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ビジネスインタビュー

2017年7月26日

【JTBアジア・パシフィック 取締役社長】黒澤 信也さん

シンガポール事業30周年。常に先を見据えた事業展開を

 今年、シンガポールでの事業が30周年を迎えるJTB。近年ではグローバル展開を強化しており、シンガポールを訪れる外国人旅行者や、海外へ旅行するシンガポール人の多用なニーズに対応するための取り組みを続けている。またシンガポール政府は国策として外国人観光客の呼び込みに力を入れており、シンガポール政府観光局(Singapore Tourism Board:STB)によると、2016年にシンガポールを訪れた日本人観光客の数は78万人超に達した。一方で、日本側も訪日外国人向けのプロモーションを強化、日本政府観光局によると2016年に日本を訪れたシンガポール人旅行者の数は36万人超と過去最多を記録しており、現在の状況は同社にとっても追い風になっていると言えるだろう。今後シンガポール人の旅行ニーズはどう変化していくのか、そしてJTBの次の一手とは。シンガポールにあるJTBアジア・パシフィック本社の黒澤信也社長に話を伺った。

 

 

まずご経歴についてお聞かせ下さい。

 私は1984年にJTBに入社し、20代で主に営業、30代で営業企画、40代で事業開発に携わりました。50代に入ってからは、グローバル事業本部長に就任するなど海外ビジネスに携わるようになり、シンガポールには2016年4月に赴任しました。現在は特に、アジア・パシフィック地域における事業の拡大に向けて、日々努力しています。

 

JTBはシンガポールでの事業開始から30周年を迎えました。この間、シンガポールでの事業内容はどのように変化してきたのでしょうか。また現在、特に力を入れている点や、今後の展望などについて教えて下さい。

 発足以来、シンガポール拠点はシンガポールを訪れる日本人旅行客を主なターゲットとしたビジネス展開を行ってきました。しかしながら、今後は少子高齢化の進展もあり日本国内の経済規模の縮小が予想されることから、日本からのお客様だけを対象にしていたのでは将来的にビジネスが成り立たなくなることが想定されます。特に人流が拡大するアジアに照準を合わせながらビジネスモデルを転換し、事業をグローバルに展開していくことは避けては通れない課題と言えます。来星する日本人が重要なお客様であることに変わりはありませんが、当社のビジネスはグローバル展開に向けてさらに多様化しています。

 

 当社グループでは「世界発、世界着。」というスローガンを掲げ、グローバル戦略を拡大していく方針です。当地においても、シンガポールを訪れる他国の旅行者および、シンガポールから世界各国を訪れる旅行者を取り込むべく、ここ6~7年でさまざまな取り組みを行ってきました。

 

 具体的な取り組みのひとつとして、現地の旅行会社の買収を通じた事業の拡大があります。2014年には、シンガポールの大手旅行会社であるダイナスティトラベルと、インバウンド旅行会社として有名なツアーイーストを買収し、現在シンガポールでは5社が傘下にあります。シンガポール人の旅行先は日本だけでなく、他のアジア各国や欧州、アフリカなど多岐に渡っており、これらのニーズに対応することは重要です。ツアーイーストは欧州、豪州からの旅行客を多く受け入れているなど、5社はそれぞれ違った強みを持っており、これらの企業のノウハウを学びつつ、シナジー効果を発揮しながらJTBとしてのブランド力を高めるとともに、シンガポールの旅行産業の発展にも貢献していきたいですね。東南アジアのハブであるシンガポールは近隣諸国からの注目度も高く、シンガポールでのブランディング力強化は、他国に展開するうえでも大きな利点になります。

 

他のアジア各国での取り組みについてはいかがでしょうか。

 インドネシアでは、国内に約60店舗を擁する最大の旅行会社「パノラマグループ」と、アウトバウンド部門でジョイントベンチャーを今年の4月に設立しました。これにより60店舗の名称も「PanoramaJTB」になり、今後もインドネシア全土に出店を増やしていくことから当社のブランディングに貢献していくことを期待しています。パノラマグループは、もともと欧州や日本行きの旅行商品に強みを持っており、当社ともシナジーを発揮しやすいと言えるでしょう。

 

 また2018年は、日本とインドネシアの外交関係樹立から60周年を迎え、記念のイベントが多数開催される見通しです。こうしたイベントのお手伝いもしながら、さらなるビジネスの成長を目指していきます。

 

 シンガポールと同様にアジアパシフィックグループ14の国と地域において、店舗営業、Web事業や法人事業を強化している最中です。それぞれの国と地域の市場環境を背景に、地域特性を勘案しながらアウトバウンド事業、インバウンド事業のポートフォリオを組み立てています。

 

この30年で、日本を訪れるシンガポール人の旅行ニーズはどう変化してきたのでしょうか。

 シンガポール人を含め、アジアから日本を旅行する外国人観光客の旅行ニーズを見ると、東京、大阪といった大都市圏での観光や買い物だけでなく、北海道、九州をはじめとした地方へも分散しつつあります。また、リピーターが増えてきたこともあり食へのこだわりや体験型の旅を志向する方が増えているようです。例えばイチゴ狩りなど四季のフルーツを楽しめるツアーのほか、醤油づくりや着物の着付け、蕎麦打ちなどのアクティビティに関心を持つ方が増えています。また日本には、あじさい、ツツジ、サツキなど桜以外にも魅力的な花がたくさんあり、栃木の「あしかがフラワーパーク」といったレジャー施設も外国の方から注目を集めるようになりました。当社としても、こうしたニーズに対応していく考えです。

 

 旅行のスタイルも、ホテルのオンライン予約やLCCの普及などを背景に、従来のパッケージ型から、FIT(foreign independent travel)と呼ばれる個人旅行を楽しむ人が増えています。そうしたお客様のニーズに応えていく一方、当社としては、人気のスポットに個人で手配するよりも優先的に、あるいは格安料金で入場できるなど、FITにはない特典をつけることで、企画性のあるパッケージ旅行の良さをアピールしていきたいと思います。

 

このほか、JTBのサービスの独自性や強みはどういったところにあるのでしょうか。

 特に日本を訪れる旅行者に対し、さまざまな情報提供やコンサルティングを行っています。オーチャードの髙島屋にある当社のショップに来られるお客様の多くはシンガポール人で、当社のサービスはとてもご好評いただいています。例えばジャパン・レールパス(日本のJR全線が乗り放題になる、訪日外国人旅行者向けパス)の販売に関しては、シンガポールでの販売シェアの70%以上を当社が占めています。

 

 その理由として、当社ではただJRパスを売るだけでなく、日本を訪れるのにおすすめの季節のほか、宿泊施設や観光スポットなどに関して、お客様にアドバイスしています。こうしたサービスは、日本へのご旅行に関する豊富なノウハウを持つJTBだからこそできるもので、シンガポール人の間でも当社でJRパスをはじめとした旅行を申し込むメリットが口コミも含めて伝わり、ブランド評価とともに浸透していったようです。

 

今年2月には、STBとの間で日本からの観光客の誘致などに向けて協力することで覚書を締結しました。具体的な取り組み内容や今後の展望についてお聞かせ下さい。

 日本の人達にシンガポールの魅力を知ってもらうため、さまざまな取り組みをしています。これまで当社では、夏の旅行シーズンのプロモーション広告について、沖縄やハワイを取り上げることが多かったのですが、今年はシンガポールもラインナップに加え、観光地としての魅力をアピールしています。女優の武井咲さんにもシンガポールに来ていただきCMなどを撮影、現在も放映中です。

 

 また、ナイトサファリやセントーサといった人気スポットのプロモーションに加え、夜景を楽しめるオープントップバス(キラキラ夜景バス)を独自に週4日のペースで運行するなどの企画を充実させています。このバスはマリーナ・ベイ・サンズやマーライオンなどの観光名所を回っており、当社の日本からのお客様からもご好評いただいています。

 

 私が見る限り、STBが自国のプロモーションにかける意気込みは、各国の政府系観光局の中でもトップクラスだと感じています。当社とSTBのキャンペーン協力の覚書の期間は2018年3月までですが、持続的にシンガポールファンの日本人を増やしていけるようSTBとの協力体制を維持したまま、努力を続けていきたいと思います。

 

写真提供:JTBアジア・パシフィック

 

座右の銘について教えて下さい。

 座右の銘は「温故創新」です。歴史から学びながら、常に将来を見据えて時代に合った新しいものを創り出していく姿勢を大切にしています。ツーリズムの環境も刻々と変わっていくもので、日本への旅行の人気が永遠に続くかどうかも分かりません。こうした中、人流がどのように変化しようとも、世界中のお客様からJTBをご指名いただけるよう、当社のビジネスモデルもグローバル事業の強化に向けて近年大きな変革期を迎えているところです。

 

 将来を予測し、それに向けて準備していく努力は欠かせません。やがてグローバルで展開するJTBブランドをイメージし、今の段階からアジア・パシフィック地域におけるブランド浸透を図っていきたいと考えています。これに伴い、将来にわたりアジアにおけるツーリズムの発展に貢献できるよう、しっかりと未来への道筋をつけていきたいと常々考えています。
 

黒澤 信也(くろさわ しんや)氏
JTBアジア・パシフィック本社 取締役社長

 
1961年生まれ。1984年に筑波大学卒業後、日本交通公社(現JTB)に入社。営業や営業企画、事業開発などに携わった後、2008年から事業創造本部長兼、子会社のJTBビジネスイノベーターズ社長、2011年から執行役員グローバル事業本部長、2014年から取締役グローバル事業本部長を歴任。2016年から執行役員および、シンガポール現地法人であるJTB Pte Ltdの取締役社長としてJTB Asia PacificグループのPresident & CEOを務める。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.324(2017年8月1日発行)」に掲載されたものです(取材・写真 : 佐伯 英良)

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