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シンガポール星層解明

2019年9月25日

ドンキの拡大がシンガポールの飲食業界に影響するワケ

 相変わらず飲食店の開閉店が日常的なシンガポール。オーチャード界隈だけでも、ジャパン・フード・タウン内のテナントを筆頭に、日系飲食店の閉店も目立っている。個々の事情もあるが、背景には消費者の購買行動への理解不足により、日常使いされるに至らなかった点が挙げられる。本稿では、事例も交えながら閉店の本質的な理由を探ると共に、生き残りに向けたヒントを考察していきたい。

店舗改廃が目立つジャパン・フード・タウン
幕を閉じたジャパン・フーズ・ガーデン

 シンガポールで飲食店の閉店に遭遇することは日常茶飯事の光景であり、実際に飲食店の40%は出店してから5年以内に、28%は出店してから1年以内に閉店している点は、以前に本コラム『なぜシンガポールの飲食店の寿命は短いのか(2018年11月号)』にて考察した通りである。「うまい、やすい、はやい」に加えて顧客体験の優位性が飲食店の成否を握る点は不変の中、店舗の開閉店は相変わらず日常的である。図1に過去約半年の間にシンガポールの繁華街オーチャード界隈で閉店した主な日系飲食店を例示する。2016年7月に、官民ファンドのクールジャパン機構などが出資する日本食店街事業としてオープンしたジャパン・フード・タウン内の各テナント。伊勢丹オーチャード店の4階かつ同じフロアには集客力のあるフードコートが存在するという好立地ながら、そのフードコートとの間の価格差がマイナスに作用しているであろうこともあり、オープン当初のにぎわいを見せることはない。「本格的な日本料理を手頃な価格で提供し、現地消費者への日本食の浸透を図る」ことを目的に4年目の営業に突入したが、すぐ隣で現地系の「焼・すし」なる和食店が連日ファミリー連れや観光客が行列をなす繁盛店となっている一方で、テナントの改廃ばかりが目立っているのは皮肉である。
 

 

 また2016年9月に伊勢丹スコッツ店の地下フードコートの一角にオープンしたジャパン・フーズ・ガーデンは、オープン当初は計5店舗が寿司、天丼、鉄板焼き、オムライスなどの日本食を提供していた。フードコートの価格帯に近づけることで、現地消費者に日常使いしてもらうことを狙っていたが、フードコートのメインの入り口から距離のある視認性の悪い立地が災いとなり、新規客の集客には困難をきたしていたとみる。結果的に、オープンから約2年半後の今年の第二四半期には閉店となり、9月初めの時点で新たなテナントの開店準備が進んでいた。
 

消費者への「適応度合いの差」が寿命を左右
外食はホーカー・コーヒーショップが中心

 上述した2つの日本食店街の事例が暗示する通り、飲食店の立地、メニュー、そして価格帯が、平日や週末、また昼夜でも異なる潜在顧客層の属性や嗜好にフィットしている点が重要なことは言うまでもない。しかしこの点を十分に考慮、応用することなく事業を展開している事例に遭遇することも事実であり、実際に閉店した飲食店と繁盛店の特徴を比較してみると、ターゲットとする消費者の購買行動や消費習慣、食生活に対する「適応度合いの差」が飲食店の寿命を左右しているであろう実態が浮かび上がる。

 

 国家環境庁が今年6月に公表した国民とPR(永住権)保持者のホーカーセンターの利用実態に関する調査結果によると、調査対象者の93.9%はホーカーセンター、コーヒーショップ、そしてフードコートのいずれかを最も頻繁に利用しており、18歳から29歳の若年層においても、ファストフードやレストランではなくショッピングモールなどに入居するフードコートを最も頻繁に利用している(図2)。また5年ごとに政府統計局が実施する家計調査(2017/18年度)の結果を見ても、単価は低いにも関わらず実際にこれらの飲食店フォーマット(形態)における支出額が一番多くなっており(図3)、ホーカーセンターやコーヒーショップが老若男女を問わず現地消費者の生活の中に溶け込んでいる実態が理解できる。

 

 上述した現地消費者の購買行動をどこまで意図的に考慮しているかは定かでないが、当地の和食店の中にはこれらのフォーマットで出店して成功を収めている例が少なからず存在する。アモイ・ストリートのホーカーセンターに店を構える「小料理はやし」は、オーナーやシェフはシンガポール人ではあるが、味わいは日系和食店に比べても遜色なく、昼食時には周辺に勤務するオフィスワーカーの行列ができている。クレメンティのコーヒーショップに2店舗を構える「栗原ミーポック」は、シンガポールに移住した日本人一家がローカルの人気料理ミーポックを日本式にアレンジして提供するという希少性も背景に、今ではメディアにも取り上げられる人気店となっている。低価格ステーキレストラン「ペッパーランチ」は、当地ではフランチャイズ権を持つサントリーグループのSFBI社が40店舗を展開しているが、その内33店舗はフードコート内の小型店舗である。他にもフードコートに積極展開する日系和食店には、和食の大衆化を目指してジェイフォートが運営する「和食五縁」が挙げられる。
 

帰国後に再現されないインバウンド需要
日常使いされるための創意工夫が必要

 さてシンガポールで和食店や日系の小売店舗が開業する際には、その背景として拡大するインバウンド(訪日外国人)の需要が帰国後需要の前提となっている点、すなわちシンガポールから日本を訪問する観光客の間で人気の高いメニューや商品は、帰国後もシンガポールで同様に高い需要が見込まれると楽観的に見積もられている傾向がある。しかし訪日時の購買行動、すなわち「お土産需要を満たす買い物」や、旅行時の特別な雰囲気が前提にある和食店での「体験価値としてのコト消費」は、当然ながら帰国後の日常生活で再現されることはない。

 

 シンガポールも含めてアジア各国からの訪日外国人の間で大きな人気を集めていたチーズタルト専門店PABLO(パブロ)。日本への旅行者に代理購入が依頼できるサイトでも常に高い人気を誇っていたことなども背景に、2017年8月にオーチャードのウィスマ・アトリア内の一等地に出店したものの、それから2年も経たず、今年3月にはセラングーンのNEX(ネックス)内の2号店
と共に閉店している。またジャパン・フード・タウンのオープン当初の目玉テナントの一つであった「獺祭バー」、その閉店跡地にオープンし、おもてなし体験をコンセプトにした割烹料理屋「京都グリルたき」は、「訪日時のコト消費」にはうってつけの飲食店と言える。しかし、フードコートに隣接するオープンスペースが、狙った価値の提供に向いていたかというと疑問符が付く。
 

ドンキは「レストラン一体型店舗」を展開
小売のみならず飲食業界にも一定の影響

 これまで考察してきた通り、シンガポールで飲食店、中でも和食店が数年以上にわたって生き残っていくためには、「うまい、やすい、はやい」の基本的要素と差別化要素となる顧客体験の
優位性に加えて、日常使いができる立地と店舗フォーマット、そして価格帯で現地消費者からの支持を集めていく必要がある。

 

 これらのポイントを上手く網羅する形で積極的な出店を続けているのが日本でドン・キホーテなどを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスが当地で展開するドンドンドンキ(以下、ドンキ)である。2017年12月にオーチャード・セントラルに1号店を開店したドンキは、2020年までにシンガポールで10店舗を展開する目標を掲げており、今年の年末には7店舗目をジュロン・イーストのJCubeに出店する予定である。ドンキに関して特筆すべきは、買い物だけにとどまらず、本格的な食事も一度に楽しめる「レストラン一体型店舗」という新たなフォーマットで当地における「身近な日本のキッチン」を目指している点にあり、今年1月にシティ・スクエア・モールに開店した3店舗目以降は店内にフードコートを併設している。今年
8月にオープンしたクラークキー・セントラル店のフードコートでは、シンガポール初進出となる6店舗のテナントが本格的な和食をリーズナブルな価格で提供しており、オープン直後ということもあるが、フードコートは昼夜を問わず活況を呈している。

 

 ドンキのシンガポールへの出店が、在星日本人や現地消費者の日本の食品や消費財に対する購買行動に一定の変化を与えたことは疑う余地がなく、その影響力はドンキの黄色いビニール袋を街中で目にする機会の多さからも推し量ることができる。そしてドンキの影響力は、今後は当地の小売業界だけではなく飲食業界に対しても増していくことになるとみる。既存または今後出店する飲食店においては、味、価格、立地、サービスの面でドンキのフードコートとのベンチマークが避けられず、いかにドンキと比較した際に顧客体験の優位性を打ち出していけるかが肝要になってくる。また顧客層の大半を占める現地消費者からの支持を集めていくためには、彼らの日常生活の一部として欠かせないホーカーセンター、コーヒーショップ、およびフードコードでの展開も検討に値する点を強調して本稿を締めくくりたい。

 

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山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。
週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

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