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社説「島伝い」

2017年9月26日

新しいものを享受するには

今年で10回目となったF1シンガポールGPは、市街地での夜間レースというユニークさで世界的にも有名になりましたが、初開催であった2008年は主催者側だけでなく一般市民にとっても大きなチャレンジでした。例えばコースとその周辺を含めた交通規制は2週間近くに及び、不便というレベルを超えていました。しかし、回を重ねるにつれて交通規制の期間はかなり短縮され、一般市民もレース開催の影響へ次第に順応していきました。また、高層ビル群に囲まれてライトアップされた市街地コースをF1マシンが駆け抜ける様子が全世界にテレビ中継され、街の魅力を知らしめる格好の機会となったことが、シンガポール経済にも好影響をもたらしました。新しいものを積極的に取り入れ、チャレンジしてきたシンガポールの大きな成果の一つでしょう。

 

身近なところでも、進取果敢なシンガポールらしさが見られることの一つが、車を取り巻く環境。新車購入権(COE)のAカテゴリーの価格が9月初めの入札で大幅に下落し、ニュースになりました。その背景には、ここ数年で急成長を遂げたウーバーやグラブなどの配車サービスやタクシー業界で起きている大きな変化があったようです。配車サービスで特に人気の高い個人ハイヤーは「一般人が自分の車を使ってサービスを提供する」イメージが強いのですが、シンガポールでは配車サービス会社から車をレンタルしているケースが相当数あったようです。ところが、昨年末頃から個人ハイヤー用レンタカーやタクシー台数のだぶつきが問題になり、さらに7月からは個人ハイヤーのドライバーにも職業免許取得が義務付けられたことを契機に離脱するドライバーが相次ぐ事態に。余剰車両を多数抱えることになった配車サービス会社が新車購入を手控え、不要な乗用車の売却を進めた結果、中古車市場への車両の供給が増え、新車購入に必要なCOEの需要減が一気に進んだ――ということのようです。

 

職業免許取得の義務化は、単に既存のタクシー業界やタクシードライバーを守るためではなく、ドライバーに必要な知識を体系的に習得する機会が設けられることで、利用者にとっても安心につながります。国として打つべき手の一つであったことは間違いないでしょう。新しいものに挑戦すると、不便や不都合が生じることはよくあること。しかし、不便や不都合を克服するための工夫をするか、あるいは回避するために挑戦自体をやめてしまうか、長い目で見てどちらがより良い結果をもたらすのか、よく考える必要があります。これは国の政策に限らず、企業や個人にも当てはまることでしょう。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.326(2017年10月1日発行)」に掲載されたものです。

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