コラム

Eis園長先生の教育談議

元気を与える人、奪う人

数時間前からいつもの偏頭痛に悩まされてベッドで横になっていました。その時に電話のベルがなり、妻が電話に出ていました。数分後「加藤先生から電話。」と妻の呼ぶ声。寝ちゃったって言ってくれればいいのにとぶつぶつ思いながら電話を代わりました。電話の向こうからは懐かしいとても元気な声。用件が終わり電話を切った後、妻に「先生は本当にいつも元気だね。いつも元気をもらう気がするよ。」と話をしていると、妻に「頭痛はどうした。」と聞かれすっかり痛くなくなっていることに気が付きました。加藤先生は70歳を過ぎてもいろいろな人のために日本中を講演に相談に走り回っています。その合間に剣道八段を目指し日々修練を重ねている、少々変わった牧師です。いつもお会いする度に、新鮮さとエネルギーを頂きます。どこからそんな力が湧いてくるのか、とても不思議です。一方、会ったり話したりすると元気を奪われる人がいます。元気が無かったり、不機嫌であったり、元気であっても自分勝手でいい加減なことばかり言っている人といると一緒にいるととても疲れます。そういう人とはあまり会いたくないものです。さて、どうしたら元気を与える人になれるのでしょうか。加藤牧師の印象を考えて見ました。前向きである。何でも楽しんでいる。謙虚である。考えが柔軟である。他人を強制しない。信念を持っている。生きていることに感謝している。信じるものを持っている。自分を大切にしている。無理をしていない。他人の為に役立とうとしている。等々です。この中でもっとも大切なキーポイントは他人の為に役立とうとしているだと思います。それに他の要素が一つでも二つでも加わった時に他人に元気や安らぎを与える力がでるのではないでしょうか。自分のことだけかんがえている人は知らない間に他人を傷つけそれ以上に自分自身を傷つけてしまいます。不平不満ばかりを言っていると他人や自分の元気を奪うだけではなく不幸の種を呼び込んでしまいます。特に他人に対する悪口陰口は自分自身の精神を侵し体調を崩す原因になるように思います。
一人一人が元気を1つずつでも奪って行く社会と、一人一人が1つずつでも豊かな気持ちにしていく社会とでは大きな違いになります。子どもたちに少しでも豊かな未来を残すために、元気を与える人になりたいと思います。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.096(2007年04月16日発行)」に掲載されたものです。
前の記事

Eis園長先生の教育談議トップページ

次の記事

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメント

この記事に関するコメントを投稿

ページの先頭に戻る