やセレクトショップが「空港向け業態」として新たに展開をすれば相当ヒットするのではないかと考えている。というのも、そもそもシンガポールにはファッション感度が高いビジネスパーソンに支持される店舗の存在が限定的であることに加え、頻繁に出張をする多忙な空港利用者にとって日常の生活動線上に組み込まれたチャンギ国際空港は、限られた時間でショッピングができる貴重な場所となるためである。