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2010年5月17日

「金の卵」そして「人材投資」(2)

キヤノン・シンガポール ダイレクター&ジェネラル・マネージャー 神垣幸志 販売・サービス

情報化社会の幕開けに呼応して「知識労働者」という表現が社会用語として現在もて囃されている。この「知識労働者」に分類される能動的従業員に必要とされる基礎要件こそが「自覚」「自発」「自治」の“三自の精神”であると前段で論じた。だが、“三自の精神”は工業化社会を背景として理想化された従業員像である。はたして“三自の精神”を基礎とする「キヤノン型知識労働者」が情報化社会あるいは知識化社会においても求められる姿なのであろうか。

 

その疑問に答えるには情報化社会あるいは知識化社会で隆盛する産業は何かを考える必要がある。先進諸国における“第三次産業“の全産業構成に占める比重の高まりは、その一つの回答であろう。もちろん、先進諸国における第三次産業の比重の高まりは直接的にはFDIによる発展途上国への工業の移管を理由とする。この事実は否定するものではない。だが社会変革の本質には、世界経済の第三次産業化があることも否定できない現象だと筆者は捉えており、それを肯定的に受け止めている。

 

知識型第三次産業下の‘働き手’と‘雇用者’の関係には従来型の企業には見受けられなかった現象が見出せる。それが、「従業員満足を基礎とする経営」であり、顧客満足型経営の発展型である。そこには仕事に能動的に取り組み、満足し充足した従業員こそが企業という社会的存在の活動理由である顧客満足の追求を組織と一体化して実践できるのだという哲学が見て取れる。

 

そのような形態の経営においても「三自の精神」の基本フレームは有効なのであろうか。「知識従業員」はストイックな「三自の精神」による自己実現型経営のみで本当に「満足」するのであろうか。

 

満足は達成した成果との取引き結果である「報酬」によって満たされる。「報酬」に対する価値観は「社会環境」「家族環境」「人生観」等により千差万別である以上、この稿で論ずることは避ける。だが知識人は達成感により充足する事実には着目する必要がある。達成感は、自己の持つ「夢」あるいは「希望」「念願」への達成度によって得られる。「人」が感ずる「達成感」には共通の型が存在する。その「達成感パターン」を考えるために「夢」「念願」「自己実現」を詠った住岡夜晃著『讃嘆の詩(樹心社)』をここで引用する。

 

『青年よ強くなれ
牛のごとく、象のごとく、強くなれ
真に強いとは、一道を生きぬくことである
性格の弱さ悲しむなかれ 性格の強さ必ずしも誇るに足らず
「念願は人格を決定す、継続は力なり」
真の強さは正しい念願を貫くにある
怒って腕力をふるうがごときは弱者の至れるものである
悪友の誘惑によって堕落するがごときは弱者の標本である
青年よ強くなれ 大きくなれ』

 

「夢」「念願」を強く持ち、それを実現するために「学び」「自己を鍛える」、その結果として「人格」が養われる。『讃嘆の詩』は正しく真実であろう。だが詩にある「真の強者」たる長期的展望に立つ「一道」に邁進するのは普通人には難しい。現実的な知識従業員に求められるのは手の届く範囲での「夢」「希望」を設定することであり、それを達成し続けることによって得られる日々の「達成感」が満足につながり「人格」を少しずつ鍛えるのである。

 

「夢」を達成するには「自習」が必要である。「自習」とは、組織における役割を自覚し、自発的に仕事を引き受け、それを自己管理するために必要な「知識」を自ら積極的に学びとる学習能力を指す。したがって情報化社会においては“三自の精神”に“自学”を加えた“四自の精神”が必要となる。

 

知識労働者には自己実現の「機会」と学習が常時必要であり、継続した学習には「時間」が必要である。「時間」は人件費と同意である以上、学習には投資が必要とされる。したがって情報化社会における「人材投資」は、企業にとって事業運営に欠かせない事業要件として捉えられるのである。

 

時代は繰り返す。工業化社会の遺物として忘れられた筈の「金の卵型経営」が形を変えて、ここで復活したのである。人材投資は企業にとって大きな負担である。どれだけの企業が「継続的な人材投資」に耐えられるのであろうか。投資に耐えられなくなった企業は、またしても「即戦力」をキーワードとする「金の卵」を求めるであろう。知識型第三次産業における“働き手”は、「“四自の精神”によって自己投資し“自己変革”を継続する即戦力」を理想とするのである。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.167(2010年05月17日発行)」に掲載されたものです。

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