シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXライフTOP『凍』沢木耕太郎

紀伊国屋「おすすめの1冊」

2005年12月5日

『凍』沢木耕太郎

photo-11もうノンフィクションは書かないかもしれない。自選作品集を出す前にそう言っていたのを読んだとき寂しさを感じた。幸いなことに心動かされる対象が見つかったようで、本作品が雑誌に発表されたときは、また沢木耕太郎のノンフィクションが読めるのかと純粋に嬉しかった。ギャチュンカン登攀を目指す山野井夫妻を描く本書は、山登りに興味のない私でも楽しむことができた。彼らが登攀に挑み、雪崩に遭い、重い凍傷を負った様が静かに淡々と描かれている。まるで記録フィルムのようだが、常夏のこの国で雪に怯えながら一気に読んだ。読むことを止めることができなかった、というのが正しい表現かもしれない。彼等の羨ましくなるほど凛と生き方が非常に印象に残る。また本書は同じ新潮社から出ている「壇」と対になっている。「壇」では壇夫妻の夫婦愛を描いたが、本書では山野井夫妻のそれを描いている。10年ぶりの他者を描くノンフィクション。「一瞬の夏」で私ノンフィクションと言われるスタイルを確立し、「ジム」や「壇」で他者を一人称で描くスタイルを試みた著者が、本書では「テロルの決算」を描いた頃、つまりニュージャーナリズムの旗手と呼ばれていた頃のスタイルである三人称描くスタイルに戻っているのが興味深い。

 

新潮社

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.064(2005年12月05日発行)」に掲載されたものです。
文=茂見

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