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藤堂のシンガポール建築考

2015年11月2日

シンガポールのポストモダン建築

 シンガポールを巡ると目を疑うような建造物に出会う事がある。特に著名なものを挙げれば、その姿からジェンガのようだと言われるコンドミニアム、インターレース(The Interlace)。極端に湾曲した住宅練が印象的なコンドミニアム、リフレクション(Reflection)。これらの建造物は、実は私の母校である英国Architectural Association School of Architecture(AA School)の出身者が設計したものであり、建築の系譜的に観ると脱構築主義建築の流れに属する。シンガポールはこの様式の建築が多く、さながら建築の一大実験場のような風情がある。
 
 流行(モード)の型(モデル)を大量生産消費することがモダンの語源を元にした定義とすれば、脱構築主義は1つの流行している最先端の型とも言え、モダニズムの枠内ではある。今回は流行の移行を追ってみたい。

 

ブロックが積み重なったようにみえるインターレース
ケッペル・ベイエリアにあるリフレクション

 

建築の流行の移り変わり

 伝統的なモダニズム建築とは、概念としてのモダニズムとは少し異なる。第一次世界大戦以降に始まった、大量生産品を用いて機能主義的に構築された構造物を指す。シンガポールにおいては典型的なHDB(住宅開発庁の公共団地)建築がモダニズム建築と言える。最も美しい例としては、1940年代にSIT(シンガポール改良信託)によって整備されたティオン・バル地域の白亜の街並みが挙げられ、ここが雛形となり後のHDBへと発展した。
 
 しかし、モダニズムには問題がある。単体で存在すれば周囲との対称で美しくも成るが、大量生産され連複する建築が街に溢れると退屈を生み出してしまう。モダニズム建築は「LESS IS MORE(無駄が無いほど美しい)」と言われるが、それに対して「LESS IS BORE(無駄が無いのは退屈だ)」という語が1960年代辺りからモダニズム建築の臨界に達した米国で広まる。この批判はポストモダンと名付けられ、思想史上初めて建築から派生した概念であり、モダニズム建築に欠落した装飾や象徴性が求められた。
 
 シンガポール政府は退屈なモダニズム建築の街並みを改善すべく熱心に緑化運動を進めたが、それだけでは如何ともし難く、街並みに刺激を求めた結果、ポストモダン建築がいくつか建造された。この時期の作品としては、米国のモダニズム建築の巨匠フィリップ・ジョンソンが設計した、古典(ギリシャ・ローマ建築様式)の意匠が散りばめられた1992年完成のミレニアウォークや、米国のポストモダン建築家を代表するマイケル・グレイブスによる、同様の意匠が採用されたセントーサ島の開発が挙げられる。

 

ミレニアウォークの全長は風水的に良いとされる280メートルで建設された

 

主流となった脱構築主義

 ポストモダン建築は、モダニズム建築に古典の意匠を貼り付けただけで、ディズニーランドと変わりのないものとの批判が生まれた。そこで古典に頼らずにモダニズムを超越する方法が1980年代から世界的に模索され始めた。その中で、シンガポールでは脱構築主義建築が主流となった。
 
 脱構築主義とは1980年代頃に哲学から生まれた概念で、積み木のように積み上げられた構造を解体し、一から新たな構造を構築するという考え方である。建築においては成型的な構造を解体し、再構築、歪ませる、ばらす、統制された混沌などの手法がある。
 
 先にあげた、2013年に完成したインターレースは典型的かつ合理的に配置された住居連をジェンガの如く積層したものであり、北京の中国中央電視台本部ビル(CCTV)の設計で有名なオランダの建築設計事務所OMAが設計した意欲的傑作だ。2011年に完成したリフレクションはユダヤ系アメリカ人のダニエル・リベスキンドによる設計。NYの世界貿易センタービル跡地の再開発でも有名だ。湾曲した外見や爆発したような形状のクラブハウスなど、彫刻的に優れている。新国立競技場コンペで話題となったイラク出身のザハ・ハディドが設計したコンドミニアム、ドリーデン(D’Leedon)は波を打つような形状が印象的である。同じく現在進行形でザハが都市計画を担当しているワンノースでは、既存の碁盤の目状のドライグリッドに対して、有機的な曲線や曲面による高さ制限を設けた世界的に珍しいウェットグリッドと呼ばれる都市計画が進んでいる。
 
 純粋な脱構築建築ではないが、DPアーキテクツによる2010年代のオーチャード・ロードにおける開発、マンダリン・ギャラリー、ウィスマ・アトリア、オーチャード・セントラルなども脱構築主義の影響を受けており、街並みに変化を与えている。このように、シンガポールの今を彩る建築群はほぼ脱構築主義の系譜にあると言える。
 
 シンガポールの未来の建築潮流を考えるに、私が把握している限りでは、半屋外空間、街路風都市空間、ドラスティックな緑化建築、伝統生活の現代的解釈などが増えていく事は容易に想像できる。それらが語る事は、モダニズムが盛んに取り入れられた黎明期に建設された、典型的なHDBが並ぶ街並みではなく、またポストモダンや脱構築でもない、逃げる事のできない高温多湿な環境と寄り添う建築を創り、ここで共生していこうという意思の表れのように見える。

 


文=藤堂高直(とうどう・たかなお)
シンガポールの設計事務所DPアーキテクツに所属する建築デザイナー。16歳で文字の読み書きが困難な学習障害の一種「ディスレクシア」と診断されるが、卓越した空間把握能力を発揮。2008年英国の建築大学AAスクールを卒業し建築家として開花。当地ではホテルや美術館などの設計に携わってきた。自らの半生を記した著書『DX型ディスレクシアな僕の人生』も出版。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.291(2015年11月02日発行)」に掲載されたものです。

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