F1開催まであとわずか、にわかに街が活気づいている。市街地のコースにはナイターのための照明が設置され、スタンド席も当日を待ちかねるようにずらりと並んでいる。盛り上がる風景を横目に、いまひとつ乗り遅れそうなF1初心者のために、AsiaXではF1を徹底解剖する。
英国を発祥の地とし、1950年の初開催以後、ヨーロッパのスポーツとして発展してきたF1は、現在では「オリンピック」「ワールドカップ」と共に世界三大スポーツイベントと称されるまでになった。開催期間中3日間での経済効果は、グッズやチケット収入を始め旅行・サービス業、広告、放送権など数十億から数百億円といわれる。
開幕の3月から8ヵ月間はドライバーもチームも世界中を転戦する。最先端技術を駆使したマシンのパーツ、データ収集・分析のための機器類も持ち運んでいる。各チームにはレギュラードライバー2名とテストドライバー、数百名の所属スタッフがいて、2008年現在で11チームある。
F1観戦には世界的に有名なセレブリティも駆けつけ、夜は華やかな社交パーティーがあちこちで繰り広げられる。特にモナコではカンヌ映画祭と重なる時期でもあり、豪華クルーズの船上から優雅に観戦する人達が映像に映っている。
ヨーロッパではF1ドライバーは国の英雄だ。出身国の大通りに名前がついたり、切手が発売されたり、出身国のF1ファンが急増して2つめのGPが同国で開催される原動力となることも。
実際、F1ドライバーのギャラは実績と才能と政治的駆け引き、スポンサーによって数千万~数十億円と様々。世界中のサーキットに自家用プライベートジェット機で乗りつけるドライバーも多い。通算7回チャンピオンになったF1史上最高のドライバー、ミハエル・シューマッハは現役時代、スポーツ選手長者番付でタイガー・ウッズを凌いで何度もトップになった。2006年F1引退後の昨年2007年度でさえ番付の5番目で、デビッド・ベッカムも一度も追いついたことがない。現役ドライバーでは昨年度チャンピオンのキミ・ライコネンが名を連ねる。こうした数字からもF1人気が見て取れるだろう。
F1開催地の顔ぶれは毎年違う。英国シルバーストーンやイタリア・モンツァなど定番サーキットはあっても、国の経済状況やF1市場の浮き沈み等でいくつかのサーキットが毎年消えたり加わったりしている。近年では、99年にお隣マレーシアが国家事業として開催するようになった他、上海、中東初のバーレーン等でも開催されている。そして、ついに今年はシンガポールで開催される運びとなったわけだ。今後は、インド、韓国、ロシア、南アフリカなどでの開催が取沙汰されている。今年は世界18カ国で18戦が予定されている。開催地は以下のとおり。
オーストラリア、マレーシア、バーレーン、スペイン、トルコ、モナコ、カナダ、フランス、イギリス、ドイツ、ハンガリー、ヨーロッパ(バレンシア)、ベルギー、イタリア、シンガポール、日本(富士サーキット)、中国、ブラジル
シンガポールにはレース用サーキットは存在しない。そう、普段通勤や買い物に利用されている公道をF1マシンが駆け抜けるのだ。
老舗サーキットなら得手・不得手や好き嫌い、経験値で差が出る事もあるが、今回は誰にとっても等しく未知のサーキット。最新鋭シミュレーターでバーチャル練習に励むドライバーもいるだろう。最近もフェラーリが航空宇宙防衛産業を扱う企業Moog社にシミュレーター開発を委託したというニュースが流れた。ただ、実際はマシンで走ってみなければ分からないため、道路状況を把握するためにドライバー自ら数日早く現地入りすることになるだろう。
シンガポールでは、F1史上初の「ナイトレース」が行われる。夜間にギラギラの照明があちこちの角度から当たる中で時速300キロ以上で走るF1マシンを見ること自体が世界にとって初体験。街の灯りやレース用照明がドライバーの視界にどう影響するか、各チームが数ヵ月前から綿密に調査している。
今季18戦中、シンガポールGPは15戦目。チャンピオンシップの行方が気になる重要な一戦だ。シンガポール最大の観光地であるマリーナ地域の素晴らしい夜景の中でF1グランプリは間違いなく全世界の人達を魅了するだろう。
1周5,067m、周回数61(反時計回り)、コーナー数24
ラッフルズ・ブルバードが最速区間で、マシンは時速300km以上で走り抜ける。長いのでオーバーテイクが可能だろう。
ストレート区間はマシンが次々とヒュンヒュン駆け抜けていく。大気を震わせエンジン音を轟かせて走り抜けるマシンは見ていて爽快。
オーバーテイク、接戦の確率が高そうなのはスタート地点からすぐの3つのコーナー(下図1~3)。レース開始直後はレース中もっとも神経を集中させる瞬間のひとつで激しい戦いを目撃出来る。マシン同士がぐしゃっと固まって接触、パーツを失うのは日常茶飯事。挙動不審な車に巻き込まれて避けきれずにクラッシュ、ということも多い。
最速を出した直後に鋭角コーナーに突っ込んでいく瞬間が見られる二コル・ハイウェイ沿いのスタンフォード・グランドスタンド(下図4)辺りもスリリング。ドライバーの度胸試しのポイント。
各コーナー付近ではかなり減速するので巧みなブレーキングと加速を堪能したり、マシンをじっくり観察しよう。コーナーを立ち上がって次のストレートが長い場所はオーバーテイクを目撃するチャンスも。
そのうちドライバーやチームによってマシンが違えばサウンドが違うことや、マシンのフォルムがチームによって全然違う事に気づいたりするだろう。より一層美を追求しているチームはどこかといったことを想像したり、談義するのも楽しみ方のひとつだ。
ドライバー部門とコンストラクター(チーム)部門に分かれている。
各レースの順位でポイントを獲得、計18戦を戦い点数の合計でチャンピオンが決まる。
優勝10点、2位8点、以下8位までが入賞。
タイヤ交換、給油、マシン調整のために通常2回ほど行われる。1回の戦略を取る場合も。搭載燃料がどのぐらいなのかといった話題を聞くこともあるだろう。重いとタイムは遅くなるし軽いと早い。ピットイン後コース復帰してみたら追い抜かれていることもあるわけで、「ピットイン政策」は極めて重要。
チームの組織力と技術力、トップの決断力とリーダーシップ、スポンサー獲得力(資金力)など様々な要素が絡み合って勝利の行方が決まる。ドライバーの才能と精神力ももちろん大きな要素で、毎年シーズン前にはどのチームにどんなドライバーがラインナップされるかということが最も大きな話題となる。お気に入りのチームやドライバーを見つけて観戦するのも楽しみ方のひとつだ。
特にトヨタのここ数戦の活躍は目を見張るものがあり、F1ルーキーのグロック、ベテランのトゥルーリが好成績を連発。チーム代表の山科氏の喜びもひとしおだろう。
ホンダは才能溢れるバトン、只今F!最多出走記録更新中のバリチェロを擁しながらも残念ながら低迷中。フェラーリの黄金時代を作ったロス・ブラウンが今年ホンダに移籍して大改革中なので今後に期待したい。
ウィリアムズはトヨタのエンジンを使っている。日本人初のフルタイムF1ドライバーだった中嶋悟の息子、一貴がレギュラードライバーだ。
今季開幕直後までは、元F1ドライバー鈴木亜久里率いるSUPER AGURIチームが存在した。ホンダのエンジンを搭載し、佐藤琢磨がドライバー、という純粋なMade in Japanチームだったが、予算確保に苦しんだ末、シーズン途中で撤退を余儀なくさせられた。非常に残念。チームとしてのチャンピオンシップは、最強とされる「フェラーリ」「マクラーレン」「BMWザウバー」の間の戦いの行方次第となっている。実力を伸ばしてチャンピオンシップ争いに絡んでくるほどになったBMWは要注目だ。
日本勢として中嶋一貴を応援しない手はない。23歳。初々しい雰囲気を漂わせているかと思いきや、レースで見せるガッツと根性は日本人のサムライ魂を震わせる。
やっぱりイケメンじゃないと盛り上がらないわ、という方々にはフェラーリのキミ・ライコネン、ホンダのジェイソン・バトン、かわいい男の子風がタイプならウィリアムズのニコ・ロズベルグ、ルノーのネルソン・ピケJrなど。
とにかくドライバーは才能、という方々にはマクラーレンのルイス・ハミルトン、そして前述のキミ・ライコネン、ルノーのフェルナンド・アロンソ。
今季のチャンピオン争いを演じている3人のドライバー達。
左よりハミルトン(マクラーレン)、マッサ(フェラーリ)、クビサ(BMWザウバー)
ハミルトンはF1初の黒人ドライバー、幼少時よりマクラーレンで英才教育を受けておりロン・デニスの秘蔵っ子として鳴り物入りで昨年デビュー、ルーキーながら最後までチャンピオンシップを争って世界中を驚かせた。
昨年のチャンピオンでもあるライコネンは日本人女性に特に人気。他人や周囲の騒ぎには我関せず。メディアを巻き込んでライバルとの駆け引きに出るドライバーもいる中で彼は潔いというかマイペースというか、とにかくクールなのでアイスマンと呼ばれる。13戦目が終わって4位に沈んでいるが、最後の数戦で巻き返しを狙って爪を研いでいる。
フェラーリのフェリペ・マッサを応援する人も多い。数ヵ月前まで「フェラーリに乗ってるから強いんだろ」としか思われない不遇な時代だった。ミスも多いが頑張ってるのがハタから見ていて実によく分かるドライバーで、実直さと協調性と情熱はピカイチ。いまやハミルトンとトップ争いを繰り広げている。
「スポットライトも派手なこともいらない、レースさえできればいい」と言う、頭のてっぺんからつま先までレーサーというポーランド人のクビサ(BMWザウバー)も注目株。去年のカナダGPで大クラッシュした場面を見た人は、果たして命があるのだろうかと息を呑んだだろう。奇跡的に無傷で帰還、次のGPには復帰。トラウマになりそうなものだが、今年のカナダGPでなんと優勝したツワモノ。並大抵な神経ではない。今季のチャンピオンシップ争いで一時期首位だったこともあり(現在3位)、早くも来年彼は移籍するのだろうか、という話題が出ている。
筆者が最も注目するのはトロ・ロッソのセバスチャン・ベッテルだ。21歳。若さと才能と天真爛漫さが爽快で、マシンの戦闘能力はそれほどでもないのにすでに今季の入賞回数は第13戦終了時点で5回。驚異的な走りを見せている。あわや3位かという場面もあったほどだ。その時は黄旗が振られてセーフティーカー先導中に兄弟チーム・レッドブルのウェーバーに追突、双方リタイアを喫し、表彰台2位・3位独占が台無し。ピットで涙するベッテルが映し出された。が、その後も臆することなくガンガン飛ばしている。筆者は1991年鈴鹿GPの予選前にミハエル・シューマッハを初めて見かけた瞬間のことをよく覚えている。なぜかキラキラと輝いていて突然彼の回りを異次元の光が差し込んで取り囲んでいるように思えたものだが、その時に感じた気配をベッテルに感じている。あの時のシューマッハも21歳。同じくドイツ人だ。来期はレッドブルへの昇格移籍がすでに決まっている。今後最も期待のドライバーだ。
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