小学校の低学年の頃、家族で食事に行った時のことです。知らない人が障害を持った姉の姿を見て、「変な子だなー。」「だめよ、そんな事言っちゃー。かわいそうなご家族なのだから。」その言葉が私の心を突き刺しました。「姉は変な子で、うちはかわいそうなご家族なんだ。」でもその瞬間です。父が「バカは何もわかりゃしないんだ。放っておけ。」父のきっぱりとした言いっぷりにほっとしたことを覚えています。
ばか、まぬけ、のろま、変な奴、おかしいんじゃないの…。無神経な一言で人は深く傷つきます。特に自分が気にしていることを言われた場合のショックは大きなものです。言葉には人を勇気付け幸せにすることも出来ますし、人を死に追いやる程傷つけることも出来ます。自分のことよりも子どものことを言われるとショックはとても大きなものです。それだけ親は子どもに対して冷静でいられないのです。冷静でいられないと多くの人は悪い方へ悪い方へと引きずられていきます。嬉しい言葉よりも、悲しい言葉、聴きたくない言葉、傷つく言葉にばかり気が行ってしまいます。しかし、その言葉の殆どは考えの無い自分勝手な、取るに足らないものが殆どなのです。
分かっているのですが、気になって落ち込んで更に気になるのです。自分の傷つく心に目が行くとどんどん不幸の渦の中に巻き込まれます。抜け出す方法は子どもが幸せになるためには今どうしてあげることが一番良い方法なのか一生懸命考えることです。ほかの子どもとの比較では答えは見つかりません。今と未来がどうすれば幸せになるか、真剣に考えて欲しいのです。子どもを幸せにする為につまらない意味のない言葉とらわれている暇は無いのです。目的は子どもを幸せにすることです。それ以外のことは意味が無いのです。
幸せに生きていくためには、聴くべき言葉を厳選する必要があります。つまらない言葉に囚われていると聴くべき大切な言葉を逃してしまいます。生きる目的は幸せに暮らすことです。そのために、きっぱりとした態度で聴くべき言葉と、そうでない言葉をきちんと選別し、親がまず心豊かになり、子どもを幸せになるように、目的意識をしっかり持って育てていきたいものです。
文=峯村敏弘(Eisインターナショナル プレスクール園長)
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