シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP知っているようで知らないイスラム教の世界

星・見聞録

2015年6月27日

知っているようで知らないイスラム教の世界

IMG_5252のコピー

 

ビジネスから国際紛争まで、世界におけるイスラム教の存在感がかつてないほど高まっている。特にシンガポールに暮らす我々は、ビジネスパートナーや顧客として、また隣人としてイスラム教徒に接する機会も比較的多い。しかし、宗教について踏み込んだ話を聞くことには何となく抵抗がある方も多いのではないだろうか。知っているようで知らない、シンガポールにおけるイスラム教の世界を探ってみた。

 

1.イスラム教の基礎知識

シンガポールのイスラム教

スクリーンショット 2015-06-16 19.05.03シンガポールの先住民族の多くはマレー系イスラム教徒で、人口の約14.7%をイスラム教徒(多くはスンニ派)が占める。

憲法で宗教の自由が保障された多民族・多宗教国家のシンガポールは、イスラム教を国教とするマレーシアや、イスラム法(シャリア)を基本法とし宗教指導者が統治する中東の国々などとは大きく制度が異なっている。その一方で、シンガポールのシステムの中でイスラム教徒の生活体系や制度が成り立つように、祝日を始めとする様々な領域で配慮がなされている。
それらイスラム関連の諸政策は、独立直後の1968年に制定されたイスラム法施行法(AMLA / Administration of Muslim Law Act)に基づいて行われている。この法律は一般法制度の中にイスラム教関連の事項をどう位置付けるか定めたものだ。

 

AMLAに基づき設立された機関

  • シンガポール・イスラム教評議会(MUIS/Majlis Ugama Islam Singapura)
    シンガポールでイスラム教の関連事項について、大統領に助言する法定機関。イスラム教徒コミュニティのサポートや教育、モスクの管理、ハラル認証など様々な役割を担っている。
  • イスラム教婚姻登録所(ROMM/Registry of Muslim Marriages)
    イスラム教徒の婚姻登録は、イスラム法に基づき、大統領に任命されたKadiと呼ばれる宗教職員らによって一般の登録所(ROM)とは異なる方式で行われる。例えば登録は、当事者と女性側の父親または男性親族によって確認される。また、イスラム教徒はKadiなどの審査に基づいて、一夫多妻婚も認められている。なお、イスラム教徒と非イスラム教徒の結婚が認められるかには諸説あるが、シンガポールのイスラム教改宗協会(Muslim Converts’ Association of Singapore)は両者がイスラム教徒でなくてはならないとしている。
  • シャリア裁判所
    イスラム教徒の結婚・離婚や相続などに関する手続きや紛争解決を取り扱う。

 

イスラム教徒の生活で守るべき5つの行動

  1. シャハーダ(信仰告白)
    「神(アッラー)の他に真の神はなく、ムハンマドは神の使徒(預言者)である」と確信を持って宣言すること。イスラム教に改宗する際、最初の儀式の最中にアラビア語で述べる。
    シンガポールで儀式を執り行っているイスラム教改宗協会によると、改宗の儀式は少なくとも2人のイスラム教徒の成人男性の証人と登録官の立ち合いによって行われ、儀式後はイスラム教の名前を取得する。
  2. サラー(礼拝)
    礼拝は聖地のあるサウジアラビア・メッカの方角を向いて1日5回行われる。「信者と神との交信」という意味があり、時間は場所や季節によって変動するが、夜明け前、正午過ぎ、午後遅く、日没直後、夜半。
    礼拝する場所は自由だが、集団礼拝が望ましく、時間がある時にはモスクに行くことが推奨されている。イスラム教の祝日である金曜日には、成人男性は5回のうち1回、正午過ぎの礼拝をモスクに集まって行うことが義務付けられている。礼拝の方角や時間を知らせる便利なスマートフォンのアプリなども多数用意されている。
    礼拝にかかる時間はそれぞれ数分間。旅行中や体調不良時などやむを得ない場合は、礼拝をまとめて行うことも許可されている。
  3. ザカート(喜捨)
    貨幣など特定の財産の一定の割合を困窮者などに与える制度。アラビア語の本来の意味は「浄め」で、貧しい人々に一部を分け与えることで財産が浄化されるという意味がある。サウジアラビアなど、ザカートを税金として課している国家もあり、イスラム社会における福祉制度としての側面もある。
    MUISによると、インターネットなどを通じて同会に寄せられた2013年のザカート総額は2,840万Sドル(約24億7,000万円)に達した。報告書によると、2013年は貧しいイスラム教徒の家庭約5,600世帯に助成金として分配された。また、貧困家庭に対する資産管理のトレーニングや子供対象の教育プログラムなど各種の支援に役立てられていることが報告されている。
  4. サウム(断食)
    イスラム暦9番目の月・ラマダンの約1ヵ月間、日の出前から日没まで飲食などを絶つ。体力的に耐えられない人は免除され、妊娠授乳中の女性などは時期をずらして翌年のラマダンまでに補うことができるなどの措置がある。2015年は6月18日〜7月16日にあたる予定。シンガポールでは、ラマダン終了翌日の7月17日がハリラヤ・プアサと呼ばれる祝日に設定され、イスラム教徒は16日の日没から断食明けのお祝いを行う。マレー系の人々が多く住むゲイラン・セライ地区などではラマダン期間中にナイト・バザールやライトアップなどが行われる。
  5. ハジ(メッカ大巡礼)
    イスラム暦12番目の月に行われる、最大の聖地であるサウジアラビアのメッカへの大巡礼。体力や財力が許す限り一生に一度は果たすべき義務とされ、世界中から多くの人々が訪れる。巡礼を行ったイスラム教徒の男性はハッジ、女性はハジャと呼ばれ、人々に敬われる。世界中から多くの信者が訪れるため、サウジ当局らは各国で割り当てを決めている。シンガポールは、イスラム教徒人口の0.1%にあたる680人が各年に参加できる上限。巡礼の成功を祝うため、イスラム暦12月10日(西暦では2015年は9月24日)はシンガポールではハリラヤ・ハジの祝日として定められている。預言者イブラヒムが自分の息子を神に捧げようとした意志をたたえ、島内各地のモスクではオーストラリアなどから生きたままのヤギやヒツジを取り寄せて、生贄の儀式が行われる。

 

2. ビジネスにおけるイスラム教

注目のビジネス:「ハラルツーリズム」

スクリーンショット 2015-06-16 19.05.17現在、世界から熱いまなざしを浴びているのが、新興国の経済成長に伴って資金力を身に付けた、イスラム教徒を対象にした観光ビジネス。昨年、旅行を楽しんだイスラム教徒は全世界で1億800万人。旅行支出は1,450億Sドル(約12兆7,000億円)で、世界の旅行支出の10%を占める。観光立国を目指す日本もこの波に乗り遅れまいと、観光客としてイスラム教徒を迎えるハラルツーリズム受け入れに取り組む企業や自治体が数多く現れている。

 

そんな中、シンガポールを拠点とするイスラム教徒向け旅行サービス業、クレッセント・レーティングは2015年3月、マスターカードと共同でイスラム教徒が旅行しやすい観光地を調査、「グローバル・ムスリム旅行指数2015」として発表した。その結果、100ヵ国・地域の比較でシンガポールは9位、日本は37位と評価された。イスラム協力機構(OIC)加盟国を除く順位ではシンガポールは1位。日本も11位とまずまずの結果になっている。しかし、日本の場合は最高得点を叩きだした「安全性」の項目が全体を底上げしている一方で、「礼拝場所へのアクセス」「イスラム教徒の観光客数」などは平均より低かった。
同社のCEO、ファザル・バハラディーン氏に事業の目的や日本の可能性などについてお話を伺った。

 

 

クレッセント・レーティングの事業について教えてください。

1つはBtoB事業。旅行指数のように各国やホテル、空港などの評価をして発表しています。また、こうした知見を活かして、イスラム教徒向けのビジネスをする企業のコンサルティングなどをしています。日本でも福岡市などと一緒に、どのようにイスラム教徒向けの観光政策を打ち出すかなどの調査をしています。また、もう1つはBtoC事業です。例えばHalal Trip(www.halaltrip.com)というウェブサイトを運営しています。これはTripAdvisorのようにインターネットでホテルの予約などができるものです。ホテルを選択すると、近くにあるハラルレストランやモスクなどの情報が表示され、イスラム教徒が宿泊先を選ぶ参考になります。加えて、我々が調査したホテルなどはイスラム教徒向けにどんなサービスがありどんな評価だったのかも表示されます。

 

なぜこのビジネスを始めたのでしょうか?

1つは、イスラム教徒向けの観光業には多くの可能性があるのに、まだ世間に知れ渡っていなかったこと。大きなビジネスチャンスがあるということを訴え、ビジネスを拡大していきたいと思いました。また、第2には、私のようなイスラム教徒に向けて、イスラム教に関わる旅行情報を知る権利を与えたいと思ったからです。

 

日本のイスラム教徒向け観光をどう評価しますか?

非常に大きな可能性があると思っています。特に東南アジアなどからの観光客にとっては地の利も良いですし、魅力的な文化や観光資源があります。環境には整っていない部分もありますが、何よりイスラム教徒向け観光客を呼び込みたいという熱気に満ちています。2020年の東京オリンピックに向けて多くの自治体が環境を整え始めていますし、大手の旅行代理店も活発に取り組んでいると思います。

 

日本に足りない部分はどこでしょうか?

熱心に誘致をしているのは日本だけではない。例えば同じように熱心な韓国などの国がライバルになるでしょうね。また、ハラルに関しても多くのレストランなどが認証を得ようと取り組んでいますし、国内に認証機関も様々あります。しかし、日本には権威のある機関による認証システムがないことが問題です。むやみに裏付けが不十分なハラル認証を得ようとするのではなく、まず初めの一歩としてガイドラインを作り、それに従うことから始めるのが良いのではないでしょうか。その点でシンガポールのMUISのハラル認証の制度などは非常にわかりやすいですから、参考にすると良いと思います。

 

 

ハラルとは?

スクリーンショット 2015-06-16 19.05.24

イスラム教で許された「健全な商品や活動」を意味する。イスラム教徒は、ハラルであると認められた食べ物、飲み物など以外は避けなければならない。食品以外にも化粧品や医薬品、サービス業などに対してもハラルという概念が存在しているが、非ハラルの代表例として、豚肉、血液、酒などが挙げられる。
ハラル・非ハラルを判定する基準は、各国の認証機関が定めており、シンガポールでのハラル認証はMUISが行っている。そのため、各国・地域によってその厳しさの度合いが異なっている。
加えて、日本のような非イスラム国では、国レベルの権威のある認証機関がなく、複数の機関がそれぞれ認定している場合も多い。これにより、多数の基準が存在し、混乱を招いている。この問題を解決しようと、イスラム協力機構(OIC)は世界統一基準の策定に向けて取り組んでいる。
一方、シンガポールは、マレーシアやインドネシアなどとの合意や中東6ヵ国による湾岸協力会議(GCC)との自由貿易協定(FTA)を結んでいる。この協定により、これらの貿易相手国ではMUISのハラル認証がそのまま認められることになり、シンガポールのハラル食品輸出の後押しとなっている。

 

こんな時、職場でどうする?

シンガポールでは仕事上のパートナーや同僚としてイスラム教徒と日々接している方々もいるだろう。しかし、「どう配慮すべきか」と内心悩んでいるとの声もちらほら。職場でよくある典型的な状況に、どう接するべきか。クレッセント・レーティングのファザル氏にアドバイスをいただいた。

 

イスラム教徒のお客さんを日本で接待します。飲食ではどんなところに気を付ければいいでしょうか?

日本でとても役立つのは「デパ地下」です。デパートの地下で買える弁当にはベジタリアンメニューも多くあり、非常に明快で私はとても気に入っています。もしくは、寿司屋。シーフードしか扱っていないというのは、イスラム教徒に適しています。ただ、日本酒やみりんなどは取り除いてもらうようにお願いしなくてはならない場合もあるかもしれません。また、日本には多くのインド・パキスタン料理店があるでしょう。意識していないかもしれませんが、その中にはイスラム教徒向けのベジタリアン料理店が多くあります。それらの店をうまく利用するといいでしょう。

 

部下にイスラム教徒がいます、礼拝などの時間に特別な休暇などを与えなくてはいけないでしょうか?

礼拝は1日5回というので驚く人が多いようですが、それぞれ数分で済みますからビジネスの妨げにはならないのでは。最も難しいのは金曜礼拝での外出かもしれませんが、これもおよそ午後1時前後の約45分間で済むのです。私たちにとってはこうした時間は基本的人権だと考えています。万が一この時間を与えないことによって優秀なイスラム教徒の人材を失うことがあれば、企業にとっては損失になるのかもしれません。

 

打ち上げの「飲み会」をすることになりました。プロジェクトメンバーのイスラム教徒の同僚、誘ってもいいでしょうか?

誘われれば同席するイスラム教徒もいるでしょう。しかし、「ビジネス上仕方ない」と我慢して参加した、という話もよく聞きます。アルコールが供される席に一緒にいることも避けるべきと考える人がいるからです。しかし一方で、アルコールを口にしなければOKと考える人もいます。それは、その人次第と言えます。シンガポールにはハラル・レストランがたくさんありますから、できればその場所で会を開くのが望ましいですが。また、ラマダン期間中には、ランチミーティングなどは避けてあげてくださいね。

 

どう接するべきか日々悩んでいます。でも日本では宗教はタブー視されがちで、何となくいろいろ聞きづらいのですが……

何を避けるべきかという基準はそれぞれの考え方や状況によって様々です。もし不明なことがあったら、何でも本人に聞いた方が良いです。聞かれることが失礼だとは感じません。それを聞かないで、ハラルではない飲食店に誘われることよりは、聞いてもらったほうが何倍も良いと感じます。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.279(2015年05月04日発行)」に掲載されたものです。
文= 石澤由梨子

おすすめ・関連記事

シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP知っているようで知らないイスラム教の世界