2019年11月25日
山岳民族とともに歩み、成長続けるタイ産コーヒー【タイ特集】
コーヒーと聞いて思い浮かべる国はどこでしょう?国際コーヒー機関(ICO)の統計によると、コーヒー豆生産量世界1位はブラジル、2位がベトナム、3位コロンビア、4位インドネシア、5位エチオピアで、南米などのコーヒー大国に混じってアジアの国2つが堂々とトップ5にランクイン。コーヒーのイメージの薄いタイも実は栽培に適した土地に恵まれ、世界的にも評価の高い良質なコーヒー豆を多く生産しています。
とても甘い「ブラックコーヒー」
シンガポールのコピやベトナムコーヒーなど、独特のコーヒー文化を持つアジア。ここタイでもトウモロコシなどの穀物と混ぜた「オーリアン」というタイオリジナルのコーヒーが屋台定番のドリンクメニューとして存在します。特徴はその甘さで「ブラック」と注文しても、阻止する術なく大量のガムシロップが目の前で投入されます。タイでは色さえ黒ければ、それは「ブラックコーヒー」なのです。これは以前、タイで主に栽培されていたコーヒー豆が苦味や渋みの強いロブスタ種という品種だったことから、甘味料をたっぷり入れる習慣がついたと言われています。しかし、現在は味も風味も良いアラビカ種が多く栽培され、そのほとんどがタイ国内で消費されていることから、タイ政府はタイ産コーヒー豆で世界市場に躍進したい考えを示しており、生産性の向上や生産者と企業間ネットワークの構築および強化など、コーヒービジネスの支援を進めています。
麻薬に頼らぬ暮らしへ、ケシ畑からコーヒー農園への変貌
選りすぐりのタイ産コーヒーが楽しめる「YʼEST WORKS (エスト・ワークス)」(バンコク、アソーク地区)のオーナー、廣瀬達也さんは「タイ産コーヒーの品質は確実に上がっています。気温、標高、土壌などコーヒー栽培に適した条件を満たす土地があることに加えて、精製方法を独自に工夫してオリジナリティーを出す生産者が最近増えてきているため、同じ品種の豆でも違った味が楽しめる面白みのあるコーヒーになってきています」と語ります。豆の仕入れ先は、主にチェンライやチェンマイなど北部の農園。
タイ北部は今ではコーヒー豆の産地としてすっかり有名ですが、ここに至るまでの歴史については、生産地に住む人々の暮らしに触れずに語ることはできません。タイ北部とミャンマー、ラオスの3国がメコン川で接する一帯は「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」と呼ばれ、かつて大規模な麻薬密造地帯として世界に悪名を轟かせていました。背景にあったのが少数民族の貧困。貴重な収入源としてケシ栽培を余儀なくされていた彼らの収入源を守りながら「麻薬地帯」の汚名を返上するためにタイ王室が思いついたのが、コーヒーなど農作物の栽培でした。
現在進行形の支援プロジェクト
展開された数多くのプロジェクトの中でも成功例のひとつとして挙げられるのがタイ北部ドイトン地区で1988年に始まった「ドイトン・プロジェクト」です。コーヒー愛好家の方なら「ドイトン」の名前はご存知でしょう。日本の小売店でも販売されている「ドイトンコーヒー」は今やタイ産コーヒーの代名詞ともなっています。しかし、山岳地での栽培は文字通り平坦な道のりではなかったようです。
1987年に山岳民族の教育支援プロジェクトを自ら立ち上げた日本人ボランティアの中野穂積さんは、持続型の農業や居住地の環境改善の支援にも力を入れる中で、タイのコーヒー栽培の歴史を間近で見てきました。「王室プロジェクトが始まった当時、コーヒー市場はまだありませんでした」(中野さん)。山岳民たちもコーヒーを飲む習慣がなかったため、行き場のないコーヒー豆を抱えて失望し、コーヒーの木を放置したり切り倒してしまう人もいたようです。しかし、その後大手コーヒーチェーンの登場でコーヒーが生活に浸透、経済の急成長でカフェ文化が定着するにつれコーヒー豆の需要は飛躍的に伸びていきました。タイ北部のコーヒー農園の数も今では100を超えるほどとなりました。
教育支援から始まった中野さんの「ルンアルン(=暁)プロジェクト」もコーヒー栽培が支援の柱の一つとなっています。コーヒーの苗木を山地民に配って研修を実施、2010年には完全有機栽培を独自に始めました。「当時はコーヒーの完全有機栽培は絶対無理と周囲から言われ、実際コーヒーの木の成長が止まってしまった時もありました。しかし、近隣の少数民族アカ族のアドバイスで農地を耕したことで木が復活し、危機を脱しました」と中野さんは振り返ります。その後、販路も徐々に拡大させ、「大成功」と中野さんが呼べるほどの結果を生んでいます。
山岳地の少数民族とともに歩んできたタイのコーヒー。植民地時代に起源が遡るベトナムやインドネシアと比べるとまだまだ栽培の歴史が浅いものの、多方面からの支援や国の後押し、差別化を図ってファンを増やそうとする意識の高い生産者が増える中で、今後更に成長する可能性を持っています。
(取材・文/安部真由美)
この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.352(2019年12月1日発行)」に掲載されたものです。