目次
- 振付家 山下 残氏
- ―SIFA 2015に招かれたきっかけを教えて下さい
- ―ダンス作品の「アーカイブ」、つまり「記録」と聞くと映像で残すイメージがありますが?
- ―この「アーカイブボックス」という試みに加えて、7名の日本人振付家とそれに応える7名の外国人振付家、それぞれの作品発表もあるわけですね。山下さんは「大行進」という作品の発表を予定されていますが、なぜこの作品を選んだのですか?
- ―この会場で発表することに大きな意味がある作品なのですね。海外で、特に東南アジアで作品を発表するときにどのようなことを感じますか?
- ―これまでの作品作りについて教えてください。転機となった作品はありますか?
- ―SIFA2015全体に関して期待することは?
- ―最後にAsiaX読者へのメッセージをお願いします。
振付家 山下 残氏
―SIFA 2015に招かれたきっかけを教えて下さい
ディレクターのオン・ケンセン氏が立ち上げた、過去の舞台作品をアーカイブ(記録)しようというプロジェクトに誘って頂いたのが最初のきっかけです。彼のアイデアは、作品のアーカイブを箱(ボックス)の中に入れ、作品を一度も見たことのない他国の振付家に手渡して内容を再現してもらうというものでした。そこから話が進み、せっかくならこの「アーカイブボックス」に関わった振付家がそれぞれの作品を発表しようということになり、さらに大きな「ダンスマラソン」というプロジェクトになったんです。
―ダンス作品の「アーカイブ」、つまり「記録」と聞くと映像で残すイメージがありますが?
プロジェクトではまず、アーカイブの方法を話し合いました。映像が一番便利なのですが、ダンサーの身体表現を果たして映像だけで記録できるのだろうか、と。そこで、できるだけ映像を使わずに他の方法でアーカイブしてみようということになりました。参加する7人の日本人振付家は、各自が様々な方法で自分の作品をアーカイブしています。例えば舞台で使う小道具など自分の身体感覚に即した形あるものを箱に入れ、日本から郵送するということだけがルールです。振付家によって、その通りにやれば同じように再現できるボックスを渡す人もいれば、かなり抽象的で、自由な解釈ができるボックスを渡す人もいます。ケンセン氏からは「ゲームのように楽しんでほしい」と言われています。
僕のボックスはインド人振付家のマンディープ氏に手渡され、彼がその箱を彼なりに解釈してフェスティバル期間中に発表します。僕はあまり全部を伝えすぎずに、受け手が解釈する余地を作りたいと思っています。
―この「アーカイブボックス」という試みに加えて、7名の日本人振付家とそれに応える7名の外国人振付家、それぞれの作品発表もあるわけですね。山下さんは「大行進」という作品の発表を予定されていますが、なぜこの作品を選んだのですか?
作品の中には、どんなプロセスを経てできたもので、こういうところが面白い、ということを説明できる作品もあります。「大行進」は、2010年に高松で美術家のカミイケタクヤ氏とコラボレートして生まれた作品ですが、なぜこういうものができたのかうまく説明できず、自分の中で謎めいた作品でした。それでまず、アーカイブプロジェクトに持ってきたいと思いました。
アーカイブする作品と発表する作品は別のものでもよかったのですが、作品選定のミーティングで「僕がアーカイブする作品は線路を使うんだよ」と話したら、ケンセン氏が「そういえばシンガポールに使われていない駅があった」と旧マレー鉄道のタンジョンパガー駅を思い出してくれたんです。数週間後、その駅が使えることになったと彼から連絡があり、それならアーカイブするのと同じ作品を本物の線路を使ってやろうと決めました。この作品を日本や他の国で公演するとき、通常は劇場に線路を持ち込みます。非日常的な場所に線路を持ってくることで、日常と非日常が混ざってしまうような作品なんです。今回、線路自体は駅という日常の中にありますが、駅自体が持つ過去の歴史があり、今は使われていないなどの非日常的な要素も含まれているので、ぜひやってみたいと思いました。
―この会場で発表することに大きな意味がある作品なのですね。海外で、特に東南アジアで作品を発表するときにどのようなことを感じますか?
ヨーロッパに行くと、自分が見せるものに対して「アジア人」とか「日本人」という枠組みを作られてしまう雰囲気があります。でもアジアでは、日本人である、アジア人であるということを強要される雰囲気はあまり感じない。自分自身がもっと色々な文化に触れて、色々な人と交流したい、自分自身の枠組みをもっと崩したいと思うとき、東南アジアはやりやすいです。
僕はどちらかというと積極的に海外で仕事をしたいのですが、そうすることによって作品の中の緻密な部分が失われる可能性もあります。よく、日本は「ガラパゴス」という表現で、独自の進化を遂げた技術や文化について否定的に言われますが、ガラパゴス的であることによって繊細なもの、職人的なものが守られるという良い面もあります。僕は京都のアトリエで10年以上じっくり自分の作品を作ってきたので、今はむしろ緻密さを少し崩してでも、海外の、自分の思い通りにならない環境で試したいと感じています。
―これまでの作品作りについて教えてください。転機となった作品はありますか?
2002年に兵庫県の伊丹アイホールで作った「そこに書いてある」という作品ですね。観客全員に本を配って、本をめくりながら舞台が進行するという作品です。それまでは音楽や映像を使う、いわゆる身体を使ったコレオグラフィー(振り付け)だったのですが、そのときに初めて言葉を使って作品を作り出しました。
アーカイブの話にも繋がりますが、例えば作品を振り付けするときに映像などの現代的なメディアを使うと、より緻密で具体的で、決まった形になってくる。形や動きが全部見えてしまうと、僕にとっては不自由に思えたんです。その場限りの即興表現とは違うけれど、2度は作れないものを作りたいと思いました。動き自体が厳密には固まっていないものを、作品として固めたかったんです。そう考えたとき、言葉があれば、振り付けしたものを書き起こすことで自分の作品として示すことができ、そのうえで踊る人が自由に解釈できると思った。言ってみれば、伝統芸能に近いかもしれません。伝統芸能は師匠からマンツーマンで口伝えされますよね。そこには厳密さもあるけれど、歴史のなかでだんだん変わっていく部分もある。そういった、厳しいけれどもどこか自由というような作品作りを目指したかったんです。その方法が僕にとっては言葉でした。
―SIFA2015全体に関して期待することは?
作品を本物の線路で再現するということは、小道具や設備の面から見てもかなりハードルが高いので、まずは自分がやるべきことをしっかりやろうと思います。そのうえで、シンガポール建国50周年の節目でもありますから、これからずっと続いていくであろうフェスティバルの歴史のなかで、ターニングポイントになる良いフェスティバルだった、と言われるようなものになってほしいです。
―最後にAsiaX読者へのメッセージをお願いします。
それぞれ大活躍している7人の振付家が同じ時期に集まるということは、日本でもほとんどない貴重な機会です。どんどんデジタル化して変わっていく世界の中で、表現することと、それをいかに記録してどう再現するかは、権利問題などもあって大きな課題となっています。例えば電子書籍が便利でも、やはり紙の良さもあります。デジタルの便利さと身体感覚との両立という問題が今後どうなっていくのか、未来を模索するという意味でも「アーカイブボックス」という企画は身体表現とアーカイブの関係を考えることのできる、いい機会だと思います。ぜひ皆さんに見に来ていただきたいです。
SIFA2015は8月6日(木)から9月19日(土)まで開催。詳細はWebサイトhttps://www.sifa.sg/sifa/にて。