シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP鶏白湯ラーメンの「八福丸」で「日本のラーメン屋」を貫く流儀

ビジネスインタビュー

2012年2月20日

鶏白湯ラーメンの「八福丸」で「日本のラーメン屋」を貫く流儀

有限会社なんつッ亭 代表取締役 古谷一郎さん

0

1997年に神奈川県秦野市で古谷一郎氏が創業して以来、とんこつラーメン一筋だったなんつッ亭が、「鶏白湯スープ」の開発に敢えてシンガポールで取り組んだのには訳があった。

 

シンガポールでは宗教上の理由でとんこつラーメンを食べられない人も多い。そのことを、2010年4月にパルコ・マリーナ・ベイ3階になんつッ亭をオープンさせたことで古谷氏は身をもって知った。好みの問題ではない別の理由で口にしない人達が存在することに衝撃を受けつつ、そんな人たちにも自分たちが作ったラーメンの味を楽しんでもらいたい、と純粋に思った。シンガポールの人達にいろいろと教えてもらったことを形にしたい、かつ、とんこつラーメンが好きな人にも満足してもらえる味を鶏で作って喜んでもらいたい――様々な思いから、独自の鶏白湯スープを開発。これまでにとんこつラーメンで培った技術やノウハウを駆使すれば、鶏でもとんこつのようなとろみのあるスープができるはず、と古谷氏らが確信した通り、とんこつに勝るとも劣らない、コクとうまみのあるスープが完成した。鶏のほかにも野菜など様々な食材が、スープにはもちろん、トッピングとしても入っていることから、鶏白湯スープのラーメン店を「八福丸」と名付けた。

 

 

海外だからこそ100点満点以上を

古谷氏が熊本で修業して覚えたとんこつスープはやはり九州が本場とされ、独特の臭みを伴うことも多いが、「自分は関東で生まれ育った人間。豚のいいとこ取りというか、臭みがなく、ふわっと甘みがあるようなスープを心がけていて、それが日本でも受けたんだと思うんです。海外は日本と環境も条件も違うんだから80点や90点でもいい、ということではなく、海外だからこそ120点、150点を目指したい」。

 

シンガポールでスープを作っている工場は「小さくて厨房を外に出した程度」というが、自分たちが手作り同然で作った工場で、職人が泊まり込みのような状態でスープを煮ている。今は食品加工の技術が進んでいて、プロ顔負けのおいしいスープも簡単に調達できるものだが、「自分達でリスクを背負ってやっているから、おのずと力も入る。ラーメンに対する思いや気持ちの部分が入るんですよね。ラーメンを食べて、その店主だとかスタッフ達とか、日本のこととか、その背景まで見えるラーメンが作りたいんです。なんつッ亭という名前から『ああ、あのヒゲ面のちょっとイカツイ奴らが作ってる黒いラーメンでしょ』と言われるようになったように、今度は八福丸という名前からあのラーメンだよね、となるようにシンガポールで頑張りたいなと思っています」。

 

八福丸オリジナルの黒マー油は、焼き鳥のねぎまがおいしいことから、鶏の脂とネギのちょっと焦がした部分の相性の良さに着想を得て作られた。赤マー油も単に辛いだけではなく、山椒のさわやかな香りとニンニク、ショウガ、ネギなどの香ばしさが楽しめるものを、と細かいところまで気を配って考え出されたものだ。

 

また、今は個人の身近に起きていることを、フェイスブックやツイッターなどを介してすぐに日本はもちろん世界中に伝えることができて、その逆もまたしかり。情報はあっという間に広がる。しかし、シンガポールの人々にとってはネットで見ているだけだった「日本のもの」が、目の前でライブで見られることに古谷氏は「自分達がシンガポールに出店する意義がある」と考えている。

 

シンガポールでなんつッ亭が評判になるとすぐに、国内での次の展開を期待する声や、インドネシアやマレーシア、タイ、中国など他国からも共同での出店を持ちかけられるようになった。

 

この手の話には、情報の早さに合せるようにスピード感が求められる傾向があるが、「やっているのは生身の人間。僕らの仕事は、すごく器用で本当にやる気がある人間がびっちりやったとしても最低半年はかかる。見た目は同じでも、味の細かいところは必ずブレてくるものですし、お客さんが気付くか気付かないかわからないですけど、反応を見ながら少しずつ変えてみたり、ということは日本でも繰り返しやってきたことで、そんなに簡単ではないんですよね。

 

まずはシンガポールできちんとやることだと思っています。僕たちは本当の日本の『ザ・ラーメン職人』で、ギリギリ昭和のにおいがするというか(笑)、決しておしゃれではなく、だけどなんか一生懸命やってる、なんか礼儀正しい、なんかちゃんとしたものが出てくる、っていう、それが大事だと思うんですね。日本でいうラーメン屋よりもギリギリでちょっといいぐらい、を目指しているんですけど、普段使いができるというか、肩肘張らずに気軽に食べられるのがラーメンだと思うので、そういう店づくりをしたいですね」。

0

 

 

海外に出て気付いたこと

シンガポールに出店してみると、日本では当たり前のようにできていたことが、法律の違いや文化の違いなどでできないことがいくつもあった。かといって簡略化はせず、現地スタッフにいかに納得してもらいながら動いてもらうのかを考えながら、日本でやってきたことを実現できる方法を模索してきた。日本語を話さないスタッフにも何とかわかってもらおうと、一生懸命説明しているうちに、「日本でも、『日本人だからわかるだろう』ではなく、もっと丁寧に説明すれば若いスタッフでもちゃんと動けるだろうな」と気付いた。それで日本でのやり方を見直した部分もあるという。

 

現地スタッフにも、考え方などは古谷氏らと違うとしても、「自分達を見て、『こういう生き方も面白いな』とか『ラーメン一杯にそこまで考えてるの?』とか、最初は意味が分からないかもしれませんけど、一緒にやっているうちに感化されてくる部分ってあると思うんですよね。味も、本当に今はこれが良いと思って、今考えられる100点をやっているつもりですけど、数ヵ月経ったら、その時によって違ってきて当然ですし、やはり進化させなきゃいけない。守るべきところは守りつつ、シンガポールのラーメン好きな方たちを満足させられるようなお店をやっていければと思っています」。

 

原点は「食堂のおかみさん」の接客

古谷氏は、両親が経営する食堂の2階が自宅という環境で育った。「食堂の入り口から『ただいまー』って入って、横の階段を上がって2階の家に上がっていく感じで、僕は毎日おふくろの接客を見ていたんです。出稼ぎで来ている方たちが近所の旅館に泊まっててよく食べに来てくれてたんですが、おふくろは、『○○ちゃん、おかえりー』みたいな感じで迎えてるんですよね。向こうも『おふくろさん、ただいまー』みたいな感じで、仲間を連れてきてくれたり。それって、定食屋のおかみとして一流の接客だと思うんです」。母の接客スタイルは、そのまま古谷氏の接客の原点となっている。

 

ニンニクなど店で無料サービスしているものも敢えてテーブルには置いていない。「お客さんにスタッフをつかまえて聞いてもらったり、スタッフが逆に声をかけて勧めるようにしたら、小さなコミュニケーションが生まれるじゃないですか。スタッフだって、お客さんとのコミュニケーションがあるとやっぱり楽しい。お客さんにとっても、楽しくなくちゃ、おいしくないんですよね。

 

なんか、『しゃべっていいのかな?』みたいな妙な緊張感の中でラーメンすすってるよりも、仲間で『それちょっと食べさせて』みたいなやり取りがあるガヤガヤした雰囲気の方が、昭和の古き良きラーメン屋さんというか。その良さを伝えていくことが、海外にラーメンを持って行く時に価値があるんじゃないかと思うんです。僕たちに与えられた最大の使命なんじゃないかな、と」。

 

 

最後に、古谷氏からアジアエックス読者へのメッセージ。

「八福丸というのは日本では歴史はありませんが、とんこつラーメン一本でやってきた僕たちが作るのは、鶏のいいトコ取りをした鶏の“とんこつスープ”みたいな、とんこつラーメンを好きな方でも全然物足りなさを感じないぐらいのボリュームで、パンチだとかコクだとかが詰まったラーメンだと思っています。味には絶対の自信を持っているので、一人でも多くのお客様に渾身の一杯を食べに来て頂いて、『うまい』とか、『まずい』とか、『もっとこうした方がいい』とか、そんな率直なご意見を聞かせて頂けたらと思います」。

0

 
160 Orchard Road, #01-13, OG Orchard Point, Singapore 238842
TEL:6737-9713
160 Orchard Road Singapore 238842

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.206(2012年02月20日発行)」に掲載されたものです。
取材=石橋雪江

おすすめ・関連記事

シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP鶏白湯ラーメンの「八福丸」で「日本のラーメン屋」を貫く流儀