シンガポールにおける強制保険

シンガポールで事業活動を行う場合、各種損害保険の手配が必要となりますが、本稿では当地の法律により強制加入となっている労災保険、医療保険、自動車保険(対人賠償責任保険)の3つについて概要を解説します。労災保険、医療保険は労働者(特に低賃金・外国人労働者)保護、また、自動車保険は被害者救済の観点から、各種法律にて規定された強制保険です。当地で事業活動を行う方々の一助になれば幸いです。
 

労災保険

 

　一方、労災保険の加入が義務付けられていない被雇用者に事故が発生した場合も、雇用主にはWICAに従った補償が義務付けられています。なお、シンガポール政府は2019年9月に現在のWICAを改正することを決定しています。2020年1月から補償額を引き上げるほか、罰則の強化、2020年4月から2021年4月にかけて保険の加入が義務付けられる被雇用者を2段階で拡大、2020年9月からは被雇用者が労災により取した疾病休暇などの報告を雇用主に義務付けるなどの改正を予定しています。
 
(注1)肉体労働者とは、cleaners(清掃従業員)、construction workers(建設労働者)などを指し、また、工場勤務の非肉体労働者とは、clerks(事務職員)、receptionists(受付係) などの事務系労働者を指します。
(注2) 月例給与=年間分の月例給与に残業代、賞与(毎年コンスタントに支払われるもの)、諸手当を合計した金額の12分の1にあたる額(交通費、雇用主のCPF(Central Provident Fund/中央積立基金)分担金 は除く

※WICAに関する詳細はシンガポール政府のウェブサイトをご覧下さい。

補償内容

以下の補償内容は2019年9月現在の情報です。

休業補償

入院が必要な場合は60日を限度、入院の必要がない場合は14日を限度として、休業日数に対し給与の全額が支払われます。上記期間を越えて休業する場合は1年を限度として、給与の2/3が支払われます。

後遺障害

労働能力の喪失程度(補償テーブル)に従い補償額が異なります。補償額は最大額26万2,000Sドル/最低額8万8,000Sドルとなりますが、完全喪失の場合の補償は、上記の金額より25%割増となります。

死亡

補償額は、補償テーブルに従い最大額20万4,000Sドル/最低額6万9,000Sドルとなります。
 

医療保険(外国人労働者向)

　Employment of Foreign Manpower Act を準拠法として入院や手術時などの治療費を補償する保険(風邪などの通院は対象外)で、Work Permit、S-Pass保有の外国人労働者向けに1名あたり最低年間1万5,000Sドル以上の入院・手術を補償する医療保険の手配が義務付けられています。
 
　治療費の補償対象は、部屋代・ベット代、入院諸費用、医師回診料、手術費用、専門医診察料、X線診断料、緊急治療費、救急車代、入院・手術後の治療費となります。
 

自動車保険

　Motor Vehicles (Third Party Risks & Compensation) Act 1960を準拠法とし、自動車保険の「対人賠償責任」の加入が義務付けられています。シンガポールでは日本と異なり「自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)」が存在せず、自動車保険の「対人賠償責任」が日本でいう自賠責保険の代わりとなっています。シンガポールの自動車保険では対人賠償のみを購入するケースは稀で、強制保険の対人賠償に対物賠償及び車両の自損事故もカバーする包括保険(Comprehensive Policy)を任意補償として手配しています。
 
　自動車保険の主な補償内容は、強制保険の対人賠償が無制限、任意保険の対物補償が500万Sドル、搭乗者死亡・後遺障害が10万Sドル~1万Sドル、傷害治療費用が1,000Sドル、車両補償が市場価格で手配されることが一般的です。
 
　今回、本稿ではシンガポールで事業活動を行う場合、手配が義務付けられる強制保険の概要を解説しました。11月号では、自動車保険の商品の特徴と自動車事故について説明します。

 
大下 純佳（Ayaka Oshita）
MSIG Insurance (Singapore)Pte. Ltd.
 
広島県出身。2012年 、三井住友海上火災保険(株)入社 。2019年 4月よりMSIG Insurance (Singapore)Pte. Ltd.に赴任。同社は、三井住友海上火災保険(株)のシンガポール現地法人であり、前述の強制保険の他、企業向けの火災保険、第三者賠償責任保険、貨物保険など、また、個人向けの火災保険、傷害保険、海外旅行総合保険などを取り扱っている。