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熱帯綺羅

2011年6月6日

オーチャード・ロードに建つ大きな城「ニーアン・シティ」

シンガポールで一番の繁華街オーチャード・ロードでひと際賑やかなエリアがオーチャード・ロードとスコッツ・ロードの交差点から東へ数百メートルの一帯。中でもニーアン・シティは、在星日本人にはもちろん、観光で訪れる人々にもおなじみのスポットです。ローカルの人々には、アンカーテナントであるシンガポール髙島屋から取った「タカ」の愛称で親しまれています。

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ニーアン・シティの正面エントランス。両脇に置かれた獅子もオリエンタルな外観に一役買っている。

中国語で「義安城」と表記されるニーアン・シティが建つこの土地のオーナーは「義安公司(Ngee Ann Kongsi)」という1845年に設立された老舗企業。当初は潮州系移民が必要とする宗教的なものや葬儀などの儀式に必要なものを提供していました。ちなみに「義安」はシンガポールに多い潮州系移民の故郷である中国・広東省潮州市の一帯にかつてあった義安郡に由来します。シンガポールで潮州系移民が増えるにつれ、義安公司は若い世代への教育や文化活動なども手がけるようになりました。ブキティマにあるニーアン・ポリテクニックも義安公司が設立した学校のひとつです。文化施設などにも「義安」の名を冠したものがいくつかあります。

さて、ニーアン・シティに話を戻すと、この場所がかつてお墓だったと聞いたことがある方もいるでしょう。現在のウィズマ・アトリアからマンダリン・オーチャード・シンガポールあたりまでの一帯は、20世紀半ばまで義安公司が管理する潮州系中国人の広大な墓地でした。1950年代にお墓の移設がすすめられ、イシュンに新しく建設されたメモリアル・パークなどに移されて、1957年に再開発用に土地が整備されました。その一部は政府が取得し、オーチャード・ロードの拡幅や、MRT建設プロジェクトのために確保されました。現在のニーアン・シティの位置には、義安公司によって10階建てのニーアン・ビルが建設されました。建物の一部は店舗として、残りは住居として貸し出され、60~70年代にかけて外交官や大企業のエグゼクティブたちが住むシンガポールで一番モダンなビルとしてもてはやされたそうです。やがてニーアン・ビルも取り壊され、約4年の歳月をかけて1993年に現在の「ニーアン・シティ」が完成しました。

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ニーアン・シティ建設前の状態。画面奥の高層ビルはマンダリン・オーチャード・シンガポール。

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