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2007年11月19日

ヒンドゥー教におけるシヴァ派とヴィシュヌ派(宗教6)

前回において、バラモン教がより民衆に近い土俗的なヒンドゥー教へと変容していった背景をみてきました。今回はその後、シヴァ神とヴィシュヌ神という性質の異なる二大神への帰依の過程についてみていきます。

 

ヒンドゥー教はいわゆる民族宗教で、特定の教祖や教団といった統一組織はありません。ヒンドゥー教は膨大な数の神々を崇拝する典型的な多神教ですが、その中でも神学上特に重要な神として、宇宙の創造神ブラフマー、世界秩序の維持神ヴィシュヌ、破壊と混沌の神シヴァを三最高神としています。

 
ブラフマー神は、実際の宗教生活の中で礼拝の対象になったり、その崇拝を中心とする宗派が生まれることはありませんでしたが、他の二神の場合は、バラモン教からヒンドゥー教への変容の過程において、徐々にその地位を高め、最高主宰神としてあがめられるようになっていきました。

 
ヒンドゥー教においてはヴィシュヌ派やシヴァ派以外にも、シヴァの妃ドゥルガー女神とその性力(シャクティ)を崇拝するシャクティ派などもありますが、ヴィシュヌ派、シヴァ派がヒンドゥー教徒の大半を占めます。

 
この両派は、互いの神を自分の神より下に見ることはあっても、決して排除しようとはしませんので、両派間の宗教的争いといったものは起きませんでした。このような特徴は、まさにヒンドゥー教的な、包括的性格を表しています。

 
この両派の共通項は、「マヌ法典」に規定されているヴァルナ(カースト)制度と、ダルマ(義務)、カーマ(性愛)、アルタ(実利)という人生の三大目的です。またヒンドゥー教では、解脱(げだつ)へ三つの道を説いており、それは知識(ジャニャーナ)の道、宗教的義務を遂行する行為(カルマ)の道、そして信愛(バクティ)の道です。

 
このうち神へのバクティ(信愛)が、ヒンドゥー教全体の信仰の質を大きく変えるキーワードとなっていきました。バクティとは、もともと夫と妻のような、契約や約束によらない人間同士の信愛を示した言葉であり、これを神との関係にまで拡大し、最高神に帰依すれば最高神の恩寵によって救われるとしたのが、中世以降に興ったバクティ運動です。このバクティ運動はヒンドゥー教の主流となり、その主たる担い手になったのが、ヴィシュヌ派の信徒達でした。

 

ヴィシュヌ神は、「温和」と「慈愛」の神です。元来は太陽神で、全宇宙(天界)を三歩で歩いたといわれています。そして各地域で親しまれ、尊敬を受けていた10の神々を、己の化身として取り込むことで、その信徒数を増やしていきました。その中で最も有名なヴィシュヌの化身が、クリシュナです。ちなみにブッダもその化身の一つです。ヒンドゥー教でブッダは、ヴィシュヌの化身の一つとして、「神々の敵を迷わせ破壊するために、異教を説く者」として挙げられています。そしてブッダガヤ等の仏蹟も、ヒンドゥー教徒の巡礼地に加えられています。

 
この慈愛の神ヴィシュヌに対し、シヴァ神は荒ぶる神であり、破壊神といわれ、破壊・死と創造・生殖を同時につかさどるヒンドゥー教の主要神格です。そしてリンガ(抽象化された男性性器)が、シヴァの象徴とされています。シヴァ派はシヴァを最高神とした信仰のグループで、苦行、呪術、祭礼、踊り等を特色とし、比較的社会の下層階級に浸透していきました。シヴァは非アーリア人の神であり、バラモン達は最初はその礼拝に反対していましたが、次第に信仰されるようにもなっていきました。

 

 

12世紀には新たに分派として、ヴィーラ・シヴァ派が登場しました。同派はリンガを身に着けたことから、リンガーヤト派とも呼ばれました。今日多くのヒンドゥー寺院では、このリンガがヨーニ(女陰をかたどったもの)の上に立ったものを本尊として祀っています。インダス文明にまでさかのぼる性器崇拝と結びついたシヴァ神への帰依は、まさにインドの精神風土の最深層部に根ざす、信仰の有り様といえます。

 
現在インドでは、ヴィシュヌ派の信徒数はシヴァ派のそれを上回っています。

次回はインドの政治第6回目で、90年代半ばに行われた第11回総選挙あたりからの政治情勢について示します。

文=土肥克彦(有限会社アイジェイシーauthor

福岡県出身。九州大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。東京本社勤務時代にインド・ダスツール社と協業、オフショア・ソフト開発に携わる。
2004年有限会社アイジェイシーを設立、ダスツール社と提携しながら、各種オフショア開発の受託やコンサルティング、ビジネス・サポート等のサービスで日印間のビジネスの架け橋として活躍している。
また、メールマガジン「インドの今を知る! 一歩先読むビジネスのヒント!」を発行、インドに興味のある企業や個人を対象に日々インド情報を発信中。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.110(2007年11月19日発行)」に掲載されたものです。

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