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2019年7月25日

オネストビーの凋落にみるシンガポール発EC企業の正攻法

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Honestbee to stop food delivery in Singapore, suspend laundry service from May 20; 400 riders affected
ストレイツ・タイムズWEB版 2019年5月15日付)
〈記事の概要〉経営難にあった食料・雑貨、料理宅配のオネストビーが5月15日、料理宅配サービスを同20日に停止するとともに洗濯物の回収・配送サービスも一時停止することを発表。4月末に海外でのサービス停止が発表されていたが、シンガポールでの提供サービスに変更はないとみられていた。

 

 東南アジアを代表するEC(電子商取引)企業として一時はもてはやされたシンガポール発のベンチャー企業オネストビーが経営難に陥っている。買い物代行サービスを中心に、シンガポールを含めて8ヵ国で事業を展開していたが、現在その半分の4ヵ国で事業を停止。本稿では、意外と知られていない日本での展開や、競合企業レッドマートとの事業モデルの違いにも触れながら、資金面で行き詰った理由を考察していきたい。

創業して間もなく8ヵ国で事業展開
資金繰りの悪化で一部の国から撤退

 食品スーパーをはじめとする提携店舗からの買い物代行サービスなどを手掛けるシンガポールのベンチャー企業Honestbee(以下、オネストビー)は、事業展開する周辺各国での一部サービスを停止し、社員全体の10%を削減する方針を今年の4月に発表した。その背景にあるのは、資金繰りの悪化で、実際に今年に入ってから取引業者への支払いが滞っている事例が報道されている。また身売りを検討していることも明らかになり、売却先の候補として配車サービス大手のグラブやゴジェックの名前が取りざたされた。
 オネストビーは、ハーバード大学を卒業した元投資銀行家のジョエル・シングCEOが2014年に創業。2015年7月にシンガポールでサービスを開始して以降、矢継ぎ早に香港、日本、台湾に進出したほか、フィリピン、タイ、インドネシア、マレーシアでも事業を展開していた。2015年10月にはシリーズAラウンドで米ベンチャーキャピタルのFormation 8を中心とする投資家から1,500万米ドル(約16億円)を調達。主力の買い物代行サービス以外にも、料理の宅配や洗濯物の回収・配送サービスを展開していたほか、昨年10月には実店舗をシンガポールに開業するなど事業は順風とみられていた。
 しかし急速な事業拡大に向けた多額の投資で資金繰りが悪化したことを背景に、香港とインドネシア事業は閉鎖、タイのフードデリバリー事業からは撤退、また日本とフィリピン事業も一時停止することに加え、シンガポールでも提携する約1,200のレストランからの料理の宅配サービスと洗濯物の回収・配送サービスを停止することを発表した。さらに共同創業者であるシングCEOは辞任に追い込まれ、後任には前述したFormation 8の共同創業者でもあり、韓国LG電子の創業者の孫であるブライアン・ク氏が就任することが発表された。

日本でも買い物代行サービスを展開
一時停止中のサービスの再開は不透明

 結果的にサービスが一時停止されることになってしまったが、シンガポール発のベンチャー企業としては珍しく、オネストビーは日本でも地道に事業の拡大に努めていた。創業翌年の2015年から2016年にかけて北海道ニセコでサービスの試験運用を開始し、2017年7月からは東京で本格的なサービスを開始していた。同年9月には、東急電鉄と「地域密着型シェアリングエコノミー(移動手段、時間、場所などの遊休資産を他者と共有して有効活用する社会経済的な仕組み)」の確立に向けた包括業務提携契約を締結。東急ストアからの買い物代行サービスを軸にして、短時間労働機会の提供や地元商店街の活性化など、東急沿線地域の活性化に貢献する形でサービスの普及に取り組んでいた。
 2018年に入ってからも事業拡大は続き、3月には食品スーパーのマルエツ、7月には同じくライフの一部店舗における買い物代行サービス、8月には会員制量販店の米コストコ、そして12月には小田急百貨店の食料・雑貨を日本全国(沖縄と離島を除く)に配送するサービスを開始していた。本稿執筆時点(7月中旬)では、オネストビーの日本市場向けホームページに7月下旬以降のサービス再開を検討している旨が記載されているが、実際に再開されるのか、または撤退を発表することになるのか、どっちつかずの状況が続いている。

「アセット型」のレッドマート
「ノンアセット型」のオネストビー

 創業の地であるシンガポールにおいて、オネストビーの主力事業である買い物代行サービスは、同じくシンガポールを拠点とするネットスーパーのRedMart(以下、レッドマート)と競合関係にあった。消費者目線では、インターネット上で食料・雑貨を注文して指定した時間に自宅に配送してもらうという点において、両社のサービスは一見同じように見える。しかしながら、実際には両社のビジネスモデルは似て非なるものである(図1)。
 
 中でも一番の相違点は、フルフィルメント、すなわち利用者が注文した商品をどのような形で自宅まで配送しているかにある。オネストビーは、基本的に「Bee(ビー)」と呼ばれる買い物代行のコンシェルジュが、フェアプライスなどの実店舗で実際に利用者の代わりに買い物をした商品を、別の担当者が自宅まで配送している。一方のレッドマートでは、自社の倉庫に保管された商品を庫内でピッキング・梱包した上で自宅まで配送している。
 一見すると、自社倉庫を構えた上で在庫を抱える「アセット型」のレッドマートは、固定費用や在庫費用が発生することから高コスト構造、一方でシェアリングエコノミーの申し子である「ビー」が買い物を代行する「ノンアセット型」のオネストビーは、基本的に大きな固定費用が発生しないことから相対的には低コスト構造のビジネスモデルであると言える。

矢継ぎ早の海外展開があだに
ハビタットの出店拡大に疑念

 本来であれば低コスト構造であることから、コスト面では優位な事業展開が期待されていたオネストビー。創業からまもなくの間は東南アジアを代表するEC(電子商取引)企業としてもてはやされることもあった同社は、なぜ資金繰りが悪化して経営難に陥ってしまったのか。その潜在的な理由を2点ほど考察して本稿を締めくくりたい。
 1点目は、経営資源に見合わないスピードでの海外展開。オネストビーは、2015年7月にシンガポールでサービスを開始してからわずか6ヵ月以内には香港、日本、台湾に進出したほか、その後も域内の4ヵ国に事業を拡大していったのは既述の通りである。在庫や保管倉庫といった資産を持たない「ノンアセット型」であるがゆえ、各国で主要な小売店やレストランとパートナーシップを構築さえできれば事業を開始できる身軽さが背景にあるとみるが、シンガポールに加えてほぼ同時期に進出した7ヵ国において、限られた人材や資金などの経営資源が最も効率的に活用されていたかは疑問符がつく。また「アセット型」といえども、レッドマートが2011年の創業時からシンガポール市場に特化をして足場固めを図ってきたのとは対照的である。
 2点目は、身の丈と強みとすべきコアなコンセプトに合わない実店舗事業への進出。オネストビーは昨年10月、現金を受け付けない完全キャッシュレス決済、かつ世界初と言われる買い物カートごと自動で決済と袋詰め作業が実施可能な装置などを備えた、次世代食品スーパーの実店舗Habitat(以下、ハビタット)を開業した。開業当初は生鮮食品や加工食品を中心に2万点以上の品揃えとされた食料品の買い物が「メイン」であり、店内15ヵ所のカフェや総菜売り場は、買い物前後の休憩時間における利用や、食材を購入する前に試食をするための「サブ」と位置付けられていた。しかし今年7月の週末にハビタットを訪問してみると、来店客の9割強は食事が目的とみられ、実際に買い物をしている客は1割にも満たない様子である。また本来は主力カテゴリの一つである野菜・果物売場はナイトカバーで閉ざされている始末であった(写真参照)。ハビタットは、シンガポールの主要コンテナターミナルの一つが立地するパシル・パンジャンの工業地帯に立地していることから、平日にわざわざ買い物にやってくる消費者の数は週末を下回ると想定される。またハビタットのフェイスブック上のページでは、店舗周辺に勤務するビジネスパーソンを主な対象に、買い物ではなくランチやディナー目的での来店を促進する投稿内容が目立っており、傍目には小売ではなく飲食事業での収益化を狙っているようにさえ映る。いずれにせよ、当初の想定とは裏腹に、ハビタットは次世代食品スーパーではなく「おしゃれなフードコート」とでも言うべき業態になりつつあるのだが、小売と同等もしくはそれ以上に競争環境が激しい飲食業界において生き残っていくことができるのか、懸念は拭いきれない。
 上述した2点を中心に、オネストビーでは急速な事業拡大に向けた多額の投資が重くのしかかった結果、資金繰りが悪化したことは想像に難くない。しかし今回の資金繰り悪化の報道後においても、今後の主力事業として軌道に乗っているとは言い難いハビタットの開業を、日本を含めた海外市場において目指しているというから驚きである。米国のアマゾンや中国のアリババ集団など、ネット小売業界でトップに君臨する企業が実店舗の展開に乗り出すならまだしも、そうではないオネストビーが主力事業として実店舗の展開を進めて成功する可能性は限りなく低いと考える。創業時のコンセプトであった「商品の売り手と買い手」、「時間がある人とない人」をスマホ上のアプリで引き合わせることで成長してきたオネストビー。一度立ち止まってHonest(率直)に自社のビジネスモデルを見直す必要性を訴えたい。
 

 

プロフィール
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.348(2019年8月1日発行)」に掲載されたものです。

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