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座談会

2018年9月27日

日系企業のシンガポール進出・撤退の現在

問われる地域統括拠点の意味

AsiaX:一時期ブームのようにハブという言葉が言われましたが、2014年頃をピークに地域統括拠点をシンガポールに置く企業は減少しています。こうした傾向をどのように見ていますか。

 

加藤:地域統括拠点の目的が問われてきています。本社機能をマレーシアに移して、クアラルンプールから東南アジアを見ても、コストや税制は良いし、一方でそれほど大きな苦労はないという判断で移っていった企業もあります。また、シンガポールでセールス部門と倉庫を一緒に持っていたが、倉庫に関してはコストが高いので周辺国に機能移転したほうが良いという場合もあります。あるいはシンガポールから東南アジアを統括していると言いながら、実際にはある特定の国をフォーカスしていて出張が多く、それなら拠点をその国に置いておいた方が良いという場合もあります。一言で地域統括と言いますが、何を統括するか、どの機能を置くかが大事だと思います。

 

高橋:確かに周辺国は人件費が安かったりしますが、お金の動かしやすさ、安心して事業に専念できる環境という意味では、シンガポールは別格だと思います。例えば、ベトナムではお金を海外に送金できないというケースがあり、資金を置いておくにはリスクがあります。香港もシンガポールに似たハブ機能を果たしていますが、最近では数百万円ほどの資金移動にも政府・銀行からのチェックが入ることがあります。中国に返還されてから規制の風向きが変わったとも聞きます。香港からシンガポールに拠点を移したいという相談も出てきており、海外展開する日本企業にとって、安心してビジネスができるシンガポールの環境は大きな魅力であると感じています。

 

 

AsiaX:今後、シンガポール進出を考えている企業に、シンガポールの良い点を紹介してください。

 

加藤:情報の取得しやすさを挙げたいと思います。東南アジアを見渡して仕事をしている人が多く、各国の事情も、実際に現地に赴くことなく集めることができます。また、シンガポール国内でビジネスを始める、展開していくうえでも、他国のようにアンダーテーブルでどうすると良いというようなコツも必要ないので、ビジネスを分析しやすく、組み立てやすいと思います。

 

日浦:私もシンガポールは、ヒト・モノ・カネが効率的に集まる国だと考えます。その他、日本から東南アジアに毎回出張するとなると、時間も掛かりますし、出張コストも高かったりします。シンガポールからならば4時間圏内ですし、飛行機の便も発達しています。この他にもシンガポールのメリットは様々あります。英語は通じますし、家族を連れてきても便利で生活しやすく、教育環境も整っていますね。

 

森:東南アジアは、外資規制が緩和される傾向にはありますが、やはり全般的には外資規制が厳しい国が多いです。シンガポールやカンボジアを除けば、小売業やサービス業について何らかの外資規制が敷かれている国がほとんどです。また、シンガポールは、政治的に非常に中立的ですので、例えば、中国に進出するにしても、日本からよりもシンガポール企業としての方が入りやすいケースもあります。世界どこへでも進出しやすいし、受け入れる方も分かりやすい。ここが良い点だと思います。加えて、言語の点も大きなアドバンテージです。英語圏は当然ですし、中国進出の場合にも、シンガポール人には中国語が話せる人が多いというメリットもあります。

 

進出時は周到な準備を

 

AsiaX:逆に、進出企業への注意点、アドバイスはありますか?

 

加藤:不動産を選定される際には、事業計画はもとより、人員の採用計画を事前に明確にしておくことをおすすめします。シンガポールではオフィスは3年間解約できませんし、退去するときには元に戻さなければいけないので、投資コストは場合によっては数十万ドルになるということも珍しくありません。もし、当初のイメージが実現せずに3年以内に撤退するとなると、何のために進出したのかという話にもなってしまいます。
 また、先ほど情報が取得しやすいと言いましたが、その一方で日本人が日本人を騙すというケースもあります。情報格差があるためですが、日本人コンサルタントといっても様々な人がいるので気を付けないといけません。

 

高橋:時折、税金が安いので、と思いつきで進出されるケースが見受けられます。日本の商品、レストランは競合も激しく、もはや珍しくはありません。コストは高く、片手間に日本人向けのビジネスをするだけで利益を上げられるほど甘くはないということは認識しておいてほしいです。

 

日浦:いま日本は景気が良くて、資金的余裕がある企業が多いため、M&Aも増加しています。買収後、親会社の経営者層が、シンガポールの現地マネジメントに対して、文化・習慣等の違いなどからコントロールに苦戦しているケースも目にします。限られた経営資源をすべて事業の拡大に投入できるように信頼できる専門家を見つけることも重要です。

 

AsiaX:撤退に関する相談はありますか。

 

森:飲食業や物流業などであります。飲食は長期的な赤字、物流は大口の取引先に打ち切られたことが要因でした。撤退で必要な手続きは、従業員の解雇とMOM(人材省)への通知、店舗の原状回復、残った賃貸期間の賃料に関する折衝等、そして、最後に破産手続きをするか、ストライクオフという登記抹消だけで良いのかということになりますが、債務が残っていると時間も費用もかかる破産手続きを選ばざるを得ません。賃料債権者、要は家主との交渉が必要になりますが、この交渉が簡単ではありません。シンガポールでは、賃貸借契約の中途解約が認められないケースが多いので、その点が非常にネックになります。

 

高橋:最初に丹念に準備して多額の資金を投入しても、実際の事業では想定が大きく外れ、機動に乗らずに資金が続かない、というケースもあります。体力に応じて小さく始め、経験を蓄積しながら大きくしていく、市場を知っていると過信しないことは大事ですね。

 

加藤:進出の際に、撤退基準を設けておくことも大事だと思います。

 

AsiaX:最後に、日系企業とシンガポールとの関わり、今後の展望について聞かせてください。

 

高橋:せっかくシンガポールに進出しても、サプライヤーもお客さんも日本人で、ビジネスを全て日本人内で完結しようとするのでは進出の意味がありません。シンガポールは小さな国ですが、ローカル消費者、企業の購買力は高く、税を始めとした政府の仕組み・インフラも整っています。シンガポール現地の事情に学び、敬意を持って正面から付き合っていけば、シンガポールは有意義なビジネス拠点であり続けることは間違いないと思います。

 

森:視察や、綿密に計画を立てたとしても、ビジネスを開始したら試行錯誤は避けられません。日本人、シンガポール人の垣根なく、ビジネスを展開していくことが大事です。今、EPの発行が厳しくなり、重役を日本人で固めていた企業は苦労していると聞きます。
 また、業種によるとは思いますが、シンガポール政府やシンガポール企業とも密に付き合っていくことも大切だと思います。シンガポール人のコミュニティーに入ると、日系企業に求められているのはそういう姿勢だと強く感じます。
 さらに、日本とシンガポールとのインバウンド、アウトバウンドだけを考えているとどうしてもスケールに限界があります。シンガポールのリソースをうまく活用しながら、東南アジア全体、そして世界を見据えた企業がどんどん日本から進出してきてほしいと思っています。そういう意味では、フィンテックの分野では徐々にその動きがみられるようになっているのは嬉しいことです。

 

加藤:日系企業とシンガポールの関わりというより、当社からのお願いですが、進出や移転の際には「社員の一人として本当に最良の方法は何なのかを一緒に考えさせていただきたい」と思っています。不動産は一番高い固定費となりコストになります。「こういうビジネスを考えていて、ターゲットはこの層で、事業はこういうイメージで進めていくつもりだ。マーケットを開拓していくために、不動産としてはどういうソリューションがあるのか」というふうに、不動産の紹介を行うだけの相手としてだけではなく、シンガポールでビジネスを行っていく上でのパートナーとして相談してほしいと思っています。ディープに意見交換をする関係を構築する方がお互いにとって良いですし、当社ならではの有意義な提案ができると確信しています。

 

日浦:今後、日系企業のシンガポール進出は、業種のシフトがあるとは言え、減少することはないと考えます。
 現地に合わせたマーケティングも必要になります。日本ブランドや商品が本来の持ち味を失わず、一方、細かい部分はローカライズやカスタマイズすることが重要です。そして、マーケットの対象はシンガポールだけでは小さく、シンガポールでテストマーケティングを行い、周辺国へ展開していくなど、シンガポールを含むアジアを一つのマーケットとして捉えたビジネス展開が必要と考えます。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.338(2018年10月1日発行)」に掲載されたものです。(司会:内藤 剛志/編集:竹沢 総司)

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