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電子玩具で「面白い」未来を

メディアクリエイター勝本 雄一朗(かつもと ゆういちろう)

デジタルメディアやクリエイティブ産業の発展を目指して慶應義塾大学とシンガポール国立大学が設置した「Keio-NUS CUTE Center」の展示会が10月5日、アートサイエンスミュージアムで行われた。教育や交通など、様々な分野に最新のテクノロジーを生かした装置が展示され、来場者は自由に装置を体験できる仕掛けになっていた。その中でも、特に子供たちが映像を見ながら夢中になって振り回していた刀のような電子玩具「ニンジャトラック」(写真下)を制作したのが、勝本雄一朗さん。注目の若手メディアクリエイターに、その作品や研究テーマについて聞いた。

―「ニンジャトラック」 について教えてください。

「ニンジャトラック」はシンガポールに来て初めてできた作品で、しなやかさの変わる玩具ですね。今回の展示では、加速度センサー(加速度を測定し、傾きや動き、振動や衝撃などの情報を得る装置)につなげて、「剣」から「鞭」へと変わるゲームのコントローラとして使用してもらいました。「ニンジャトラック」の構造は、細かい部品が縦横に蝶番で連結されてできています。グニャグニャと自由に曲がる「鞭」の状態から、スイッチ1つで縦に折りこめば、まるで「剣」のように固くなります。他に、電子楽器としての使用例も作りました。「ニンジャトラック」のコンセプトは、水が氷や水蒸気へと変わる性質の変化「相転移」のように、情報的にも物質的にも性質が変化するデジタルメディアを生み出そうというもの。玩具に搭載されるソフトだけでなくハードウェアの形状や柔軟性が変わったらどうなるかを見せようと。この「相転移的装置」というシリーズでは「ニンジャトラック」を含む3つの玩具を作りました。

 

―初めに注目された作品は「雨刀(あまがたな)」でしたね。

「雨刀」は、センサーが付いたビニール傘を振りまわすと、その動きに対応してチャンバラの音が鳴り、まるで刀を振り回しているかのような感覚を楽しめるという玩具です。傘に付けたセンサーが使い手の動きを計測して、データを送り、そのデータを基に独自の計算処理をして、3種類のチャンバラ音、5種類の連続技の音が鳴るという仕組みです。現実の世界に何かを重ね合わせることで、目の前の世界を超えるものが見えてくるという「AR(拡張現実感/ Augmented Reality)」の考え方ですね。日常の生活と空想の世界を美しく繋ぐ玩具になりました。ブラジルやオーストリア、ペルーなどでも展示されて、子供から大人まで非常に多くの人に楽しんでもらえました。制作した2006年末と同時期に発売された任天堂のゲーム機WiiやマイクロソフトのKinectなどによって、今では身体全体を使ってシステムを操作する「身体的インタラクション」は一般に普及するようになりました。

 

―「雨刀」の着想のきっかけは

2006年の大学院修士課程の修了後、ボストンに留学した時に、クラシックのコンサートに出かけました。そこで指揮者の動きを見ていて、非常に楽しそうで「良いな」と思ったんですね。指揮棒を振る体の動きは、シンプルに楽しいことなんだなという気がしました。そこから日本に戻って加速度センサーを使ったものを作ることを考えました。そこで、偶然車に積んでいたビニール傘に装着してみたら、「雨上がりに使い道のなくなった傘で、駅から家まで楽しく歩ける」というストーリーができたんです。最初は「つまらない番組を見た時に鞭でテレビを叩くと、視聴者の怒りが放送局に伝わる」というひねくれた機械の予定だったのですが。僕が作りたい面白さはやっぱり「スーパーマリオ」。ずっと何度やっても飽きない、面白いというのがいいなと思います。

 

―研究として玩具を作るというのが非常にユニークです。

テクノロジーの分野には技術そのもの、表現、社会との関わりという3つの領域の視点があると思いますが、テクノロジーを使って表現するというのが自分の立ち位置。エンジニアとアーティストの境界線上にいます。望ましい未来像を定めて、未来像を実現するための技術を作る、そして玩具として実用例を表現する。すべては、いきなり出てくるわけではなくてユビキタスコンピューティングやタンジブル・ビットなどの先行研究を踏まえて、そこからどうしたら面白く、新しく、風変わりな感じにできるか、どうジャンプするかを考える。そして、何度も試作を繰り返して実物を作り、面白いデモを見せるというのが自分の研究のやり方です。

 

―何故「面白い」ものを作るのでしょうか?

僕は「面白い」というのは革新性や新規性の1つだと思っています。例えば、携帯電話が普及した後、登場したアップル社のiPhoneは、爆発的に人気が出ました。それまでも様々な種類の携帯電話があり、ブラックベリーのような便利なスマートフォンも既にありました。でも、例えば色々なアプリが使えたり、タッチパネルで操作できたりする「面白さ」がiPhoneの魅力。便利なだけではここまで爆発的な人気は出なかったでしょう。それまで見えていなかった人の欲望、「こうしたいのにな」という潜在的な気持ちをかなえた。それが「うれしい」から「面白い」につながる。そういうものを作ることができたら価値になると思って、それを自分の根拠にして物を見ています。

 

―研究の原点は何でしょうか?

「電子玩具」という研究テーマも、原点をたどれば、小学生の頃に購読していた学研の『科学』の付録を作ったり、プラモデルやミニ四駆を作ったり、釣りのルアーを作ったりしていたことだと思います。そういうものをずっと作って食べていけたらいいなと思っていました。

 

―技術革新でものづくりのすそ野も広がりました

これまでは研究室にしかなかった3Dプリンタやレーザーカッターなどの工作機械が普及し始めて、簡単に個人が誰でも、ものづくりができる環境になりました。日本では2010年頃から、シンガポールでは2012年頃から「Maker」と称されるテクノロジー系DIYに取り組むコミュニティが広がってきました。シンガポールでは一昨年から各自が作品を持ち寄り発表する「Maker Faire」が開かれました。僕も2回参加しましたが、1年目にはボランティアだった人が3年目は自分の作品を持ってきていたりして、楽しそうでした。生活が変わる、生きがいが生まれる作業だと思います。シンガポールのような都市での遊びとして、今後産業が広がる可能性を感じました。自分にとってはプロトタイプ(試作品)作りがしやすくなった一方で、雨刀のようなものも今ではすぐに作ることができるようになりました。研究としてはより独自のコンセプトを立てることが重要です。それが、シンガポールに来てから「相転移的装置」というコンセプト作りに取り組んだ理由にもつながっています。

 

―今後の活動について教えてください

まだ具体的なことは決まっていませんが、今後はもっとアウトリーチ活動に力を入れていきたいと思います。過去の作品をシンプルにしたものを一般向けに、商品化することも検討中です。シンガポールに来て色々な可能性も広がりましたので、子供たち皆の手に渡るようなものを作りたいと思います。