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2008年11月17日

ストリートファッション発、次世代起業家のゴッドマザーへ

77th Street Pte Ltd CEO エリム・チュウ氏

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教育熱心な国民性は知られていても、シンガポールの若者事情にスポットがあたることは少ない。ヒップホップ、ロック、オルタナティブといったストリートカルチャーを愛する若者達はシンガポールにも健在で、近年は特にその存在感を増している。長きに渡ってそんな彼らの頼れる姉貴分であり、表舞台では起業家のオピニオンリーダーとして知られるのが、77th Street のCEOであるエリム・チュウ氏である。

 

今年2月、2010年の第1回ユースオリンピック開催地がシンガポールに決定したことは記憶に新しいが、招致のためのマーケティング活動をスポンサーし、国を挙げての歓迎ムードをアピールすることで招致実現を果たした立役者のひとりでもある。次世代のシンガポールのために欠かせない存在であるチュウ氏が、その影響力を築いたプロセスをアジアエックスに語った。

 

「77th Street」シンガポールストリート文化の元祖

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ヘアスタイリストとしてキャリアをスタートしたチュウ氏は、1988年に6m2程のセレクトショップ「77th Street」をファーイーストプラザに構えた。ロンドンでパンクロック系の衣服やアクセサリー、ドクターマーチンの靴などを目利きの妹が買い付け、チュウ氏が店頭で切り盛りをするうちに、その評判を聞きつけてストリートファッションを扱う店が多く集まり、ファーイーストプラザが、みるみるうちに10代、20代の若者達のファッションメッカとなった。77th Streetは、シンガポールのストリートファッションやスケーターファッションの元祖であり、島内に14店舗を持つ現在もトレンドセッター的役割を果たし続けている。

 

「最新のストリートウェアを紹介しながら、そこに多様なアクセサリーや、スケートボード、音楽などを組み合せて、ユニークな77th Streetスタイルを提供してきました。また、我々には、ブランドとしてだけではなく、独自の77th Streetのカルチャーがあります。過去20年間、若者の価値観を共に体現してきたことが、ビジネスの成長に繋がったと思う」と、チュウ氏は語った。

 

海外戦略にも積極的で、昨年は、中国の北京市に400,000sqfもあるショッピングセンター「77th Street Plaza」をオープンさせた。週末には若者を中心に50万人もの人が訪れるという西単(シーダン)にあり、世界各地から集められた最先端のストリートファッションのショップや飲食店など、77th Streetならではのコンセプトで中国の若者にライフスタイルを提案する場として人気を集めている。77th Street Plazaを実現する過程には,何度も泣かされ大変な苦労が伴ったといい、大手出版社のガイドブック等に北京のランドマークとして記されるようになった現在、「やっと公に取り上げてもらえるようになった。苦労の後には、これくらいのご褒美があってもいい」と嬉しそうに掲載ページをめくった。

 

「Get A Life (自分の人生を掴め)」若者の成長と共に

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「77th Streetは、若者のファッションリーダーとなるだけでなく、彼らの心を支える存在でもあった。まだ店舗数も少ない80、90年代は、たくさんのファーイースト・キッズ(※ファーイーストプラザに集う若者のこと)が私のところへ泣きつきに来たものです」と、当時を振り返る。

 

これだけの規模にビジネスが拡大した今でも、氏は形を変えながら街に溢れる若者達との繋がりを大事にしている。77th Streetコミュニティーが成り立つウェブサイトや、「Get A Life」会員システムを全77th Streetショップに導入したのもそのためだ。会員になると、会員割引、買い物の際のポイント制度などが利用できる他、気になるイベント情報、チュウ氏が得意とする若者向けの起業家養成セミナー等の教育プログラムの情報も得られるというもの。現在10代から30代半ばの10万人を超える会員を持ち、そのデータベースの大きさには驚かされる。ユースオリンピック招致のための広報活動や学生ボランティアを募ることにもそのネットワークが活かされて来たという

 

また、『My Voice』という若者達の手記を集めた本も二冊出版した。「自分の肩を貸す代わりに、彼らが心に秘めて語ることのなかったこと、内面の声を書いてみることをすすめて出来た本です。その声がより多くの人々に届くことを祈って」とそのねらいを明かした。

 

それらを通してどれだけの若者の心が励まされて来たことだろう。そして、これらのことは、氏のアイディアで生まれたことのほんの一例にすぎない。

 

次世代へ、社会起業家のすすめ

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「起業家ですから、自分には常にたくさんのアイディアがある。それを形にしてくれる執行役の良いパートナーを探し出すことが鍵になります」と、自分には決して1日24時間以上あるわけではないし、やはり経営者として一番頭を悩ますのは人材の問題だとチュウ氏は言う。77th Streetのビジネスが海外市場へ進出を果たす中、ITシステムのアップグレードが必要なのと同様に、経営管理をするスタッフも世界的視野のあるふさわしい能力を持った人材がタイムリーに求められる。「ビジネスを拡大し成功するためには、ビジネスを支える資金、ビジネスを築く人材、そして、ビジネス展開のためのネットワークが必要だと実感しています。どれが欠けてもいけない」と語った。

 

起業を積極的に奨励するシンガポールで、チュウ氏の国内外での活躍は常に注目されてきた。2001年にシンガポール中小企業協会(ASME)から年間最優秀女性起業家賞を受賞して以来、2004年には、77th Streetがシンガポールブランドとして特別賞を受賞するなど、数々の受賞歴は枚挙にいとまがない。それらの表舞台で注目が集まることによって、チュウ氏は政府や企業を巻き込んで、若者世代のための 産公連携の支援組織や団体を立ち上げ、彼らが抱える問題に挑み、自活の道を拓くなど、リーダーとして数々の施策を打ってきた。今後は既に引退した有能な熟年層を活性化する道も探りたいと意欲的だ。

 

「シンガポールにおいて、様々な企業や個人のチャリティーを総計すると、観光産業を凌ぐ8億5千万ドルの規模があるといわれています。第五次産業として社会事業が成り立つとされる今、その関心度の高さや影響力を見逃す訳にはいかない。企業利益が何かしらの社会貢献として還元されていくことが常識となれば、よりよい社会が築かれていくでしょう。それが次世代のビジネスモデルのヒントとなる」とチュウ氏は熱く語る。氏自身も、77th Streetをアジアのストリートファッションの代名詞にすることを目指しつつ、ヴァージングループのリチャード・ブラッドソン氏のように、音楽や出版活動等を通して人々のライフスタイルのあらゆる側面に関わりたいというビジョンを持ち、将来は、「77th Street財団を立ち上げ、アントレプレナーのためのトレーニングセンターを運営したり、起業を助けるための助成活動などを行いたい。今後間違いなく伸びて行く社会的事業に多くのアントレプレナー達が関わって行くことを後押しできれば幸いです」と、その夢を語った。

 

それにしても、次々展開する事業への機動力の源は何であろう。氏は、自分は飽きっぽい性分だから、と笑いながら、まずは自分が信じることをやってみる、やりながら学ぶ、そして自分が持つものを人に分け与えることで自分も成長できるという信念があるからだ、と説明した。敬虔なクリスチャンでもある氏は、何に飛び込むにせよ、導かれる手によって、常に自分が守られていることを身をもって知っているからとも付け足した。抜群のビジネスセンスと人間味溢れるチュウ氏が築いてきたものを礎に、氏のスピリッツを受け継いだ社会企業家が数々誕生することを願って止まない。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.134(2008年11月17日発行)」に掲載されたものです。
文=桑島千春

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