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シンガポール星層解明

2019年8月26日

乗り継ぎ需要の創出で飛躍を目指すシンガポール航空

日本への観光促進を目的に、日本政府観光局とシンガポール航空が共同で事業を展開していく協力覚書を締結した。双方の思惑が一致した結果と想定されるが、シンガポール航空にとっては日本市場を見越した次なる一手の布石とも見受けられる。本稿では、今回の取り組みによって訪日外国人の数が増大する素地を検証するとともに、シンガポール航空の戦略が日系航空会社に及ぼす影響についても考察していきたい。

JNTOとSIAが共同で販促活動
「乗り継ぎ」需要の創出は国策

日本へのインバウンド・ツーリズム(外国人の訪日旅行)のプロモーションやマーケティングを行う日本政府観光局(以下、JNTO)は7月18日、シンガポール航空(以下、SIA)と訪日観光促進のための協力覚書を締結した。その中身はSIAが路線を運航するシンガポール、インド、インドネシア、マレーシア、オーストラリアの5ヵ国から日本への観光促進を目的とするもの。両社は今年度に最大4,800万円の投資を行った上で販促活動を実施し、日本政府が掲げる2020年に訪日旅行者4,000万人の達成という目標に向けて今後2年間にわたり共同で事業を展開していくという。

日本を訪問する外国人の数は2011年から右肩上がりで増加しており、2018年は過去最高を更新する3,119万人。2013年からの5年間で約3倍もの規模に成長しており、地方創生や日本経済の活性化に好影響を与えているのは周知の通りである。今回の取り組みでターゲットとする5ヵ国は、訪日外客数(JNTOが毎月公表する日本を訪れた外国人の数)ベースでは中国、韓国、台湾などに次ぐ中位の規模にとどまっており、訪日の需要を新たに喚起することにより、更なる市場拡大が期待される。

またSIAは今年7月現在、東京(成田・羽田)、名古屋、大阪、福岡の4都市へ週77便、子会社のシルクエアーが広島へ週3便、同じく子会社で格安航空会社のスクートが大阪、札幌(台北経由)、成田(台北およびバンコク経由)へ週37便を運航しており、グループ全体で計週117便と2国間の旅客市場の過半を占める。SIAが拠点とするシンガポールのチャンギ国際空港の利用者数は、2018年は過去最高となる6,560万人を記録しており、2030年に予定されているターミナル5の開業後の旅客処理能力は1億3,500万人にも及ぶ。周辺各国からシンガポールを経由して日本を含めた最終目的地に向かう「乗り継ぎ」利用の需要創出は、チャンギ国際空港がアジアを代表するハブ空港の地位を維持する上でも強化が必須であることから、今回のJNTOとSIAの協業はシンガポールの航空行政にも貢献することが期待される。

経由便でのインバウンドが増大する素地
北米路線を意識したSIAのもくろみ

JNTOとSIAの思惑が一致したと想定される今回の協力覚書の締結。それぞれに見込まれる効果とその背景をみていきたい。
まずはJNTO、すなわち日本のインバウンド(訪日外国人)市場に対しては、上位6ヵ国に比べて大きな開きがあるオーストラリア、マレーシア、シンガポール、インドネシア、インドからの訪日外客数の底上げが期待される。シンガポールを除くこれら4ヵ国は、日本と比べてシンガポールとの地理的かつ文化的な結びつきが強いこともあり、シンガポールへの訪問者数が日本への訪問者数を上回っている(図1)。またその旅客需要を背景に、4ヵ国からシンガポールへの定期旅客便の数は、日本向けに比べて圧倒的に上回っている。なお、シンガポールから日本への定期便数は4ヵ国からの日本向けに比べてはるかに多い状況である(図2)。見方を変えると、これらの点は4ヵ国からシンガポール経由での訪日外客数が増大する素地が整っていることを示唆している。

次にSIAへのメリットであるが、大きく3つあると考える。1点目は、4ヵ国発着のシンガポール路線におけるシェアの拡大。SIAがシンガポールと日本間で過半の旅客数シェアを誇るのとは対照的に、シンガポールと4ヵ国を結ぶ路線では地場の格安航空を含む多数の航空会社が運航しており、SIAのシェアも相対的に低い状態にあるとみられる。2点目は、シンガポール発着の日本路線における搭乗率の向上。SIAは昨年12月に羽田路線を1日3便から4便に、今年4月には関空路線を1日2便から3便に増便し、2国間の「旅行需要の増加に応えるとともに、さらなる需要創出に貢献する」ことを狙っている。しかし平日を中心に空席が目立つこともあり、2国間で全体の搭乗率を底上げしていくためには周辺市場を巻き込んだ訪日需要の喚起が欠かせない。3点目は、北米路線での「乗り継ぎ」利用の促進。SIAは、現在シンガポールからニューヨークの2空港(直行便でニューアーク、フランクフルト経由でジョン・F・ケネディ)、ロサンゼルス(直行便および成田経由)、サンフランシスコ(直行便および香港経由)、ヒューストン(英マンチェスター経由)に運航しているほか、今年9月には新たにシアトルへの直行便の就航を予定している。この数年で急拡大する北米路線において採算を取るためには周辺各国からの利用客の獲得が前提となり、今回のJNTOとの取り組みを通して「乗り継ぎ利用での利便性」を訴求したいSIAのもくろみが垣間見れる。

拡大するタイの訪日需要
路線網が需要創出に貢献

JNTOとSIAが具体的にどのような施策を実行していくかは定かではないが、訪日需要を創出していく上で実際に検討すべき点を周辺国との比較を交えて考察したい。今回の協力覚書の対象国ではないタイからのインバウンドの数は、2018年には100万人を超えて東南アジアでは最大、全体でも6位の規模に成長している。その数はタイ(バンコク)から約2時間で到着するシンガポールへの訪問者数をも上回っているにもかかわらず(図3)、タイ発着の日本路線の定期便数はシンガポール路線を下回っていることもあり(図4)、日本路線の運行状況に関心が向く。

実際にタイとシンガポール発着の日本路線を比較すると、興味深い事実が浮かび上がる。SIA子会社のシルクエアーが週3便を運航する広島路線を除き、路線網に違いは無い。しかしビジネス需要が高い羽田および関空路線に関しては、タイ発着は全体の39%を占めるに過ぎないが、シンガポール発着は全体の53%を占めている。また観光需要が高い新千歳路線に関しては、タイ発着はタイ国際航空を含めて週14便が運行されているが、シンガポール発着からは格安航空スクートの週4便にとどまる(図5)。さらにタイ国際航空は、今年10月にはバンコク発着の仙台路線を約5年ぶりに再開する予定であり、大都市から地方へのシフトが着実に進むインバウンドのリピーターを意識した路線網の拡充が読み取れる。SIAは今回の協力覚書の締結に際し、日本国内の交通機関は発達しており大都市から地方への移動は容易にできることから、今のところ日本の地方都市に新規就航する予定が無い旨を明かしている。しかし、冬季のみならず通年で観光需要が存在する新千歳路線において、格安航空スクートの経由便に加えてSIAの直行便を導入して時間に余裕の無い富裕層に訴求する新路線案など、需要の喚起に打ち手が無い訳ではない。

6億人の市場を相手にするSIA
ANAとJALに与える示唆とは

JNTOとSIAの協業がインバウンドの増加に貢献していくことは想定内の話である。ただ、考えを巡らせるべきより本質的なポイントは、前述した「乗り継ぎ利用での利便性」を訴求したいSIAの狙いが日系航空会社に与える示唆にあると考える。例えば北米向けの路線において周辺各国からの利用客を獲得したいと考えるのは何もSIAに限った話ではなく、北米路線を展開する多くのアジア各国の航空会社に当てはまる。実際に、北米8都市に運航する台湾のエバー航空や15都市に運航する韓国の大韓航空は、6億人超の人口を抱える巨大市場の東南アジアから北米に向かう利用客を獲得すべく、シンガポールでも積極的にマーケティング活動を行っている(写真参照)。

一方で、アジア各国の航空会社と同様に多くの北米路線を展開する全日空と日本航空であるが、シンガポールを含めた東南アジアから「日本で乗り継ぎ」をして目的地へ向かう利用客の囲い込みには消極的とみる。数年前にはシンガポールから北米向けの直行便が現在ほど発達していなかったことから、日本や中国などを経由して北米に向かっていた東南アジアの旅行客。しかし今後は、サービスレベルや利便性の高いSIAを利用してシンガポール経由で北米に移動する流れが一層拡大していくとみる。今回のJNTOとの協業はSIA側から持ち掛けられたという点も踏まえ、日本市場の次を見越して北米市場拡大の先手を打ったともみられるSIAのしたたかさに感服すると同時に、日系航空会社の機会損失を憂慮せざるを得ない。


プロフィール
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

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