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ラインのシリーズからコンテンポラリー春画へ エロスの粋を描くアーティスト

画家 内田江美さん

作品を眺めながら、内田さんは自由奔放な女性なのか、それともあっけらかんとした、おおらかなタイプなのか、いや、もしかしたら夢見る乙女のような人なのか、記者はさまざまな想像をめぐらせていました。でもインタビューのためマリーナ・ベイ・サンズにあらわれた内田さんは楚々とした華奢な女性で、話しはじめるとその真剣なまなざしがとても印象的な方でした。春画の面白さ、江戸文化の奥深さ、そして内田さんが作品に込める気持ちについて語ってくださいました。

 

シンガポール初のコンテンポラリー春画展―「東京エロティカ」が、政府の検閲に配慮しながら開催の運びとなりました。展示会案内の資料に掲載されている作品を見ると、それは浮世絵の春画を髣髴させる、男女の交わりを描いたドローイングでした。これは若きアーティスト内田江美さんによる作品。今回の展示会に出展したアーティスト3人のうちのひとりです。

 

 

 

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シンガポールで展覧会に出展されるのは初めてですね?

内田

そうです。海外での個展はニューヨークが多く、最近は中国の上海や河南省などでも開催しました。でも15年ほど前、バックパッカーとして旅行していたときに一度シンガポールを訪れていますし、3年前ここでのオークションに参加したこともあります。シンガポールのイメージはすごく変わりましたね。でも明るくてカラフルな街は楽しいです。原色や色のグラデーションが多いと思います。日本にいると地味な、落ち着いた色になりがちですが、こういうところに来ると、もっと鮮やかな色を使って作品を描いてみたくなります。

 

 

 

 

 

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もともとは色をあまり使わず、細い線による抽象画を得意とされていましたね。それは何をイメージされていたのですか?

内田

ラインの抽象画はトレイスと言って、人間の痕跡、時間の流れや積み重ねをイメージしています。それは未来に繋がってゆくものなんですね。生命が脈々と続いてゆく様子を表現しています。

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抽象画を経て、春画を創作されるようになったきっかけは何ですか?

内田

もともと落語が好きで、江戸時代の文化や庶民の生活にとても興味がありました。廓話も面白いと思います。浮世絵、春画も江戸の文化であり、これは決して卑猥なものではなく、ポルノグラフィーとは違うものなんですよ。春画は生活の一部で、お嫁に行くときに持ってゆく教科書であったり、厄除けや火事除けの役割もありました。縁起のいいもの、お守りみたいもの。ですから春画の中にはおばあちゃんも子供も登場します。笑い絵、とも呼ばれていて、みんなが楽しむものだったんですね。

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春画はタブー視されるようなものではなかったということですね?

内田

江戸時代、日本は性に関してとても自由で開放的、あっけらかんとしていたんです。外国ではポルノグラフィーがある階級の人々の嗜好であったのとは違って、日本では身分の位に関係なく、平等に楽しむものだったようです。八百万の神がいた日本らしい面です。タブー視されるようになったのは、一神教であるキリスト教の思想が入ってきて、それに影響を受けたからではないでしょうか。

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今回の展示会では、内田さんが得意とされるラインのシリーズをまじえた春画のドローイングとともに、キャンバス地の作品を公開されますね?

内田

今までのドローイングは簾の向こう側で何が行われているのか?というような想像を掻き立てるものでした。エロスの部分を隠すことでよりエロティックなイメージがわいてくると思いますので。でも今回は今までとは違う線使い、そしてより鮮やかな色を使うことでまた違った面白さを表現しました。シンガポールで発表する作品ですから、この国のイメージがあって、作品にも影響があったと思います。

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今後も日本を拠点に創作活動を続け、国内外で展示会を積極的に開催される予定ですか?

内田

海外に出かけると新しい発見があり、日本が他の国と違う点、個性に気がつきます。今は日本を拠点にしていますが、もともと海外に出かけるのは好きなので、将来は海外にアトリエを持つのもいいかな、と思ったりします。
インタビューを終えて:「プライベートなことを聞いてもいいですか?女性として経験豊富だったりしますか?」という記者のぶしつけな質問に対して、「実はとても照れ屋なんです」とさらっとかわされた内田さん。どこにダイナミックな作品を数多く生み出すパワーの素を秘めているのでしょうか。生命の営みとしての性を大胆かつ、エレガントに描いた作品には圧倒的な力がありました。それでいて細い線が濃やかな情緒をかもし出しています。日常的な風景でいて非日常的なエロスの粋がそこにあり、内田さんの作品の魅力となっているのでしょう。