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スペシャルインタビュー

2019年9月25日

和フレンチの『Lewin Terrace』6年間の軌跡― 当地外食産業の光と影

「新たなモチベーションは既にある」

 「和フレンチ」のレストラン『ルーイン・テラス』が​2019年​8月末をもって閉店した。市街中心地ながらフォート・カニング・パークに隣接した閑静な場所に居を構え、洗練かつ瀟洒(しょうしゃ)な内装をモチーフに2014年に開店。当初から地元の老舗雑誌の一つ星を獲得するなど高い評価を得ていただけに、地元ファンも驚きを隠せない。今回、当地を撤退するに至っての心境、この地で外食産業を営む厳しさや課題など、元ダイレクターの嶋宏祐氏に話を伺った。
 

 
―今回の撤退について、決定打は何だったのでしょうか。
 
 まずは契約満了。あとは環境ですね。店を出てすぐのところでずっと工事が続いてる。また新たなビルを建設する計画もあるとか。こういう環境で続けていくことにメリットはあるのかと。後継者の育成が追いつかなかったのもあります。極端な話、パフォームできる人間がいれば続けた可能性はあったかもしれません。あと時代の流れも変わり、カジュアルでお手頃感のあるお店が出てくるようになりました。我々が来た​2014年時はファインダイニングが台頭し始めた頃。安い価格で回転を目指すよりは、いいモノを提供してお客様に満足をしていただこうと、ファインダイニングで一組一組をしっかりもてなそうと始めました。でもこの数年で「ロブション」に続き、「アンドレ」もクローズ。相互送客、例えば送客ビジネスを入り口として始めていけば、地域に根付いたビジネスを作っていけたかもしれません。ただこれからは企業の機能としての箱で進出となります。他の東南アジア各国への投資をシンガポールからやっていく。レストランとしての箱に固執する必要はなくなりました。
 
―来る前と実際に来た後のビジネスに対するイメージのギャップがあった。
 
 ええ、すごくありましたね。来星したての頃、ランチに​3千円出すっていう感覚が僕になくて、中途半端に価格帯を設定してしまった。「安くていいものを出そう」という日本の精神でやろうとしたのですが…。​3年前から徐々に価格を上げたけど、やっぱり客足は変わらず。日本の価値観で来てその通りにやるのは難しい。日本で学んできたことがあるけど、お客様は日本人じゃない。そこをいかに柔軟に改善できるか。スピードが大事です。
 
 ただ日本のモデルを持って来るだけじゃ何も変わっていかないし、会社はあまり成長しない。僕らの価値をもっと広めることだけを常に考えるべきだと思います。例えば日本はお客様さえ来てくれれば、最高の飯とサービスを用意すると。地道にやって、結果お客様に認知をされて、口コミでどんどん広がっていくやり方。かたやシンガポールは、どんどん宣伝をしていってどんどんお客様に入ってもらう。どっちにお客さんが来るかっていうと、やっぱり宣伝やアプローチが強い方。だからまずは、この日本的な部分を​“ぶっ壊す​”と(笑)。ワールド・グルメ・サミットとか日系の会社があまり参列しないような催しにもどんどん積極的に参加しました。人にも同じことが言えます。採用した日本人スタッフも“こうあるべき理論”になるんですよね。日本だったらこうする、ご予約の処理の仕方などもサービスもこうあるべき!みたいな。だから日本人として守りたい部分とシンガポール人のいい所を取ろうと思い、​数年前に​ハイブリッドな会社にしていくとテーマを掲げました。その頃の僕のブームはもういつも​“ハイブリッドハイブリッド​”(笑)。これからはこれが新しい形になっていくと常に言っていました。そういう意味で自慢できるところは、離職率が低い組織を作ったこと。一般的に半年とか​1年と言われてる中で、うちは​3~5年働いている子がざらでした。あとは本業の結婚式、2018年1年間で160件。一つの会場で​160件は結構な数です。これは日本でもなかなかない。週末、婚礼に特化して、平日はデザートビュッフェやジャズナイト、自治体さんとのコラボ企画をやったりして、認知度をあげていきました。
 
―当地の外食業界の現状、昔に比べてどう変わったと思われますか。
 
 おいしくてリーズナブルな店が増えましたよね。昔に比べて食材が仕入れやすくなったのがあります。来星当初は和牛といったら鹿児島。それくらいしかなかったのが、今や北海道、京都、他にもどんどん入ってきてる。高価ないい食材を提供するために、安い場所を選んで人件費を抑える。そうやって価格を抑えたいい店が増えてきました。そうみると当地の飲食業はめちゃくちゃタフ。これからは特化型でいくのか、はたまた店舗の数で勝負していくか。​5、​6年前に考えた時もきつかったけど、今考えても厳しいな~。だから日系企業がバンバン来てるこの状況がすごい(笑)。来年からワークパーミットもさらに厳しくなります。しかもレストラン対象らしいです。小っちゃい食堂なんかがどんどん増えていくのかな。
 
―当地、今デリバリーサービスがすごい。
 
 3年前​デリバルーからお声がかかって、その時すごくやりたかったんですよ!安くていい店も増えたけど、デリバリーが増えてるからその店に行かなくても家で食べられるという。これから箱を持たないデリバリー専門のお店は増えてくるでしょうね。でも認知度上げるには旗艦店が必要になると思いますし。――そういうのを考えるのも楽しいですね。
 
 こういう時代の潮流をどうビジネスに使っていくか。どうにかしてお店に来させる価値を提供しなければいけない。そういう意味で我々は、一般家庭で提供できない空間とサービス、プラスαで何を提供できるか。今は​SNSの普及で“経験”をシェアする時代。一人一人が媒体。そういう部分をどんどん追求していくとか。そういえば、ヨーロッパで​AIで料理を作る技術を開発してる話を聞きました。​AIに味を分析させて、味を完全に再現して、家でもその店の料理を食べられるようになる。あと今思いついたんですけど、セントラルキッチンで、デリバリーの専門っていうビジネスも面白そう。
 
―“​移動型レストラン”なんて言葉も耳にするようになりました。
 
 そう!現実と空想の世界がかみ合ってきてる。目の前の形にとらわれたビジネスをしないで、創造力を持って一歩先を見ていく。未知の世界で勝負する意識と覚悟を持つ。もちろん意識しすぎたり警戒しすぎるとダメですけど。僕は新しい世界を見たい気持ちがすごく強いし、自分の頭では思いつかない選択肢を選びたい。自分で想像できることにはあんまり興味がないんです。
 
―シンガポールの外食産業の展望についてはどうですか。
 
 僕は霧がかかっていると表現してまして。あくまで私見ですけど。要するに見えない。この読めないことを楽しむ(笑)。究極の効率化を目指している国ですから、すべてがどんどん新しくなって、日本に逆輸入されることも出てくるかもしれません。
 
 この国の人々はシンガポール株式会社のもとでトライアンドエラーをやっているから、流行廃りの切り替えもすごい速い。我々もそれにアジャストしてやっていかないと飲食店として生きていくのは非常に難しい。目線も上じゃなくて、自分の足元をしっかり見ながら行く。どこに足を踏み込んでいるのかしっかり見据える。ここに進出することがメリットに繋がるかどうかは、その先に何を見据えているのかによると思うんです。
 
―進出を考えている人たちへのアドバイスはありますか。
 
 とりあえずお店を出すのではなくて、やっぱり陣頭指揮を経営者自身がとるくらいの覚悟で来る。例えば、会社がパッケージを作ってスタッフがそれを売っていくけど、売れないのはスタッフの能力のせいって、それはちょっと違うと思うんですね。うまくいっていない場合、おそらく経営者が一歩を踏み込んでないから。売れなかった時の想定とそれに対するアジャストは、やっぱり経営者の判断で下してかないと。ラーメン一杯​15ドルを​10ドルで売る事をスタッフは決められない。あとスタッフ側も会社が作ってくれた環境でしか生きられないと新天地ではなかなか難しいと思うんです。まあ僕がこんなことを言ってたら偉そうな話ですよね(笑)。なんかおそらく経営者の方も最初はこう思いがあってこられたはずなのに、結局、中途半端な投資になってお金がどんどん減って、それでスタッフに給料払えないとなったら本末転倒ですよね。
 
―この経験を生かして、今後、どうしていきたいと考えていますか。
 
 すごく抽象的なんですが、ブームを作りたいです。僕が考えたビジネスにみんなが乗っかってる、そんなビジネスを思いついたら楽しいだろうなあ。もう一つは新天地でお客様を満足させるサービスをもっと掘り下げてみたい。でも最後は日本に帰って、海外での経験を日本に還元します。僕が思い描いている最後は、語学学校の経営。しかもその受付にいるおじいちゃんになりたいんです。子供たちが「道」を切り開いていくためのお手伝いというか。
 
 あとシンガポールにはもう一度挑みたい。これはもうたぶん体育会系だから(笑)。ビジネス戦略上でのクローズですが、自分の中では勝ちきってない。形を変えれば勝てるかもしれない。あきらめなければチャンスと機会は絶対ある。新しいモチベーションは既にあります。今も目の前の教会を見て、結婚式のお客様を送迎するビジネスとかその“箱”を探してる。僕、熱くなりやくて、その熱いままゴールにスーッと行くっていうのが自分の持ち味だったんですけど、おみくじ引いたら「今年は動くな」と(笑)。「その流れに身をゆだねなさい」と書いてあった。それから一回止まるっていうことを意識し始めました。いままではブレーキ自体がなかったので、スピードをちょっと落として、今、ようやくブレーキを踏めるようになってきたところです。
(聞き手/内藤剛志、編集/野本寿子)

Profile

嶋 宏祐(しま こうすけ)

Lewin Terrace ダイレクター

1980年9月12日生まれ 拓殖大学政経学部経済学科
アメリカ ワシントン州 Bellevue Community Collage 卒業
2007 年 Best Bridal Hawaii に入社
帰国後、ツカダグローバルホールディングスに入社
海外事業部の営業、国内結婚式場内にあるレストランの立ち上げ、
宴会・婚礼の営業とプロデュースを経験。
2013年に ECPARK PTE LTD に取締役として就任
2014 年 Lewin Terrace の立ち上げから経営全般を担う。

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