AsiaX

次世代へ進化し続けるバイオリンを作る 国境を越えたアルティジャーノ

バイオリン職人西村翔太郎(にしむらしょうたろう)

去る4月8日、世界的なコンクールで受賞歴のあるバイオリン・アルティジャーノ(職人)西村翔太郎氏と、世界最高峰のバイオリン、ストラディバリウスを制作した家系の末裔で作曲家のルカ・ストラディバリ氏を招いた「ルカ・ストラディバリ プレミアム・コンサート」がエスプラネードで開催された。コンサートは、西村氏のワークショップと、彼が製作したバイオリンやヴィオラ、チェロなどの楽器でストラディバリ氏の楽曲を演奏するユニークな二部構成となった。来星した西村氏に話を聞いた。

―コンサートの感想を教えてください。

来場した方々は、音楽や楽器を身近に感じている雰囲気がすでにあり、みな温かくて気さく。アカデミズム(権威)を無駄にあがめず良いものは良いとして、気軽に話しかけてくれてうれしかったです。日本では、かしこまって演奏者と来場者に距離を感じることがあります。

 

 

―コンサート開催の経緯を教えてください。

4年前にイタリアのクレモナで、コンサート主催者の河原恵美さんの通訳をしました。そのご縁で私のバイオリンを購入してくださり、納品のために来星しました。その際に在星の演奏家たちと知り合い、若手で何かやろうと意気投合して。ならば私の友人の作曲家、ルカ・ストラディバリも巻き込もうということになったんです。
ストラディバリ家は、初代アントニオ・ストラディバリが名器ストラディバリウスを17世紀に生んで以降、音楽から離れていましたが、8代目のルカが作曲家になり、ようやく音楽に帰ってきた。そして、400年間たゆまず進化してきた製作技術で作られた現代の弦楽器たち。ストラディバリ家の血と、それが生んだ技術の再会がテーマでした。シンガポールは多様な文化が共存し、若者が文化を志向する土壌があるので、このテーマが受け入れられるはずと考えました。

―シンガポールで西村さんの楽器を使っている演奏家はいますか?

シンガポール交響楽団の元コンサートマスターで現在シンガポール国立大学教授のロシア人、アレクサンダー・ソプテル氏が私のバイオリンを持っています。アレクサンダーさんは音楽の中に生きているような素晴らしい演奏家です。楽器を芯から鳴らすロシア式の弾き方をされ、隅々まで鳴らしてくれるので楽器の響き方がぜんぜん違う。作り手としての喜びを感じることができる、作り甲斐のある方。今後も可能な限り、彼の楽器の調整に来星する予定です。

―バイオリン職人になったきっかけを教えてください。

小・中学時代トランペットを演奏しており、幼少から手先も器用だったのでトランペット職人になりたいと思ってました。しかし、調べるうちに製作の過程が流れ作業的で、自分が思い描いた職人にはなれないことがわかったんです。その頃、NHKのテレビ番組であるバイオリンの演奏を観てそれに引き込まれ、バイオリンを作りたいと決心。中学3年生の時、日本のバイオリン職人たちを訪ねて全国を回りました。みなさん親身に相談に乗ってくださり、今後はイタリアの技術が主流になるから、それが生まれた本場で学ぶべきというアドバイスを受けました。そして高校卒業後に単身イタリアへ渡り、今に至ります。

―今もクレモナを拠点にするのはなぜですか?

小さい町ではありますが、バイオリンの故郷として、音響学会や製作に必要な素材の研究発表の場として、世界から最新技術や情報が集まるからです。門外不出の名器も1年に1度集めて、展覧会や研究会が開催されます。常に新しい情報や技術を取り入れて少し先の時代を考えていかないと、バイオリンが過去のものになってしまう。これは伝統技術を受け継ぐものの責任と考えています。

―伝統楽器のバイオリン製作に使われる最新技術とは?

ハイテク技術により楽器の音の周波数を測ったり、3Dモーションで楽器がどう振動しているかまで見ることができます。ただ、楽器が音を出す時、どのように人間の耳がデシベルと周波数をキャッチして、どう快感を感じるのかはわかっていません。同じ周波数の数値を導くにも、楽器のボディで削れる箇所は複数ある。どこを削るかを決める時、最後は人間の勘とセンスと才能になってくるわけです。どんなに技術が進んでも、それは最高の音響効果を作るための補助にしかなりません。

―なぜストラディバリウスは名器と言われるのでしょうか?

ストラディバリは感覚でそれを製作していたのに、どうして現代の最新技術でもそれに追いつけないのか、それは考え方としては間違った発想です。ストラディバリウスは17世紀に世に出てから、これまで400年近くの間に何人もの一流の奏者や職人の手によって改良を加えられ続けてきました。だからこそ出せる音があり名器とされるのです。その変化に耐えられ、ある意味ニュートラルな最初の楽器の形を作ったことにストラディバリの偉業があります。ストラディバリウスは、現代の技術があって今の形に成長できたのと、現在も手が加えられ続けており、いまだに成長しているのです。

―西村さんが作る弦楽器の特徴は何ですか?

イタリア風に楽器を作るというのには限界がある。使用するのはイタリアの技術ですが、インターナショナルな背景があって私の世代でしか作れないものを目指しており、それが受け入れられていると思います。過去のスタイルを踏襲して自分のスタイルをのせる、いわばネオ・クラシック。一見伝統的でありながら最小限の仕上げとスタイルを盛り込んでいます。

―これまでの逆境、どう乗り越えてきましたか?

実は、ずっとスランプ中で、乗り越えていません(笑)。自分の楽器がイタリアで格式ある賞を受賞し、音を作る技術に少し自信を持てた時、大阪交響楽団の首席ソロ・コンサートマスターの森下幸路さんにコンサートホールで私のバイオリンと他のものを弾き比べていただく機会がありました。私の楽器を弾いた後、「新作の楽器なのにいい音が出るね」とおっしゃって。その後、森下さんがマテオ・ゴフリラー作のバイオリンを弾こうと、調音する音を聞いただけで打ちのめされました。300年育てられた楽器との違いに愕然としたのです。もっと音響の研究をして良いものを作らねばと思いました。以来、これまで取り組んでいる最中ですが、自分が生きている間は乗り越えられないでしょう。次の世代まで自分の楽器が使ってもらえるという実感を得られたら、少し安心できるかもしれません。

―世界で通用するプロであるためには?

まずは日本人にありがちな内向き姿勢をなくすこと。そして自分の仕事と真摯に向き合った時、徹底的に好きで情熱を持って取り組めるなら、臆することなく世界で戦える。それで認められれば良し、そうでなければ認められるまで頑張るのみです。

―AsiaXの読者にメッセージを。

世界から見て日本人の評価は高い。独特の礼儀正しさ、仕事への情熱、きめ細かさ、そして何より責任感の強さ。どうぞ自信を持って、頑張ってください。