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シンガポール星層解明

2018年4月25日

シンガポールから「アメカジ」が撤退する本当の理由

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American Eagle Outfitters to exit Singapore(ストレイツ・タイムズWEB版 2018年2月23日付)
〈記事の概要〉米系衣料ブランドのアメリカンイーグルが、今年2月末までに店舗を閉鎖し、シンガポール市場参入から3年足らずで撤退することを発表。1週間前に同じく米系衣料ブランドで日本やアジアでも人気の高かったギャップやバナナ・リパブリックが、フランチャイズ契約の終了と共に今年2月末ですべての店舗を閉鎖することを発表したばかりだった。
http://www.straitstimes.com/singapore/american-eagle-outfitters-to-exit-singapore

海外衣料ブランドにとって東南アジアの主要市場であるシンガポールには、ハイエンドからカジュアルまで世界各地から様々な衣料ブランドが進出している。買い物好きとして知られるシンガポール人であるが、嗜好や購買行動は変化を続けており、新たな衣料ブランドが進出すれば中長期的に高い売上が期待できる時代は過去のものとなって久しい。本稿では、最近シンガポールからの撤退が目立つ「アメカジ」ブランドに焦点をあて、撤退の理由として報道されている外的要因が表層的である点を指摘した上で、シンガポールでの成否を決める本質的な理由を考察していきたい。

 

今年は既に3つの「アメカジ」が撤退
報道される撤退理由は表層的

今年に入ってシンガポールから姿を消した海外衣料ブランドには、ギャップ、バナナ・リパブリック、そしてアメリカンイーグルと米国発のブランドが目立っている。これらのブランドはディストリビューターと呼ばれる地場の輸入販売代理企業が運営しており、各企業は複数の海外ブランドのシンガポールにおける流通を担っている(図1)。

 

 

海外衣料ブランドが当地から撤退する際にその理由として決まり文句のごとく報道される内容には、1)景気低迷2)高い賃料負担3)ファストファッションの隆盛、そして4)ネット小売の拡大がある。確かに4つのキーワードが多少なりとも業績に悪影響を及ぼしていることは否定しないが、これらの外的要因だけで撤退の本質的な理由が説明できるとは思わない。というのも、同じ事業環境の中で順調に業績を伸ばしている衣料ブランドが存在することもまた事実だからである。

 

撤退した各ブランドの成否の分け目を俯瞰的に思案することなく、表層的な撤退理由を盲信してしまうことは、現存および今後進出してくる衣料ブランドの事業にも影を落とすことは自明であることから、本稿にて改めて撤退の本質的な理由を考察していきたい。

 

外的要因が業績に与える影響は限定的
人口の3倍の外国人訪問者の消費は肝要

まず上記1)から4)の要因が及ぼす影響を見ていきたい。

 

1)景気低迷
シンガポールの2017年の実質経済成長率は製造業の生産増を背景に2016年比で3.6%増加し、3.9%を記録した2014年以来、3年ぶりの高成長を記録した。2018年も1.5~3.5%の成長率が予測されているが、毎年4%以上の成長を記録した2010年から2013年に比べると成長は明らかに鈍化しており、個人消費が弱含みであることは否めない。しかし2010年から2017年の間にシンガポールを訪問した外国人は毎年5.9%のペースで成長しており、2017年には人口の約3倍の規模となる1,740万人がシンガポールを訪問している(図2)。中でも中国からは最大の320万人が訪問しており、彼らが一度の滞在で消費する約1,200Sドル(約98,000円)の内、買い物への額が一番大きいことを考慮すると、国内景気の低迷が衣料ブランドの業績に与える影響は微々たるものではないかと考える。

 

 

2)高い賃料負担
多数の海外衣料ブランドが軒を連ねるオーチャード通りの賃料は、東京・銀座に比べて約40%も高く、人件費も加えたシンガポールの割高な店舗運営コストが業績の足かせになっている点には合点がいく。しかし賃料などの負担は基本的にどのブランドに対しても同等に発生するものであり、この点が特定の衣料ブランドの撤退の主な理由になることはあり得ない。

 

3)ファストファッションの隆盛
低価格でファッション性に優れた衣料を高頻度で市場に投入するスペインのザラ、スウェーデンのエイチ・アンド・エム、米国のフォーエバー21を筆頭とする衣料ブランドに消費者の支持が移っている点が指摘されて久しいが、彼らの影響力がその他の海外衣料ブランドの撤退を促すほど高いとは考えられない。というのも、ここ数年はファストファッション自体の業績が世界的に足踏みしており、例えばエイチ・アンド・エムは過去最大規模となる170店舗の閉鎖を今年に入って発表している。またフォーエバー21もオーチャード通りの313@サマセットに入居する店舗を縮小したほか、日本1号店の原宿店に加えて英国や香港といった主要市場における複数の旗艦店舗を閉鎖するなど事業の再編を進めている。

 

4)ネット小売の拡大
小売全体に占めるインターネット通販の割合が高まっていることは事実であり、衣料品の購入に関してもネット小売の拡大が実店舗の売上減少に一定の影響を与えているとみる。しかしながら、ネット上で商品価格を調べた上で店舗に赴き店頭で商品を購入するなどO2O(オンライン・ツー・オフライン)の用語が示す購買行動も広がりを見せていることや、ユニクロをはじめとする数多くの衣料ブランドがシンガポールでネット通販と実店舗を両立して展開している点を考慮すると、衣料ブランドが撤退する直接的な原因としてネット小売の拡大が挙げられることには違和感を覚える。

 

シンガポールで「アメカジ」人気はいまいち
消費者の嗜好を踏まえていない商品政策

では米国発の衣料ブランドがシンガポールから撤退した本当の理由は何か。3点ほど考察したい。

 

1点目は、米衣料専門店の業績がそもそも世界的に低迷している点。米ギャップは昨年の9月に、今後3年間に米国の不採算店舗を中心に傘下のギャップとバナナ・リパブリックの約200店舗を閉鎖する計画を発表している。またアメリカンイーグルや、2016年に経営破綻した後にシンガポールからも撤退したエアロポステールも店舗閉鎖を相次いで進めている。当地ではディストリビューターがこれらのブランドを独自に運営していたものの、ブランド本体の不振のあおりは避けられなかったとみる。

 

2点目は、「アメカジ」に対する現地消費者の人気がいま一つである点。例えば日本では歴史的な文化を背景に、米国からの輸入品や米国ブランドを支持する消費者は幅広く存在するが、英国の統治下にあったシンガポールの事情は全く異なる。また、昨年には衣料品をネット上で販売する地場ブランドのラブ・ボニートが人気の高まりを受けてオーチャード通りに実店舗を初出店しているが、他にも複数の「シンガポールブランド」が勃興している点も、「アメカジ」を含む海外衣料ブランドへの支持が相対的に低迷している理由とみる。

 

3点目は、マーチャンダイジング(商品政策)において品揃えの独自性や希少性と価格の優位性を確立できなかった点。例えばシンガポールのユニクロは、現地アーティストと共同でデザインした商品を限定販売するなどして商品の訴求力や来店動機を高めると同時に、基本的に商品の価格帯は世界各地で同様としている。一方ギャップやエアロポステールでは、当地でユニークな商品と言えば一部のTシャツに「シンガポール」のロゴが入っていたぐらいで、価格についても大幅な値引き販売が定着した米国などに比べると割高感は否めない状況であった。ネット小売や旅行などを通して現地消費者が海外の商品を日常的に購入できるようになった点、そしてシンガポールを訪問する人口の3倍にも及ぶ外国人も主要な潜在顧客である点を考慮すると、品揃えと価格の両面からシンガポールでの購入を促す有効な施策を打てなかった点は、「アメカジ」ブランドの撤退に決定的な影響を与えたとみる。

 

直営以外はブランド価値が棄損の可能性
商品政策で潜在顧客層への訴求は必須

さて、ギャップとバナナ・リパブリックを運営してきたFJベンジャミンは、図1の通り複数ブランドを運営しているため、この2ブランドに投下できる経営資源は限定的であったとみる。例えば、スーパードライがオーチャード通りのマンダリン・ギャラリーの1階という好立地に旗艦店を構えているのに対し、ギャップは同じオーチャード通りでもザ・センターポイントの2階という視認性が極めて低い立地に店を構えていた。また同じギャップの店舗でも日本の直営店舗では、自社商品を上手く着こなした店員が愛想良く接客することで来店客の購買体験を高めている印象を受けるが、当地の店舗では海外から持ち込んだ商品を陳列して受動的に販売していた感が強く、ギャップが持つブランドイメージを店員が体現しているとは言い難い状態であった。

 

以上ギャップを例にして見てきた商品政策、および店舗立地や店員教育の巧拙は、当地でブランドを運営するディストリビューターの手腕に左右される部分が大きく、仮にギャップが直営で展開していれば異なる結果になっていた可能性がある。しかし、過去3年の間にはパルコ、ローリーズファーム、スーツセレクトなどいずれも直営でシンガポールに進出した日系ブランドが、やはり商品政策の舵取りを誤ったことを主な理由に撤退しているのも事実である。これらのことから、海外衣料ブランドがシンガポールで成功していく上では、直営かディストリビューター経由かを問わず、ことさら商品政策で観光客を含めた潜在顧客層に訴求できることが大前提である点を指摘して本稿を締めくくりたい。

316web_book_10_mr-yamazakiプロフィール
山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.333(2018年5月1日発行)」に掲載されたものです。

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