コラム

Eis園長先生の教育談議

馬鹿の大足、のろまの小足、ちょうどいいのが俺の足

2010年の新年は日本で迎えました。家の中だけではなく街もテレビも旅先でも全てお正月です。その中に居ると世界中が同じように新年を祝っているような錯覚に陥ります。逆にシンガポールでチャイニーズニューイヤーを迎えている時に日本に電話をすると、何の祝いもしていないことが不思議に感じてしまいます。

誰もが自分の価値観で生きています。その基準はいつも自分の今までの経験や学んできたことによります。自分の価値観を持つことは非常に大切なことなのですが、他人も同じ価値観で生きているような錯覚に陥るところに、怒りや落胆、争いが生まれてくるように思います。逆に相手の違う価値観に尊敬を持って理解をしようと努力することによって今まで思いもしなかった、新しい考え方や広がりが生まれるように思います。

難しいのは、自分の決めたことを否定されたり変更されたりしてしまうと、自分自身が否定されたような気持ちになり、物事の良し悪しよりも自分の言ったことを通そうと意地になってしまうことです。こうなるとより良い結果は期待できません。幼稚園でも家庭でも自分が偉いと思った瞬間に議論の目的がわからなくなります。もちろん、妻や先生方に間違いを指摘されたり反対されたりすることは、気持ちのいいものではありません。しかし、そのつまらないプライドを捨て、目的を常に明確にしていくことが責任者としての仕事なのだと思います。

「馬鹿の大足のろまの小足ちょうどいいのが俺の足」自分中心の驕り高ぶった心を戒める言葉だと思います。人の意見に素直に耳を傾けることが出来れば自分だけでなく周りの人も生かすことが出来るのです。

イーズはたくさんの人種の先生方がいます。育った環境も、宗教も全く違う先生同士が一つの目的、「子どもたちの今と未来をどうしたら幸せに出来るのか」に向かって努力をしています。自分の価値観は非常に狭くほかの価値観を受け入れにくいということを自覚し、価値観が違うことに喜びと尊敬を感じられることが何よりも大切なのだと毎日自分に言い聞かせないといけないのだと思います。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.161(2010年02月01日発行)」に掲載されたものです。
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