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2008年3月3日

梵我一如の思想(宗教7)

今回は宗教の7回目で、梵我一如(ぼんがいちにょ)という思想について示します。
ヒンドゥー教の母体となったヴェーダ宗教は、紀元前800年以降、宇宙の最高原理ブラフマンや、個人の本体アートマンを説く「ウパニシャッド」の教説に次第に取って代わられていきました。ウパニシャッド哲学では、良い業を積み、輪廻することのない(生まれ変わらず、死ぬことのない)境地に達し、ブラフマンとアートマンが合一する事が目的とされます。仏教の始祖ゴータマ・ブッダもウパニシャッドから強く影響を受けたとされています。

 
自分たちの経験的現象として見えたり聞こえたりする事でなく,神などそれ自体超自然的なものに対する思索や議論が大好きなインド人は、はるか紀元前から宇宙の本質について、深く考えてきました。例えば宇宙はどのような空間的な広がりを持っているのか、宇宙を成り立たせている素材は何か、神と宇宙との関係はどうなっているのか、宇宙の本質とは何か……などについてです。

 
これらの問題に対して、後々まで絶大な影響力を持った支配的な名解答となったのが、宇宙とはブラフマン(梵(ぼん))という答でした。ブラフマンは、もともとバラモンの祭祀でたたえられていた賛歌や祈祷句を意味していました。しかしそこから発展して、ブラフマンは宇宙を成り立たせている根本原理、宇宙精神の本体とみなされるようになっていきました。

 
このようにブラフマンはまず宇宙の本質を表す抽象概念として登場し、やがて人格神ブラフマー(梵天)へと変貌していきました。ブラフマーは宇宙の始まりに姿を現し、自らを原因として森羅万象を生み出す創造神ととらえられるようになっていきました。
この大宇宙に相当するブラフマンと対をなす概念としてはぐくまれていったのが、小宇宙としての「アートマン(我)」です。アートマンは元来命を成り立たせている「気息」を意味していました。この気息感が発展し、やがて気息を自分自身の実態、すなわち「自己」とみなす思想がウパニシャッド(奥義書)の哲人たちの間で生まれ、アートマンがその意味を担うようになっていきました。

 
こうして大宇宙の本体としてのブラフマン、小宇宙(人間)の本体としてのアートマンという考え方が成立すると、次にはこの両者を総合し、一元化するという、哲学的・神学的課題が生まれました。

 
これに答えてウパニシャッド哲学は、「アートマンはブラフマンである」、すなわちブラフマンとアートマンは本質において同一のものであるという梵我一如説が説かれていきました。

 
「ウパニシャッド」ということばは、異なるレベルのものに潜む同一性を感得する「同置」という意味でも解釈されています。
ヒンドゥーの教説では、人間が死後にたどる道は2種類あるとされています。
ひとつは解脱してブラフマンに帰一し、永遠に一体化する道で、もうひとつは何らかの生き物の姿をとって現世に生まれ変わる道で、これは初期の輪廻感です。

 
人間がブラフマンと一体化できるのは、人間の内なる本質は不死不変のアートマンであり、アートマンとはブラフマンに他ならないからです。この考え方は人間を被造物とするキリスト教とは根本的に異なっているものです。
ヒンドゥー教は、人間を「小さな神」とみなしているのです。
ところが小さな神であるにもかかわらず、ほとんどの人間は実際にはブラフマンと一体化できず、輪廻転生を繰り返しているのです。それは人間は自分の実態がアートマンであると悟らず、実体のない自我を自分自身と思い込んでいるからです。したがってブラフマンと一体化できる梵我一如を実現する方法が、何にもまして熱心に追求されるべき課題となっていくのでした。

 
瞑想によってこの真理・事実を体得することにより、ブラフマンとアートマンが究極的には同一であるということを学び取った者が、梵我一如による「輪廻転生」から解脱でき、安心立命する事が出来るという教義に発展していったのでした。この「梵我一如」思想は、ヒンドゥー教の基本概念のひとつであり、以後宇宙論を含めたインドのさまざまな宗教、思想潮流に最大の影響力を及ぼしていくことになっていきます。

文=土肥克彦(有限会社アイジェイシーauthor

福岡県出身。九州大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。東京本社勤務時代にインド・ダスツール社と協業、オフショア・ソフト開発に携わる。
2004年有限会社アイジェイシーを設立、ダスツール社と提携しながら、各種オフショア開発の受託やコンサルティング、ビジネス・サポート等のサービスで日印間のビジネスの架け橋として活躍している。
また、メールマガジン「インドの今を知る! 一歩先読むビジネスのヒント!」を発行、インドに興味のある企業や個人を対象に日々インド情報を発信中。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.117(2008年03月03日発行)」に掲載されたものです。

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