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ビジネスインタビュー

2019年3月7日

【ホワイトストーン・ギャラリー創業者】白石 幸生さん

日本が誇る戦後美術「具体(ぐたい)」を世界へ発信ー 美術業界全体を活性化すべく戦ってきた「孤高と情熱」の人

 ホワイトストーン・ギャラリーは1967年に銀座で開廊した、日本美術界の先駆者的存在。国内では銀座、軽井沢に展開。近年、台湾と香港にも進出、2018年には香港2店舗を統合した新スペース「Whitestone Gallery」を一等地(H Queenʼs)に展開。日本が世界に誇る前衛アートや現代アートを紹介すべく、国際アートフェアに積極的に参加。隈研吾氏監修による技巧を凝らしたアートスペースが広がる香港、台北ギャラリーは、欧米の強豪に負けずアートシーンの最先端を走ってきた。その仕掛け人、創業者の白石幸生氏に昨今のアート業界、また今後について話を伺った。
 

 

アートステージ開催中止のニュースは、シンガポールのアートコミュニティだけでなく、世界に衝撃が走りました。

 2013年から出展しています。私どもの画廊では『具体』を扱っていたため、田中敦子さんや当時すでに人気があった草間彌生さんの作品を出して欲しいとの依頼が、コレクターからありまして参加を決めました。このアートフェア、実は昨年で終了の噂がありました。理由は分かりませんが運営側の事情があったと察しています。開催2週間前の中止を聞いた時は、本当に信じられませんでした。作品を一生懸命描いた作家の想い、ギャラリーの想い、シンガポールの美術のファンを増やそうという政府の想い、美術館と連動している私たちも含め、展覧会にかける「想い」があるからです。今回会場が当初予定のコンディションと違った形で開催となりましたが、ベストを尽くして展示をしようと決めました。政府主催ならこういった形での中止は起こらないと思いますが、個人個人が行動する中で生まれていくのが前衛芸術だと思えば、コミュニティ主導で力をあわせて新しいフェアという形でやっていくこの動きは、素晴らしいと思います。

 

『具体』とは何ですか?

 1954年大阪で結成された日本の美術グループで、戦後日本の現代美術を代表する『具体美術協会』のことです。敗戦後、「もう学ぶ時代ではない、自分の力で考えて立ち上がる時だ」とオリジナリティを追求し、誰もやったことがないことをするために始まりました。主宰は吉原治良(よしはらじろう)さんと現代美術家で有名な嶋本昭三(しまもとしょうぞう)さんが命名しました。過去にアーティストが使った美術館や画廊で展示することさえも前衛的でないといい、オリジナリティを追及する吉原治良が芦屋の公園で野外展覧会をしたのが始まりでした。嶋本さんはある朝、新聞を濡れた手で触って穴が空いたのを見て、「きっとこれは初めて起こったことだ」と感じ、吉原さんに見せたところ、「これは誠に初めてだ」、と返ってきた。これが彼の第1作となりました。日付入りの古新聞を使っていたこともあり、この作品がイタリアで話題になり、その後嶋本さんはイタリアで大変人気のある作家になりました。

 

『具体』を始めとした戦後美術を代表する一人が今回注目の作家、桑山忠明(くわやまただあき)さんですね。

 はい。アートステージの代わりにシンガポールのアートコミュニティが助け合って同日程で開催した『ARTery(アーテリー)』で彼を紹介しました。ナショナル・ギャラリー・シンガポールの『ミニマリズム』展で今、“黒の空間”をテーマにした展示をされているですが、これは本当にすばらしい空間でした。そこに彼の初期の作品がアメリカの抽象絵画の巨匠Barnett Newman(バーネット・ニューマン)、Mark Rothko(マーク・ロスコ)、Frank Stella(フランク・ステラ)など、何十億円、何百億円の価格がつく錚々たるアーティストと一緒に展示されています。
 
 抽象画は米国で完成してアメリカ人が大切にする表現ですが、アジアを代表するミニマルアートの画家を考えた時に桑山さんの名前が挙がってきたと、キュレーターの方から聞きました。日本のアート業界に携わる者にとって、これは感動的な瞬間でした。もう一点展示されているのですが、日本画からミニマリズム転換時に制作された1960年の青い作品です。桑山さんは東京芸大卒業後、日本画壇の古い体制に疑問を持ち始め、1958年にニューヨークに渡りました。画家には評価を受けるきっかけがありますが、彼は今がその時。長年、草間彌生さんも応援してきましたが、桑山さんは草間さんより評価が高くなると見ています。

 

日本の美術品は、グローバル基準でどうしてこんなに安いのでしょうか?

 今回、シンガポールに来た最大の目的は、日本の作家の絵画の価値が、欧米と比べて100分の1かそれ以下と低い事実に対して行動を起こすためです。日本の美術業界全体のことを考えて、価値を高める活動をしていきたいと思っています。そのために、証券会社と組んで資金調達し、香港ベースのアートファンドを作ります。草間彌生さんやサイトウマコトさんなど戦後美術作家、そして現在注目されている作家を中心にファンドを組む予定で、トータルで数十億規模のファンドレイジングを行う予定です。

 

アートファンドにより、何が変わりますか?

 今回は著名アーティスト30人と組んでファンドを作るんですが、早ければ数年で投資効果があらわれることを期待しています。日本の美術作品の価値が10倍になれば、日本のアート業界全体の評価も大きく変わってきます。『具体』と同時期に活躍したヨーロッパの現代美術のグループ、『グループ・ゼロ』との関係が対等になるでしょう。ヨーロッパとの価格差が10倍で、アメリカだと例えばJackson Pollock(ジャクソン・ポロック:象徴表現主義の代表作家)さんとは100倍の価格差があります。日本のアートの質はとてもいいのに、悔しくないでしょうか?こんなエピソードがあります。ポロックさんが亡くなったとき、書棚の奥に具体美術についての機関紙が見つかったと言われています。彼は、実は日本の具体美術に影響を受けていたのではないでしょうか?
 

白髪一雄/作品名:辛未之夏
サイズ:60.5×72.7cm/油彩、キャンパス

 

台湾と香港のマーケットの違いなどを教えてください。

 
 台湾を“宝の島”と子どもの頃よく歌っていたものですが、現在の台湾は、“アートマーケット”として宝の島。美術(アート)の売り上げは目覚しいものがあります。台湾人の親戚は大体中国本土にいるため、情報の拡散力が強いことが背景にあります。また、不安定な政治状況から、昔ユダヤ人が美術品やダイヤを保持したように、いつでも持って逃げられるものに投資する共通心理があるのではないでしょうか。流通拠点は、低税率の香港です。 現在ギャラリーが入居しているビルはアメリカ、中国、日本の大手が入り観光名所にもなっています。シンガポールにも可能性があります。絵画売買の税制が香港並みに低くなったら、シンガポールでビジネスを展開してもよいと思っています。

 

日本人はギャラリー文化やアートを個人で所有する文化が、欧米と比べて一般的ではない?

 美術館の企画展では人が集まりませんが、ヨーロッパから有名な絵画を持ってきた展覧会を新聞で宣伝すると行列ができます。日本人は、団体行動をしがちで知らない間に自分の意思で行動できない民族になったような気がします。ただ、オークションハウスの歴史を見ると、サザビーズの筆頭株主が日本人だったことがあります。床の間文化から応接間を作るようになり、昭和40年代には絵画ブームが発生して、印象派の絵が売れた時代があります。日本の高度成長期時代は100億円以上の絵画を買った人もいますが、第一次オイルショック、バブル崩壊後の失われた20年を経て、高額な絵画は買わなくなりました。

 

グローバルに日本のアートの架け橋となってきた、アートにおけるご自身の情熱の元は?

 人の真似をしたくない生き方が根底にあります。『具体』という表現に心惹かれたのは、誰の真似もしないコンセプトが好きだからです。これまでたくさんのいい出会いがありました。銀座で画廊を始めた時、パリがまだ世界のアートの中心でした。ロンドンにマーケットがありそこで買い付けもしていましたが、同時にアメリカに新しい流れが生まれてきていた頃です。育てた日本人画家の評価が高くなってきて、描いた絵が全部売れました。
 
 ただ、日本画の未来に疑問を感じていたので、有名な美術評論家など有識者を集めて日本の美術はこのままで世界に通用するのか?と問うためのシンポジウムを開催しました。流通問題研究会という集まりも主催して業界を動かそうとしました。でも、その場では賛同しても、あとで覆される経験をした。そんな時、「白石さん、歴史を変えるような人は一人でやっているんだよ。人を変えようとしている間に、人生が終わってしまう」とアドバイスをくれた人がいました。それが、山元清則(やまもときよのり)(国際オークション機構株式会社の代表取締役)さんです。今でも付き合いは続いています。アートにはノーベル賞がありませんが、作品・画家を高く評価することが、ノーベル賞代わりになると信じています。建築家の安藤忠雄さんも、「自分は具体の一員だったと思いたい」とおっしゃっています。スターバックス会長のオフィスにも具体作家の白髪一雄の作品が展示されています。新しいことを始める人は、特に『具体』を好きになる傾向があるのかもしれません。

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