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紀伊国屋「おすすめの1冊」

2004年9月6日

『邂逅の森』熊谷 達也

photo-11ある一人のマタギの波乱に満ちた生涯の物語である。マタギとは秋田で生まれた言葉で、主に熊狩りを目的とする猟師集団を意味する。彼らは、山の神を信仰し、山の掟を守った。自らの生き様に高い誇りを持つプロ集団である。

大正期の秋田、ようやく一人前のマタギとなった富治は、地主の一人娘文枝を孕ませ村を追われてしまう。マタギとして生きることが許されず、やむなく銅鉱山で抗夫として働き始める。そして月日が経ち採鉱の腕が認められるまでになるのだが、時あるごとにマタギの血が疼きはじめる。

彼の旅路には、様々な出会いと別れがそして愛と死があった。当時の風俗を背景に描かれた人間模様は生々しい。そして最後にたどり着いた妻と子との幸せな生活。それでもなお、富治は過酷な自然のなかでの狩猟に命をかける。彼を山へと向かわせるものは何だろうか。

雪深い深山を舞台に、彼らが獲物を追う場面での息を呑むほどの緊張感あふれる描写は素晴らしい。そしてラストシーンは特に感動的である。第131回直木賞、第17回山本周五郎賞同時受賞作。

 

文芸春秋

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.010(2004年09月06日発行)」に掲載されたものです。
文=親松

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