シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP第5話:安全な航海のために

Vessel Manager 令官の海事点描

2015年3月2日

第5話:安全な航海のために

「大海原を駆け抜ける」とはよく言いますが、どの船も思い思いに航海していては、いくら海広しといえども衝突してしまいます。また、太平洋の真っ只中で船が故障してもJAFのようにすぐに助けが来ることはなく、船にある部品で船の乗組員が修理せねばなりません。そして、そのような事態をなるべく避けるためにも、定期的に船をメンテナンスしていく必要が出てきます。船の安全を保つことはとても重要です。そしてそこには色々な人々の支えがあります。

 

船の安全を守る国際法

船にまつわる国際法は多々ありますが、安全に関係する法律は、ICLL(国際満載喫水線条約)、SOLAS(海上人命安全条約)、そしてCOLREG(国際海上衝突予防規則)などが代表的です。船がひっくり返らないように(復原性を保つ)、また沈んでしまわないように、これらの法律では、荷物に積載の制限を設けたり、船の構造や備えるべき機器などのハード面での規則を設けたり、船が航海できる範囲や万が一衝突しそうになった際にどのように回避するかなどを規定しています。また、海難事故の原因は、船のハード面だけではなく人的要因によるケースもあります。そのため、STCW(船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約)も制定されています。
さらに、船の安全に加えて「海の安全」も守るべく、船から一滴の油もこぼさぬように、MARPOL(船舶による汚染の防止のための国際条約) の法の下、環境に配慮した運航がなされています。

 

安全を支える乗組員

船は基本的に荷物の積み下ろし以外は毎日広い海を航海しています。これを支えるのが本船の乗組員です。外航船(国際航海に従事する船舶)には22〜25人程度の乗組員が乗船しています。乗組員は操船、積荷管理を主とする「航海系(デッキ系)」と、船を動かすあらゆる機器整備を主とする「機関系(エンジン系)」に分かれています。「船を止めずに安全に運航する」というシンプルかつ容易ではない命題のために、総指揮官である船長の下、毎日がんばっています。
船は大型になると船長300m級にもなります。長さは東京タワーと同じぐらいにもなる大型の船をこの少ない人数で管理するために、それぞれの乗組員が役割分担をし、船の操船、積荷管理、設備や機器のメンテナンスを計画的に行っています。
この乗組員を陸側から技術的にサポートするのが、船舶管理会社の「Vessel manager」もしくは「Superintendent」と言われる人々です。本船のメンテナンスで足りなくなった部品の手配をしたり、もしも不具合が起こってしまった時には修理業者や機器メーカーに連絡を取ったりして、問題の早期解決に導きます。
一方、適切な乗組員の確保、配置、また時に乗組員の家族も含めたケアを行う「マンニング」の部署も、故郷から遠く離れた乗組員が業務に集中出来るようサポートし、安全運航の一翼を担っています。

 

定期メンテナンス

毎日のメンテナンスも大切ですが、船を停めなければできないメンテナンス、また大掛かりなメンテナンスのために、船は通常2年半毎に「ドライドック」と言われる定期メンテナンスを行います。Vessel managerやSuperintendentが、担当船の船齢(船の竣工後の経過年数)や、その時点での船の状態に応じたメンテナンス内容を決定(ドックスペック作成)します。またそれと並行して船をメンテナンスさせる場所(造船所)を探し、整備を実施する機器メーカーに連絡をしてサービスエンジニアの手配や部品の手配を行います。ドライドックでは造船所や機器メーカーのサービスエンジニアがメンテナンスを行い、Vessel managerやSuperintendentは工事監督として工事の進捗管理、また事前に見つけられなかった発見工事にも臨機応変に対応し、船が次の2年半を事故なく航海できるようにケアします。
この他にも、船舶保険部門(会社)や本船のナビゲータ役となる「本船オペレーター」等々、船の安全は、実に様々な側面から色々な人に支えられています。船の乗組員はわずか20数名ですが、その他にさまざまな人の思いを乗せて、今日も安全な航海を続けているのです。

 

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アムステルダムに入港するコンテナ船=船上から乗組員撮影

文=令官史子(れいかん・ふみこ)

日本郵船グループのNYK SHIPMANAGEMENT PTE LTDでVessel Manager(船舶管理人)や就航船管理の業務にあたっている。2013年の来星までは、約9年間新造船業務に携わった。
九州大学工学部船舶海洋システム工学科卒業、同大学院都市環境システム工学専攻。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.275(2015年03月02日発行)」に掲載されたものです。

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