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ビジネス特集

2019年4月25日

特集 – シンガポールの 債権回収の実務(上)

 

 

 貸付先が貸したお金を返してくれない、取引先が商品の代金を払ってくれない――。このような経験をしたことはありませんか?どうやったらお金を回収できるのか、具体的な方法はあるのか、考えあぐねている人たちも多いはず。今回は、支払いを受けられていないお金をどうやって回収するか、その実務について特集します。

 

1. はじめに

 事業を行ううえで、取引先から支払いを受けられないという事態はしばしば起こります。商品を買った顧客が、「買った物に欠陥があった」、「支払原資がない」などと主張して支払いを拒んだり、商品納入後に連絡がつかなくなったりした経験は、どのような会社でもお持ちだと思われます。

 

 このような場合、債権者としては債権1の回収に取り組まなければなりません。 支払いを怠っている当事者(債務者)がシンガポール法人やシンガポール居住者であり、シンガポール国内に資産を有しているのであれば、債権者はシンガポールにおいて債権回収を行うことになります。

 

 ここでは、シンガポールで債権回収を行うに当たって検討すべき事項及び取るべき手続を、法的側面から、2回に分けて解説します。本稿(前編)では、法的手続を行う前の段階について述べ、後編では法的手続について述べます。
なお、本稿は、一般的な債権回収に関する情報を紹介することを目的とするもので、以下に挙げる架空の事例を含めて、特定の事案のアドバイスにわたるものではないことを付言いたします 2。

 

2. 債権を有しているか?

 債権者が債権回収を行ううえで、最初に検討すべきなのは、「自らが債務者に対して債権を有しているか?」ということです。
これは自明のことと思われるかもしれません。しかし、ご相談いただくケースの中には、この点が不明確なケースがしばしばあります。

 

(1) 契約の成立

 まず、債権が取引から生じた場合、法的には、その債権は、債権者と債務者との間の契約に基づいて生じたと考えます。例えば、サプライヤーがメーカーに商品を納入し、その代金を請求する場合を考えましょう。この場合、サプライヤーはメーカーとの間の売買契約に基づき、メーカーに対して売買代金請求権を有すると見られます。

 

 では、どのような場合に契約が生じるのでしょうか。

 

 シンガポールでは、当事者間で合意が成立すれば原則として契約が成立し、その合意の形式は問いません。すなわち、契約書にサインすることであっても、ウェブサイト上で「利用規約に同意する」というボタンをクリックすることであっても、請求書を発行して支払いを受けても、又は口頭で合意しても、原則として契約は成立します。

 

(2) 契約・債権の証拠化

 契約が口頭で成立するとはいっても、次項以降の債権回収のステップに進む上では、契約・債権の成立を立証できることが重要な意味を持ちます。
 そのためには、証拠となる契約書やこれに準じる書面(注文書・請書や電子メールのやり取りなど)をできる限り残すことが望ましいところです。

 

【事例 1】

 サプライヤーが展示会に出展したところ、そこで出会ったメーカーの担当者から、今すぐに商品を購入したいとの要請を受けました。サプライヤーは、これまで当該メーカーと取引をしたことがありませんでしたが、メーカーの担当者は誠実そうで、必死に頼み込んできたため、口頭で商品、数量及び売買代金額に合意し、すぐに商品を納入しました。
 ところが、その後、メーカーは、「売買の合意などしておらず、サプライヤーが勝手に商品を送りつけてきたのだ」とか、「たしかに商品納入の合意はしたが、それはサンプルとして無償で引き渡すという合意だった」といった反論をして、一向に支払いに応じません。

 

 事例1は、売買契約が口頭で行われた場合です。真の事実関係からすればメーカーの主張は荒唐無稽ですが、売買契約が成立したことを示す確固とした証拠がないと、このような主張を排除することさえ簡単ではないのです。合意内容の証拠化がいかに重要かということがお分かりいただけるのではないでしょうか。
 もちろん「逐一契約書にサインしていたら、取引が遅れ、その機会損失の方が問題だ」、「相手方との関係を良好に保つためには、契約書にサインするように要求できない」など、様々な事情はあると思います。ただし、取引開始時に相手方との関係が良好であっても、相手方が債権回収の場面で協力してくれるわけではありません。原則として契約書などを作成することとして、取引金額、支払サイト、取引先の資力などに応じて、社内ルール(債権管理規程等)で対応を決め、債権保全をすることが望まれます。

 

(3) 契約内容の検討

 契約書や注文書・請書などを残してある場合には、次に、契約内容を確認しましょう。

【事例 2】

 
 サプライヤーがメーカーとの間で、注文書・請書に商品名、数量及び代金額だけを記載して取り交わし、商品の引渡しをしました。ところが、この注文書・請書には商品の規格についての定めや支払サイトの定めがありませんでした。
 その後、サプライヤーとメーカーとの関係が悪化すると、メーカーは、「最上級の商品の売買のはずだったのに、中級の商品しか納入されていない」と主張して支払いを拒み、それでもサプライヤーが粘り強く支払いを求めると、今度は「支払いは半年先でよいはずだ」と主張しました。

 相手方との関係がこじれて紛争化すると、事例2のように、相手方から様々な主張を受けることがよくあります。このようなリスクを避けるため、契約内容を、法的見地からあらかじめよく検討しなければなりません。すなわち、想定される様々なリスクに対処できるように、約定を精緻に整える必要があるのです。特に、日本など外国の契約書ひな型をそのまま使用している場合や、古くに作られたひな型を使用し続けている場合などには、シンガポール法の下で必要十分な内容となっているかをよく検討すべきです。
 事業上重要な契約については、特に現地の弁護士のレビューを受けることが望ましいところです。また、社内で発生したトラブルを随時共有し、同様のトラブルを予防し、対処し得る規定を契約書に盛り込んでいくようにしましょう。
 泥棒を捕らえて縄をなうのではなく、平時のうちに十分な備えをすることが肝要です。

 

(4) 契約当事者

 なお、契約をする上では、契約当事者、すなわち「誰と契約をするか」にも注意する必要があります。

【事例 3】

 
 ある製紙会社が、シンガポールで様々なビジネスを展開している A 氏から、製品(紙)の購入の引き合いを受けました。
 A 氏は複数の会社を持っており、中でも封筒メーカーであるα社で成功を収めていました。A 氏は、製紙会社に、紙の購入計画やそれを原料とした封筒製造の展望を語り、取引条件などの交渉も行いました。
 製紙会社は、てっきりα社が製品を購入するのだと思い込んでいましたが、契約交渉が概ね終わろうとした段階で、A 氏は、製紙会社に対し、今回の取引ではβ社を契約当事者にしたいと通知してきました。製紙会社はβ社を知りませんでしたが、A 氏を信じてβ社との契約にサインし、製品を納入しました。ところが、支払期限になってもβ社から支払いがありません。調べてみると、β社は、実は、目ぼしい資産のない債務超過の会社だったのです。
 製紙会社は A 氏に支払いを何度も求めましたが、A 氏はのらりくらりとかわすばかりで、そのうちに連絡がつかなくなってしまいました。

 事例3において、製紙会社の認識は「A氏と取引をしている」というものだったかもしれません。また、元々はα社が契約相手方になると認識していたかもしれません。しかし、契約上の当事者はβ社でした。
 この事案で、製紙会社としては、A氏やα社に対して支払いを求めたいところです。しかし、契約相手方はβ社であることから、製紙会社に対して債務を負っているのは、原則として、β社のみです。製紙会社は、特段の事情がない限り、A氏やα社に対して支払いを強制することができないのです。
 仮に製紙会社がβ社に対して訴えを提起し、勝訴判決を得ても、同社に目ぼしい資産がないことから、支払いを受けられる可能性は低いでしょう。このように、事例3の事情下では、債権回収が事実上困難となっています。
 上記の製紙会社の対応を検討すると、まず、債権管理の観点から、β社の財務状態を契約締結前に把握していなかったということが問題です。この情報を事前に把握していれば、支払時期を同時履行や先払いにしたり、十分な担保を取るなどの方策を取れたかもしれません。
 また、製紙会社が、A氏やα社を契約の外に置いてしまったことにも問題があると言えます。契約交渉の段階で、A氏(α社)は実質的に取引の当事者として活動しており、製紙会社は同氏を信用して取引をしたわけです。そうであれば、同社は、A氏やα社に債務保証を求めるなどして、一定の義務を負ってもらうべきだったのではないでしょうか。
 契約相手方の選び方、相手方関係者による保証の要否及び担保の要否についても、社内でルールを定めておくとよいと思われます。
 なお、上記のような問題は、法人と自然人とが法的には別個の主体であることに由来します。これを悪用して、裏で糸を引いている者が、法人というベール(corporateveil)に隠れて責任を逃れようとするケースも問題となることがあります。
 裁判所は、一定の場合、法人という”ベールを引き上げて(ベールを貫いて)”背後にいる者に責任を負わせる判断をすることがあります(Lifting/Piercing CorporateVeil)。典型的には、法人と個人を別の主体と判断することが正義に反する場合です。
 しかし、実際には、裁判所が「ベールを引き上げる」ことを認めるのは、例外的な場面に限られます。したがって、そもそもこのような問題が生じないようにすること、すなわち、実質的に責任を負うべき者が契約上の責任を負うように、契約当事者に含めることが重要です(保証をさせることも含む)。契約をする前に、「相手方が債務不履行をした場合に、誰に対して責任追及をしたいか」を考慮して当事者を選択するとよいでしょう。

 

3. 任意の支払請求

 さて、法的に債務者に対して債権を有していることが確認できたら、次は実際に債権回収のステップに移ります。とはいえ、債権回収のステップといっても、法的手続が常に最善の方法となるわけではありません。事案によっては(むしろ多くのケースでは)法的手続は費用対効果や迅速性の観点から最善の方法ではないことが多いのです。

(1) レターオブディマンド(Letter of Demand)

 相手方が支払いに応じる可能性が残っている場合、まず最初に検討すべきはレターオブディマンドの発行です。これは、弁護士名義による、債務の履行を求める正式な要求書です。日本の内容証明郵便(厳密に言えば、弁護士名義の催告書を内容証明郵便で送付するもの)に似ています。
 レターオブディマンドには以下の記載をすることが一般的です。

 レターオブディマンドの一般的な記載事項
① 債権・債務の特定
② 債権額
 ③ 支払期限
④ 支払わない場合、法的手続を履践することの警告

シンガポールではレターオブディマンドの発行は決して珍しいものではなく、発行にかかる時間や費用も少なくて済むため、多くの債権回収では、この発行が最初のステップとなります。
 なお、日本の内容証明郵便と同様、レターオブディマンドそれ自体に強制力(強制的に債務を履行させる効力)があるわけではありません。しかし、レターオブディマンドを受領した債務者が任意に支払いに応じることがあります。特に債務者がシンガポールで事業を継続する意向がある場合などには、支払いに応じることがあります。

 

(2) 任意交渉

 債務者がレターオブディマンド受領後に支払いをしない場合であっても、これをきっかけに任意交渉が始まることがあります。
 債務者が、債務の存在自体は認めるものの、財務状態の悪化などを理由に支払いをすることができないと主張する場合、債権者は、金額や支払期限について譲歩することで(例えば、分割払い)、できる限り債権回収を図ることが考えられます。
 債権者と債務者が支払計画に合意した場合、両者はこの新たな支払計画(契約)に拘束され、債権者が後から一方的にこれを覆すことはできなくなります。
 支払期限が経過した債権を有する債権者としては、債務全額の支払いを直ちに要求できる立場にいますので、債務者の分割払いの要請に応じる必要はありません。あくまで自らが十分に満足する支払計画に合意すればよいのです。
 例えば、債務者が債権者に対し、1万Sドル(約82万3,700円)の債務を7,000Sドル(約57万6,590円)に減額するよう求めてきたとしましょう。このとき、債権者は、7,000Sドルを回収できれば十分だと考えるかもしれません。しかし、その場合であっても、債権者としては、直ちに減額に応じることには慎重になるべきです。その代わり、「債務者は債権者に対して1万Sドルの債務を負っていることを認める。債
務者は債権者に7,000Sドルを支払う。この支払いが完了した場合には、債権者はそれ以上の支払いを求めない(他方、債務者が7,000Sドルを支払わなければ、1万Sドルを請求する)」といった形で譲歩をすることが考えられます。
 また、分割払いに合意する場合、債権者としては、いわゆる「期限の利益喪失条項」を入れ、債務者が支払計画に違反した場合の備えをしておくことが肝要です。期限の利益喪失条項とは、例えば、「債務者が分割払いを一度でも怠った場合には、債務全額について期限の利益を喪失し、債権者にその全額を直ちに支払わなければならない」といった定めをいいます。
 さらに、債務者に支払計画を遵守させるために、「債務者が支払計画に違反した場合、債権者は法的手続を行うことができ、その場合の費用は債務者の負担とする」という旨を定めることもあります。

 

4. 法的手続に進む前に検討すべきこと

 以上の任意交渉の試みにもかかわらず、債務者が支払いに応じない場合、いよいよ法的手続を検討することになります。
 その前に、改めて証拠資料が揃っているかを確認しましょう。特に債権の発生を直接示す資料、例えば、サイン済みの契約書、申込み及び承諾を記載した電子メール、債務確認書並びに請求書などが重要な証拠となります。
 次に検討すべきは、コストをかけて法的手続を行って採算が取れるかという点です。債務者に十分な資産がなければ、勝訴判決を得ても絵に描いた餅に過ぎず、結局支払いを受けることはできないかもしれません。また、債権が少額の場合、法的手続に要する時間や費用を考慮すると、コストが回収見込額に見合わないということもあり得ます。
 債務者の財産をどのように調査するかについて、決定的な方法はありませんが、以下のような方法により債務者の情報を取得し得る場合があります。
 まず、債務者が法人の場合、ACRAのウェブサイトから債務者のBizFileを確認することが望まれます。ここには、取締役、株主などの情報が掲載されており、債務者の実態を掴む手がかりになる場合があります。また、弁護士に依頼して、債務者が当事者となっている訴訟係属の有無を確認してもらうことも1つの方法です。
 債務者の財産に関して最も重視すべきなのは、多くの事例では、債務者の銀行口座の情報です。これは、債務者がチェック(小切手)により支払いを行ったことがあれば、その記載から確認することができます。
 なお、資産調査のため、調査会社や探偵を利用して調査を行うことも考えられます。しかし、多くの場合には、上記の点以上に有用な情報を得ることができるかが明らかではなく、慎重な検討が望ましいと言えます。

 

(後編に続く)

ケルビン・チア・パートナーシップ 登録外国弁護士(日本国弁護士)瀧口 豊

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.345(2019年5月1日発行)」に掲載されたものです。

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