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ビジネスインタビュー

2018年10月30日

【Tokuyama Asia Pacific】納谷 奈己さん

シンガポールの地の利を活かし、調達・物流機能を強化

 化学工業メーカー・トクヤマの販売会社Tokuyama Asia Pacific(トクヤマ・アジア・パシフィック)がシンガポールという地の利を活かした新たな取り組みを始めている。トクヤマ製品の販売に加えて、原料の調達機能を強化してトクヤマへの販売も担うとともに、最適な物流を模索していくという。同社初の女性マネージング・ダイレクターである納谷奈己氏に、事業環境や最近の取り組みなどについて話を聞いた。

 

 

これまでのシンガポールとの関わりについて聞かせてください。

 私は、2001年10月~2005年2月までの間、当社トクヤマ・アジア・パシフィックに出向した経験があり、シンガポール勤務は今回が2回目です。最初の出向は入社6年目の時で、女性を活用しようという波が当社の中にあり、その波に乗せられたのが私でした。
 
 当社の営業担当は男性がほとんどで、以前は女性はゼロでした。現在でも5人もいません。その当時の私も営業経験がありませんでしたので、出向が決まってから俄かに勉強したことを覚えています。逆に、シンガポールでは、メーカーや顧客企業に伺うと、女性社員の比率が高いことに驚きました。シンガポールの方が働きやすかったこともあり、帰国後も海外勤務を希望していたところ、今年4月から2度目の出向になりました。当社にとって、女性マネージング・ダイレクターは初めてですが、新しいことにも積極的に取り組んでいこうと思っています。

 

1度目のシンガポールで、印象に残っている仕事はありますか。

 日本から運んできている製品に不具合があるとクレームが来たことがありました。原因を突き止める必要があり、日本の研究所に製品を送って徹底的に調べてもらったことがあります。そしてレポートを作り、お客様のところに何回か説明に行ったことをよく覚えています。結果的に当社製品の不具合ではありませんでしたが、ダイレクターの方に「ありがとうございます」と言っていただきました。若かった私にはとても嬉しかったですし、しっかり対応すれば分かっていただけるのだと感じました。

 

当時と今とでは市場環境は違いますか。

 当社は販売会社で、シンガポール西部にある兄弟会社Tokuyama Electronic Chemicals(トクヤマ・エレクトロニック・ケミカルズ)が製造した高純度の電子工業用薬品を、シンガポールに立地する半導体メーカーと、東南アジアに進出した日系企業に対して供給する目的で1996年に設立されました。
 
 昔、半導体は数年で好不況の波を繰り返すと言われていました。最初に出向してきたときには好況と不況の両方を経験しました。ただ、ここ数年の半導体産業は非常に好調が継続していて、しかも今後も成長が続くと言われています。世の中のデータ量が大きくなるなかで、記録するメモリが飛躍的に成長しています。自動車も、電気自動車にシフトが進み、自動運転などが広がってくると、さらに伸びると予想されます。

 

今後も成長が続くと見込まれる中で、ライバル企業の動向はいかがですか。

 トクヤマ・エレクトロニック・ケミカルズが製造しているのは、1つはナフサ由来のプロピレンを原料にした高純度のイソプロピルアルコール(IPA)です。シンガポールで精製する製品で、かつ自社でロジスティクスも持っていて、製造から輸送までの流れを構築しているのは当社のみです。アドバンテージは非常に大きく、強みとなっています。
 
 もう一つは現像液です。ライバルが非常に多くシェアは高くありません。認定を受けて使っていただくものなので、半導体メーカーとしても新しい薬液に切り替えるとなると、認定を取り直さなければならず費用、労力がかかります。シンガポールは国土も狭く、人件費も高騰していますから、今後、次々に工場が建つということにはならないでしょう。ある意味で市場は成熟していると言えます。

 

その他の事業分野の現状はいかがでしょうか。

 半導体まわりの電子工業薬品の他に、もう一つのメイン事業がシリカ(SiO₂)です。接着剤に混ぜて粘度を調整したり、研磨剤に使われたりします。当社は中国に工場を持っていて、そこで製造したシリカを仕入れて、東南アジア、インド、中東で販売しています。競争は激しいのですが、現在は供給が非常にタイトで、引き合いが非常に多い状況です。ただ、当社の場合、中国経済が好調だと、そちらで販売してしまいますので、なかなか東南アジアには回ってきません。需要になかなか応えられないという面はあります。
 
 そして、昨年から注力し始めているのがセメントや基礎化学品などです。元々、日本国内に密着した事業だったわけですが、いずれは人口が減少し、需要が縮小していくと言われている中で、もっと外を見回せば需要があるのではないかということです。シンガポールは立地がよく、東南アジア各国へのアクセスも良いので、スタッフを1人増員して、潜在顧客はいないか、チャンスはないか、種をまくところはないかと活動しています。

 

日本は東京オリンピックを控えており、都心部では高層ビルの建設ラッシュになっています。足元のセメント需要は高まっていませんか。

 全体としては増えていると思います。しかし、当社工場は西日本にあるので、関東地方の需要を取り込めているかというと、そうではありません。そこで、安定的な輸出先の確保が重要な課題になっているわけです。
 
 シンガポールには山がないので、生コンクリートに混ぜる砂や砂利がありません。ですから、ここでセメントを作ってもうまくいかないので、永久にセメントの輸入国です。しかも、地下鉄建設、埋め立て、空港の拡張などがあって、この1、2年の需要は2~3%伸びると言われています。高品質の日本産が必要なことも多いので、需要の伸びに対応する形でセメント輸送船を一隻でも増やせるようチャレンジしていきたいです。

 

昨年5月にソーラーパネル用シリコンを製造するマレーシア工場を韓国企業に売却しました。太陽光パネル用シリコン事業について聞かせてください。

 トクヤマの主力製品の一つに多結晶シリコンがあります。これは半導体のシリコンウエハーになるもので技術力を活かした付加価値の高い製品と言えます。一方で、ソーラーパネルを作る場合にもこの多結晶シリコンが必要になります。当社は10年前に、今後は太陽光パネル向けの需要が伸びると判断して、マレーシアのビンツル(ボルネオ島)に約2,000億円を投じて年間2万トンを生産する工場を建設しました。
 
 しかし、同じ多結晶シリコンでも半導体向けのように高品質のものは必要なく、中国メーカーなどの参入が相次いだ結果、市況は想定外に暴落し、工場を稼働すればするほど赤字になるという状況に陥ってしまいました。さらに5万トン、7万トン規模の工場の新設計画の発表もあり、さらに投資を続けていくことは不可能という判断で太陽光パネル向けシリコン事業からの撤退が決まりました。太陽光パネル用は品質ではなく、規模で勝負するものであり、トクヤマの技術力を活かす場がなかったということです。この投資の失敗は財務基盤を揺るがしましたが、昨年5月に工場の売却が完了し、現在は「あらたなる創業」というテーマで走っているところです。

 

シンガポールはエネルギー産業が立地し、物流のハブでもあります。トクヤマ・アジアパシフィックではシンガポールの特徴を生かした新しい取り組みが進んでいるとのことですが、ご紹介いただけますか。

 これまでは、株式会社トクヤマの製品を売ることが当社の使命でしたが、私たちがトクヤマが使うモノを仕入れてトクヤマに売るという取り組みを試みています。具体的には、発電所で燃やす石炭や、製品の原料となる工業塩などです。グループ内で完結できないのかということで、いずれはサプライヤーを探して、品質を確認して、トクヤマに提案するところまで、調達機能を強化したいと思っています。日本人はシャイなので、図々しく営業に行くのは失礼かなと思ったりもしますが、東南アジアは意外と垣根が低く、少しでも安ければ、すぐに取引をしたいと興味を持ってくれるので、スピード感が全く違いますね。
 
 もう一つは、物流機能の強化です。前述した調達機能とあわせる形で、船の調達にも当事者として関わっていきたいと考えています。しかしながら、我々にはまだ船に関する知識や経験が圧倒的に不足しています。当社製品をお客様に販売するケースでは、タイミングよく船を見つけ出し、時機を逃さず最適な提案ができるようになること、また、本社に対する原料供給では、本社とサプライヤーの橋渡し役として、物流管理を含めた貢献ができるようになることを目指しています。そのためには、どの船会社がどんな船を持っており、どこに走らせているのかを一から情報収集していかなければなりません。幸い、シンガポールは各国の船会社が多数進出しています。ですから、この役割は当社が果たさなければならないと思っていますし、何かできそうだという手応えは着実に感じています。将来的にトクヤマグループ全体の物流最適化に貢献していきたいと思っています。
 
 課題の一つは英語です。私自身も英語力を磨いていきたいですし、日本人社員同士でも刺激しあってレベルを上げていきたいと思っています。

 

プライベートについて少しお聞かせください。休日はどのように過ごしていますか。

小5と小2の男の子が二人おり、サッカーに熱中しています。土日はサッカースクールに送って行き、練習や試合を見て、帰るという生活です。子供たちだけでなく、私自身もコートを行ったり来たり、意外と忙しくしていますし、試合は見ていて楽しいですね。たまに、シンガポールのクラフトビールを楽しむこともあります。クラークキー沿いのブリューワークスは気に入っています。

 

最後に座右の銘を教えてください。

「誠実と謙虚」。これがあれば信頼関係が築けるというポリシーを持っています。

 

納谷 奈己 氏
Tokuyama Asia Pacific Pte Ltd. Managing Director

 
1972年山口県徳山市(現:周南市)生まれ。上智大学卒業。1996年 株式会社トクヤマ入社。経営企画室国際企画グループ、Tokuyama Asia Pacific Pte Ltd出向、購買グループ、セメント企画グループ、マレーシア計画企画グループ、特殊品企画グループを経て、2018年4月から現職。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.339(2018年11月1日発行)」に掲載されたものです(取材・写真 : 竹沢 総司)

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