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座談会

2018年5月24日

東南アジアで“伝える”マーケティングとは ~多様なメディアをいかに活用するのか~

ターゲットに合わせた
メディアミックスが必要な時代に

AsiaX:まず、現在のマーケティングについて、話を伺っていきたいと思います。

 

乾:シンガポールに限らず日本でも他のアジア各国でも同じですが、デジタルが主要メディアの地位に躍り出ています。特に先進国ではテレビよりも、デジタルの視聴時間の方が多くなっているのが現状ですね。マーケターとしては当然、広告予算をより多くデジタルに分配し、デジタルマーケティングで獲得できるデータによってKPIの分析を行うようになりました。

もう一つ大きかったことは、グーグルサーチ機能のような検索エンジンの登場が、消費者の購買行動を大きく変えたことです。以前、消費者は広告を見て店頭に行き、考えたうえで購入して、家に帰って口コミなどで共有するという3ステップでしたが、現在は広告で商品を認知した後、店舗に向かう前に検索をかけて調べてから、商品を購入するようになりました。

 

有森:私は日本でコスメティック・トイレタリーを中心にブランドとメディア、特にテレビのプランニング・バイイングに25年以上取り組んできました。広告は極端に言えば「流通」に商品を入れてもらうためには「いくら投下しなければならないのか」という図式でした。現在はもちろん大きくデジタル・シフトはしましたが、この構造の本質は変わっていない感があるし、広告費の総額もほぼGDPの1%前後で推移しています。デジタルを含めた広告の投下量が重要な指標であることに変わりなく、グーグル・アマゾンなども巨大な「流通」であることも思えば「流通」がマーケティングを支配する状況が続き過ぎていて、本来主役であるはずの「消費者」や「商品の作り手」が疎外されている気もします。

 

吉地:シンガポールを中心とした東南アジアと、日本の状況は全く異なっています。例えば、フェイスブックの普及率が全然違います。インターネットが20%、30%しか普及していない国でも、スマホは90%普及していたり様々です。

シンガポールに関して言えば、テレビ広告の市場規模はデジタル化が進んだ今日もほとんど変化がありません。一方で、デジタル広告の比率は伸びていて、その分だけ広告市場の規模が大きくなっています。新聞とラジオも依然として規模は大きく、日本のように急速に変化しているわけではありません。

 

乾:シンガポールからの訪日客数は2017年に40万人を超えました。行先としては東京と大阪がメインで、北海道も大変人気があり、最近は九州、東北、中部も認知を高めています。シンガポールで認知を高めるには、インフルエンサーの活用も非常に効果的で、フォロワー数やブログの購読者数によっては一つのメディアと同じくらい大きな影響力を持っています。

 

緒方:シンガポールと日本を比較すると、マスメディア4媒体が国営の2社によって独占されているという大きな違いがあります。そして、広告費で一番大きいのは新聞で、テレビ、インターネットが続くというところは他の国と全く違う状況ですね。また、リテールの力が非常に強いですから、テレビ、リテール、Eコマースを組み合わせた販売戦略を立てないと、この国では商品の浸透が難しいと強く感じています。

 

吉地:デジタルありきというわけではなくて、モノやサービスによってはテレビやラジオのコマーシャル、バス停の広告やバスのラッピング広告、エレベーターの広告などの方が圧倒的に効くので、ターゲットに合わせたメディアミックスが必要な時代になってきています。ポートフォリオをどう組み立てていくかというのがより大事で、シンガポールはそれが顕著な国の一つなのではないかと思います。

 

日本とは異なる
東南アジアの家計の考え方

AsiaX:皆さんは東南アジア全域でお仕事をされています。新興国の状況はいかがでしょうか。

 

吉地:そもそも日本人はテレビをみんなが見ているという前提で議論をスタートしてしまいがちですが、例えばミャンマーやベトナムでは、家にテレビがなかったり、見る時間がなかったりして、あまり見られていませんでした。ところが、スマートフォンの普及によって、オンデマンドやフェイスブックのライブで、テレビコンテンツを含めて見る機会がどんどん増えています。

現在は、ミャンマーですら4G回線でオンデマンドを見ることができます。3年前はローカル放送ではニュース番組くらいしか流れていなかったが、衛星放送の普及、歌番組や音楽番組がオンデマンドで流れるようになってきて、急にローカルタレント、スターが誕生しています。テレビが元来持っていたスターを作る力というのは、むしろ強くなっていて、そうした逆転現象が新興国で見られます。そうした中で、いかに優良なコンテンツを適した配信方法で出すかということに議論が変わってきていますね。

 

有森:例えばベトナムなどでも貧しい家庭の子供たちでもスマホを持てるようになってきています。既に一人ワンスクリーンの時代で、そうした中で昔の日本の歌番組、音楽番組のようなものも流れています。今後はバラエティー番組がどっと来ると感じますね。

 

吉地:隙間時間に見る需要が急速に増えましたので、1時間番組ではないかもしれませんけど例えば20分番組や、ワンバイトで見られるコンテンツの時代になると思います。その中で、日本のコンテンツ、フォーマットを輸出するビジネスにもう一度チャンスが来ると思います。

 

AsiaX:若い層のメディア接触の状況は分かりますが、新興国では購買力がまだついていっていないのではないでしょうか。この層が中心になるのでしょうか。また、シンガポールはそれとは状況が違うと思いますが、いかがですか。

 

吉地:個人所得という観点では非常に少ないですが、家計の考え方が日本とは違います。世帯所得という考え方が強く、加えて家族の単位も大きい。そもそも所得の高い高学歴夫婦は共働きで核家族化していますが、中間層は今でも6~8人で住んでいて、おじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒を見ている。それで、夫婦共働きできるというのが中間層の姿で、家で必要なテレビや冷蔵庫、洗濯機、カメラなどを買うときには、同居の6人、8人のお財布で買いますね。加えて、給与と物価の上昇率が高いので、分割払いを使うことのハードルが低く、12回払い、24回払い、36回払いで、月賦が払える金額ならば価格の安い今のうちに購入しておこうという傾向がありますね。

 

緒方:当社はテレビ通販の会社ということもあり、ターゲットは40代以上の女性です。ネット通販の中心ユーザーである若年層は収入も低く、よって購買単価も低いのでターゲットから外しています。当社は毎週日本のテレビ通販の週間売れ筋ランキングを見ています。日本で売れている商品といえば、お一人様用のマルチクッカーであったり、鍋、小さなクーラーだったりしますが、シンガポールでは思ったほど核家族化が進んでいません。しかもシンガポールは一人暮らしの生活コストが恐ろしく高いものですから、一人用のニーズがほとんどないわけです。ですから日本で売れているものがそのままシンガポールに入るかというとそうではなく、世帯が大家族で働き手も多く、世帯収入や可処分所得も高く、お手伝いさんもいる家庭も多いので必然的に容量も大きくなり、当然商品単価も高いものが売れるわけです。現地の生活習慣を理解したうえで日本とはまったく違った形でマーケティングする必要を痛感しています。

 

乾:シンガポール人の日本文化への親和性は、特に若い世代で薄らいできていると感じています。韓国の映画スターやアイドルがとても人気があり、コリアンカルチャーの影響を受けた学生が非常に多いと感じています。加えて、シンガポール人は英語のバリアが無い分、欧米の情報をうまく取り入れています。

また、カルチャー面でも、シンガポールは独特なバックグラウンドを持っています。日々現場でデザイン物を制作する中で、美的感覚などは日本や中国のような北アジア系というよりは、ヨーロッパのような洗練されたものが好まれていると感じています。若い女性のファッションも、かわいい系より、体にフィットしたセクシー系を好む方が多い。同じアジア人でも日本との違いを理解することが重要です。

 

吉地:そもそもシンガポール人とは誰を指しているのかということもありますよね。日本人は概ね似た顔立ちをしているし、ほぼ同じ教育を受けて、可処分所得も非常に似ている。しかし、シンガポールでは中華系の人が7割くらいいて、インドの人、マレーの人がいてという構成になっていて、それぞれ売れる商品が違います。コスメティックのようなものは非常に顕著に表れますが、中華系とインド系では全く違いますね。

 

緒方:当社はもともとイギリスの会社でしたが、以前はイギリスで流していたテレビ通販番組を言葉だけ吹き替えて放送していました。番組の中で英国人のタレントがマルチクッカーを使ってローストチキンやチーズフォンデュなど欧米の料理を作っていましたが、中華系やマレー系の多いシンガポール人たちはそういう料理を作らないし、七面鳥が焼けた姿を見ても全然響かなかったわけです。ですが、番組を変えて中華系やマレー系のタレントがチキンカレーなどローカルフードを作るところを見せたところ、売上が3倍になり、コンテンツのローカライズの効果に驚きました。

しかし、最もうまくローカルに順応しているのが韓国系企業でしょうね。SAMSUNGなんかは、特に新興国において現地に派遣した社員にまず最初の一年間は生活をしながらその国の文化、生活様式をしっかり学ばせたうえで、基本その国のエキスパートとして育成していきますよね。日本企業には土着してマーケティングしていくという意識が足りない気がします。

 

有森:東南アジアビジネスでは地元政財界との付き合いも複雑で大変ですし、そういうことも含めてしっかりと仕事をしていこうとすると、シンガポールの次はニューヨーク、その後はパリみたいな短期赴任型だと仕事にならないような気もします。

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