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スリランカ

2006年1月2日

スリランカ

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02「光り輝く島」とも、アイランド・オブ・セレンディピティー「幸運にも巡り合えた島」とも呼ばれるスリランカ。これ程までに美しい名で呼ばれる由縁は、セイロンティー、宝石、スパイスなどで知られる特産物のほかに、北海道より少し小さいくらいの面積に世界遺産を7つも抱えるその豊かな歴史、文化、自然の美しさにあるといっても過言ではない。1950万人ほどの人口の内、約74%を占める仏教徒を中心としたシンハラ人、約18%のヒンドゥー教徒のタミル人、その他民族をまたがってイスラム教徒、キリスト教徒が存在する。仏教国家というより多宗教国家の国民性も彩りを添える。

1972年にセイロンからスリランカ民主社会主義共和国としてイギリスより独立して以来、民族紛争が絶えず、その緊張感から観光に訪れるには今ひとつ躊躇されがちな国ではあるが、北東部地区を除いた世界文化遺産などの観光地はアクセスも比較的容易で安全な印象を受けた。

スリランカは見所の多い豊かな国土と、比較的経済的に宿泊、移動手段が確保できることで、家族連れでもそれぞれが満足できる旅が可能だ。旅行会社のツアーに参加するか、専用の車とガイドを滞在期間ハイヤーして行動するのが効率的で間違いがない。家族4人連れの私の場合、9日間で一通り満喫できた。コロンボからジャングルの平原へ北上して息をのむ遺跡を訪ね、高地にある古都を通り、茶畑のある涼しい丘陵地帯へ向かう。そして乾燥したサバンナの平野ヘ南下しジープサファリを楽しむ。最後にインド洋に面した海岸線を北上するといった日々違う風景を楽しむことができる。移動時間が毎日四、五時間程度はかかるのだが、それもスリランカならではの楽しみ方だ。

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旅の行程

map1日目  コロンボ到着
2日目  ピナワラのゾウ孤児院、
             ダンブッラの石窟(世界文化遺産)観光
3日目  シーギリアロック(世界文化遺産)観光
4日目  古都キャンディ(世界文化遺産)
5日目  ヌワラエリヤ セイロン紅茶工場見学
6日目  ヤラ国立公園、ジープサファリ体験
7・8日目  ゴール(世界文化遺産)
9日目  ウミガメのふ化センター、コロンボ、帰国

 

旅の手帳から~ゴール Galle

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ゴールのオールド・ゲート

この城塞への入り口は2ヵ所あり、そのひとつがここ。まさにオランダ統治時代の遺物

 

スリランカ南部最大の町ゴール。インド洋に突き出た半島に城塞にかこまれた旧市街がある。その歴史は古く、10世紀のアラブ人による東方貿易地として1344年の旅行記にその名があるほどだ。1588年にポルトガル人による砦建設が始まり、1640年にはオランダ人により町の建設がなされ、1796年にイギリスの手に渡る。典型的な植民地の歴史を辿った後、現在主要港がコロンボに移ったことで往時の賑わいはないが、町並みは当時のままの情緒が漂う。城砦の周りの海岸線は全て津波でさらわれたにも関わらず、城砦の中の旧市街は全く津波の被害が無かったという。港町特有の明るい日差しと潮風が心地よい。2・3時間もあれば城塞内の教会や灯台、町並みの散策を終えることができる。

スリランカ随一の歴史をもつ旧ニューオリエンタルホテルをあのアマングループが改装し2005年にアマンガラを開業した。そのコロニアル式のホテルの前には黒のクラシックカーが待ち、真っ白のコットンのサリーをまとったスタッフが涼しげに出迎えてくれる。
城塞の外の海岸沿いにあるライトハウスホテルも訪れたい場所の一つ。スリランカ現代建築家バワによる自然美と共存する直線と曲線のデザインが美しい。岩や木々をあるがままに生かしてまるで建物をそれにはめ込むように建てられるバワの建造物は、スリランカ国内に数多く有り、アマングループの代表も崇拝するほどである。小高い岩の上から見下ろすその建築もさることながら、セレナスパでのアーユルベーダのトリートメントも素晴らしかった。

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津波のあと

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アマンガラ

ゴールのあるスリランカ南部の海岸線地域はスリランカでも津波の被害が大きかったエリアである。城塞の外の海岸線では今も変わらずに津波からの復興作業が続いている。日本を含め世界各国のNGO、ボランティアの人々が大勢力を尽くしている。イギリスに本部を置くNGOのOXFAMによると、1年経った今、上下水、簡易住宅、学校や施設の再建などインフラの整備が、十分とはいえないもののようやく整い始め、被災者の精神面のサポート、また女性の自立支援などコミュニティーとして集団が機能するためのとっかかりができはじめているようだ。津波から1年が経ち、昨年の12月26日には海岸線を埋め尽くすほどの灯籠が流されたという。ゴールの城塞のごとく屈せずしてゴールの街全体を立て直して欲しいと願わずにはいられない。

旅のこぼれ話

11スリランカ 1951年「サンフランシスコ対日講和会議」の席で当時大蔵大臣であったJ・R・ジャヤワルダナは「憎しみは憎しみによって止むことはなく、愛によって止む」とブッダの言葉を引用し、対日賠償請求を放棄した。その発言に多くの国家が感銘をうけ同様の態度を倣ったことが、日本経済の早期復興へと繋がったとされる。「その恩を忘れることなく、以降日本はスリランカに多くの経済支援を行っている。スリランカ人に親日家が多いのはそのためなのだ。」と、9日間ともに過ごしたガイドが教えてくれた。またしても、日本の現代史を不勉強な自分を思い知らされつつ、日本とスリランカの縁の深さを感じた。

参考

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.066(2006年01月02日発行)」に掲載されたものです。
文= 桑島千春

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